『病める薔薇、白い蛇』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『病める薔薇、白い蛇』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

まだ薄暗い時間だったが、知らない間に寝ていた俺は、マミに腕枕していた左腕の痺れで目が覚めた。
腕の感覚がない。
目を開けるとマミの顔があった。
既に目覚めていたようだ。
「ごめん、起こしちゃったか?」と言うと、マミは掌で顔を隠した。
薄暗がりでも耳まで赤くなっているのが判った。
腕を抜いて身体を起こそうとすると、マミは俺の体に腕を回し抱きついてきた。
前々から思ってはいたのだが、俺は改めて思った。
『この娘、かわいいな』
そのまま背中を軽く叩いていると、マミは再び寝息を立て始めた。

やがて、日が完全に昇り、外は明るくなった。
朝食は作るのが面倒なので、前の晩の残り物や、出勤途中に牛丼屋などに寄って定食を喰うことが多いのだが、その日はマミ用に卵粥を作ってみた。
白粥は味がなくて嫌いなので、粉末の鶏がらスープを使って粥を作る。
別の鍋で出汁と薄口醤油を煮立たせてから水溶き片栗粉を投入。
刻んだネギを混ぜた溶き卵と合わせて、粥の上にぶっかける。
目覚めたマミは、食欲は出たようで取り敢えず安心した。
着替えは前の晩にラーナが近所のコインランドリーで洗濯してくれていて、既に乾いていた。
「俺は、これから出勤しなければならないんだ。
昼は適当にやってくれ。あるものは好きなようにしていいし、金も置いていくから外に行ってもいいよ。
話は帰ってきてから聞くから」

仕事から戻ると、部屋がきれいに片付けられ卓袱台の上に夕食が用意されていた。
帰って来た部屋に明かりが点いていて、誰かが待っているというのは良い。
「全部マミが?」
「うん」
実家の母の直伝なのだろう。
味付けが全て俺の好みにピッタリだった。
「……どうでした?」
「美味かったよ。マミは、明日にでも良い嫁さんになれるな。
旦那になる奴が羨ましいね」
「ほんとうですか?」
「ああ、本当だ」
マミが笑った。いい笑顔だった。
この笑顔だけで100万の価値はある。

この雰囲気は壊したくなかったが、俺は敢えて聞いた。
「……家出…だよな。何で黙って家を出てきたりしたんだ?
父さんも母さんも、凄く心配していたぞ?
原因は『養女』の話なんだろうけど……マミは家の娘になるのは嫌か?
まあ、今更『養女』何て形に拘らなくても、父さんや母さんにとっては、もうマミは娘みたいなものだし。
姉さんや久子にとっても可愛い妹だよ?」
「おじさんやおばさんには優しくしてもらって、感謝してもし切れないくらいです。
その上、本当の娘にならないかって言ってもらって、凄く嬉しかったです。
素子さんや久子さんが、お姉さんになってくれるというのも嬉しいです」
「それじゃ何で?」
「私が養女になるってことは、XXさんは私のお兄さんになるってことですよね?」
「そういう事になるな。
まあ、複雑だよな……正直なところ、俺も引っかからないと言えば嘘になるからな」
「多分、XXさんの言ってる意味と私の言ってる意味はズレてると思う……」
「そうか?」
「私、おじさんやおばさんの事は大好きだし、素子さんと久子さんも大好きだから、いい娘や妹になれる自信はあるの。
でも、XXさんの妹にはなれない。多分、ものすごく嫌な女になって、みんなに嫌われる」
「なんで?」

「XXさんに彼女や奥さんが出来たら、私、絶対に嫉妬して意地悪する。
子供が出来たら、その子のことを憎んでしまう。二重の意味で……多分、絶対に。だから、XXさんの妹になるのは無理」
「やっぱり、そっちか……」
「えっ?」
「俺だって、そこまで馬鹿でもなければ、鈍くもないからな。ここに来た時点で判るよ。
……ところでお前、ここが良く判ったな」
「久子さんが教えてくれました。お金も貸してくれて……」
「あの馬鹿!」
「久子さんが言ってました。……XXさんは、亡くなった恋人さんのことを今でも引きずってるから、難しいって。
でも、私なら……生きている私なら、ずっと一緒にいてあげられるから、気持ちを正直に話してぶつかってみろって……
……私じゃダメですか?」
「それは、結婚でもして、一生お前と一緒に居るってことか?
……正直なところ無理だな。俺は嫌だもの」
不味い言い方をしてしまった自覚はあった。
だが、俺の中で一木燿子の言葉がわだかまっていた。
俺が人を愛することを俺たちの一族が対峙している『神』は許さない。
俺の愛した者は俺から引き離され、抵抗して側に居ようとする者は命を奪われる……。
俺が愛した女達、ユファは引き離され苦界を彷徨い、アリサは命を奪われた。
……そう、……俺は、マミを失うことを恐れていた。

俺の言葉に想像以上のショックを受けたらしく、マミは泣き始めた。
「酷い。XXさん……胸が痛いって言葉知ってますか?本当に痛いんですよ……。
XXさんは、私のこと嫌いだったんですか?」

激しく泣き始めたマミが少し落ち着いてから俺は言った。
「好きか嫌いかで言うなら、俺はマミのことは大好きだよ。
マミには、ほかの誰よりも幸せになって欲しいと思っているんだ。
だから、周りの全てがお前の敵になっても、俺だけはマミの味方をしてやるよ。
でもな、俺の『好き』は半分位が父親目線なんだ……。
お前が男を連れてきて、父さんたちが反対しても、お前が好きな相手だったら全力で応援するよ。
例えば、イサムとかだったらな。
でもさ、アラフォーのオヤジとか、……俺みたいなのを連れてきたら、絶対に、全力で止めるもの。
相手の男も、二度とお前に近づかないように半殺し以上にはすると思うし」
「……半分ってことは?」
「女としてのお前のことも好きだよ。マミは優しいし、物凄く可愛いからな。
少なくとも、俺にとってお前くらいに良い女はいないよ。
そうやって、泣いてる顔も可愛いけど、お前の笑顔は効くんだよ……ノックアウトだ。
だから俺は、お前の笑顔が見れただけで幸せだ。
それだけで、俺たちの家にお前を迎えられて、本当に良かったと思っているんだ」

「それなら……私が笑えるようになったのはXXさんが居たからじゃないですか」
「そうか?でも、俺はもう、好きな女を喪ったら、二度と耐えられそうにない。
だから逆に、好きな女に、マミにこんな思いはさせられない。
俺は、確実にお前より20年は先に逝ってしまうからな……20年もお前を独りには出来ないよ。
俺が死んだあと、お前が他の誰かのものになるのも嫌だからな。お前より先に死んだら成仏できそうにない。
だったら、父親目線で、お前の幸せを見せてもらった方が余程いい」
「そんな言い方はずるいです。私のXXさんを好きな気持ちはどうなるんですか?」
「マミはさ、『刷り込み』って言葉を知ってるか?」
「?」
「孵化したばかりの鳥の雛が、初めて目にした動くものを親と認識してしまう、一種の本能だ。

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