【優しい話】『いろいろと惜しい気がする兄ちゃん』など短編10話【19】 – 心温まるちょっといい話 まとめ

【優しい話】『いろいろと惜しい気がする兄ちゃん』など短編10話【19】 - 心温まるちょっといい話 まとめ 優しい話

 

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優しい話 短編10話【19】

 

 

1

バス停で、10人くらいが待ってたんだけど
向かいの道路を小学2~3年?くらいの男の子が走ってて止まり
「おじさーん!」って叫んだ
20代後半~30代くらいの、ちょっとカタめなリーマンが手を上げたんだけど

少年「おじさーん!べんとう!べんとう!わすれとるー!」
リー「ええー?おじさんはー、おべんとう、ないでー!」
少年「おかーさんが、つくったー!俺持って来たー!そっち行くー!」
男の子はまた走り出して、横断歩道渡ってすぐやって来たんだけど(息超上がってる)
少年「はぁ…はぁ…今日からおじさんにも弁当作るねんて」
リー「いや…ありがとう……でも何で?」
少年「しらーん。おじさんろくなもん食べてへんからって言ってたけど!」
リー「……お前俺んちの冷蔵庫の中とかおかんに言うた?」
少年「ビールしか入ってへん」
リー「言うたんか!もー、お母さんに、ありがたいけど、気にせんといて、つっとけ」
少年「しらーん!おかーさん俺のいう事きけへーん!」
リー「いやホンマ言うとけ?兄貴何つってんねん、お前のおとんは」
少年「作ったれ作ったれ!つっとったで」
リー「どないなってんねんお前んち」
少年「ほなな!俺帰るわ!明日から朝弁当取りに来てな!」

バス来て乗り込んだんだけど、バス停で待ってたみんながなんだかほんわりした
リーマンは結構でかい鞄持ってたんだけど、
バスから降りるまでお弁当箱(可愛いポーチに入ってる)をずっと両手で持ってた

 

2

自分の情けない話で恐縮ですが、よろしければ。

わたしが夫を亡くして2歳の息子と茫然としていた頃の話です。
かろうじて息子の世話だけはしていたものの、頼るべき親や親戚もおらず
悲しさで気力も萎えて引きこもりになり、わたしはだんだんと精神的に病んでいきました。
自力で立ち直りもせず、誰かに頼ることしか考えられなかったあのときの自分を殴ってやりたいです。
ある日、お見舞いにきてくれたAくん(男性)に「お願い、何とか助けて、あなたしかいない!」と
いくら弱っていたとはいえ、トンデモな発言をしてしまいました(我に返ってあやまり倒しました)。
Aくんは学生時代からの友人でしたが、別にわたしとどうこうした関係ではありません。

Aくんはわたしのめちゃくちゃに身勝手な発言を真剣に受け止めてしまったようです。
自分の奥さん、奥さんのご両親、自分の両親を集めて
「決してやましい関係ではない。自分は死んだ旦那とも残った妻とも友人だったし
なんとか立ち直る手助けをしたい」と訴えたのだそうです。
奥さんの後押しもあって「勘ぐられるようなことはしない」という条件で了解を得たという話です。

Aくんが奥さんと一緒にやっている事務所で働かないかという話がきました。
息子も連れてきていいし育児室はつくるし必要なものも揃えるし、仕事しなくても給料を払うという話でした。
わたしは驚いて「そんな図々しい話はうけられるわけがない」といったところ怒られました。

思い出すところでは「お前がそんな調子で、しかも2歳の子供抱えてどこが雇うのか?」
「収入がないと金がみるみる減る。そうやって貯金と旦那の保険金食い潰して、あとはどうする?」
「息子のためにもこういう話にはなりふり構わず飛びつけ。その方が強いお母さんらしくていい」
というようなことだったと思います。
「出勤だけはきちんとしろ。外の空気吸って景色を見る。そうしないと息子もちゃんと育たない」ともいわれたような。

そういうわけでA夫妻の会社に1年ほどお世話になりました。
バイト以下の仕事しかしないわたしに人並みの給料と社会保険もつけてくれました。
たいへん恥ずかしい話なのですが、毎月確実にお金が入るようになると気持ちも安定して
息子の世話にも張り合いが出て、少し先のことを考えられるようになってきました。
奥さんが息子の面倒を見てくれたのでカウンセリングに行けたのも良かったと思っています。

A夫妻はわたしももちろんですが、だらしない母親から息子を守った大恩人です。
わたしは「借金」と考えているのですが「あれは給与だ」と、お礼も固辞されました。
今では小学生の息子はA夫妻を「遊びに連れて行ってくれてお小遣いをくれる人」としか思っていません。
もう少し大きくなったら息子に自分の不甲斐なさを謝って、A夫妻のことをきちんと話してやるつもりです。

 

3

日曜日、秋葉原を歩いてたら運送の人が、1人で台車に大きな
冷蔵庫を載せようとしてた。

当然、載せようとすると台車が動いてしまい悪戦苦闘してたら
いきなりビジュアル系っぽい人が台車を押さえながら「今のうちに
載せて!止めてるから」と言って手伝ってた。

冷蔵庫が大きくて誰が押さえているのか運送の人は
分からなかったと思うけど、ヴィジュアル男は台車に荷物が載った
事を確認したらそのままスタスタと歩いていった

運送の人は誰だか分からないので通行人に「ありがとねー!」と
叫んでたw

 

4

コンビニの店員さんから頑張ってと言われた。
つらそうな顔をしていたからか。
店員さんこそ大変な仕事なのに、気遣いが嬉しかった。

知り合いが気遣いで連絡をくれた。
ありがたかった。

ひとりで頑張っているようで、人間はひとりでは生きていない。
つか生きていけないものだなぁ。

 

5

病院の駐車場にて
A いかにもdqnっぽい茶髪のにーちゃんでしかも強面
B 40代くらいのおばさんでちょっとやつれた感じ
C 80代くらいのおじいちゃん。ちょっとボケが入ってる
状況はおばさんがDQNの車にあやまってぶつけて平謝り
おばさんの車の助手席にはおじいちゃんが乗っていた

B「本当にすみません。私の不注意で・・・」
A「いやーそれよりも怪我なかったっすか?おじいちゃんとか。」
B「大丈夫です。それで、車の修理代をお支払いするので連絡先を・・・」
A「あ~別にいいっすよ、これくらい。ちょっとヘコんだだけで目立たないし。」
B「そんな申し訳ないです、私のせいだし・・・」
A「あんまり気にしないで下さいよ、これ俺のだし元々中古で買ったんで
高い車じゃないから~。」
B「いや、でも・・・」
しばらくこの繰り返し。結局Bさんが折れて本当にすみませんでしたと
頭をさげてるときにいきなりおじいちゃんが車を降りてニコニコしながら
C「こうたろう(?)飴やるぞ。じーちゃんが飴ばやるぞ。」
とAにボンタン飴を差し出す。
B「ちょ、お父さん。この人こうたろうじゃないから。失礼よ。」
A「いや、いいっすよ。あ~懐かしいっす、この飴。美味いっすよねー。」
C「全部やるぞ、全部。」
A「え~いいんすか?じゃ、いただきまーす。」
B「もう本当にすみません。」
A「いや、もういいっすよ、本当に。んじゃ、俺もうそろそろ行くんで。
おじーちゃん、長生きしてねー。」

と言ってAは車で去って行きました。
Aの対応がカッコよすぎて惚れそうだった。

 

6

車イスを乗って段差を経験し、車イスを乗っている人の
大変さを体験する授業が学校であった。
同級生1名と先生が付き添う係で、私が車椅子に乗る番だった。
玄関のちょっとした段差を上ろうとするが
やっぱり難しい。何度も行ったりきたりしていると、
学校の改装で出入りしていた、いかつい大工さんが
「おっ!大丈夫かい?俺に任せな!!!」と
ひょいと車イスの足を持ち上げ、段差の上に乗せてくれた。
私「あっ…ありがとうございます。でも車イスに乗る授業なんです」
大工さんは先生と同級生の顔を見るとすべてを悟ったらしく、
大工「わわわ!!そうだったの!??ごめんね!!」
おっちゃんは恥ずかしそうにそそくさと現場に戻っていった。
先生と同級生がいるのに、わざわざ手伝いに来てくれた大工さんが
とても優しいと思った。

 

7

俺は昔からネガティブで病みやすくて自分に自信が持てない、とてつもないヘタレ人間だ。
もちろん未だに彼女なんていたことがない。

そんな俺なんだが、実は小中学校を海外で過ごしてきた。高校は地元である東京の学校かと思いきや
入ったのは親の仕事の都合で何と大阪の高校に入る事になってしまった。
もちろん当初は関東と関西のノリの違いとかもあってか良くいじめられた。
嫌なことがあった時は良く好きなお菓子を学校の最寄り駅にあるファミマでお菓子を買って気分転換をしていた。
そこのファミマに、どうしても忘れられない女性店員さんがいる。
年は分からないが、当時の俺の母親とあまり変わらない感じの人で恐らく40代後半。
優しい笑顔で入ってくる客に優しそうに声をかけてくれていて、俺の高校の女子も笑顔で挨拶をしていた。
高2の冬くらいにそのファミマに寄ったら、「君も○○学園の生徒さん?」と言われたから「はい、そうですよ」と
返事をした。どうやらあまりにも良く通っていたから顔を覚えられてしまったようだ。
そして1週間も経つうちに完全に顔を覚えられ、俺にだけ他の客とは違った対応を見せてくれた。

高3の春になり、受験勉強が始まった。
俺は単語帳や小論文の書き方をまとめた問題集を持ってそのファミマに入ったら、「もう受験なんやね」と
その店員さんは俺に話しかけてきてくれた。
ちょうどその時、運良くあまり客がいなかったから店員さんと1時間ほど立ち話をしてしまった。
どうやら昔幼稚園の先生をしていたらしく、笑顔がかなり優しそうなのはそれが原因なんだろうなあと1人で勝手に思ってた。

本当にこの店員さんの笑顔には癒された。

受験でイライラしてた時、ふとその店員さんが「○○君はやれば出来る子なんやから、もう少し自信を持って!」
「○○君が優しくて純粋な心を持ってるんやから、大学も受かるしそのうち恋人できるで。だからいつか彼女さん見せてや」と
とにかく俺を褒め称えてくれた。
正直自分に全く自信のない俺からすればここまで褒められたのは嬉しくて涙が出そうだった。
結局俺は第一志望には後一歩及ばずだったが、第二志望は推薦で無事合格し、その店員さんはまるで我が子のように俺の合格を
祝ってくれた。
そんな俺は大学2回生。以前春休み、冬休み、そして大学が豚フルで休校になった際と5回ほどそのコンビニに行ったが
その店員さんはいなかった。高校時代は5回行けば3回は会える人だったんだけどなあ…。
ちょっと心配している。

 

8

昨日ショッピングセンターで4才の娘の自転車を購入し、屋上の駐車場に運んでいる時の事です。
エレベーターが遠かったのと、まわりに誰もいなかったので、いけない事とは思いつつ
近くにある一人分の幅のエスカレーターに自転車の後輪を持ち上げて乗り込みました。

娘も一緒に乗ろうとしたのですが、私が自転車を抱えていて手をつなげなかった為に、
乗るタイミングがつかめず、エスカレーターの前で立ち往生してしまいました。
助けに逆走しようとしましたが、一人分の幅のエスカレーターに自転車を抱えてはうまく下れません。
一度タイミングを失うと、もう娘一人では乗れません。
半泣きの娘。成す術なく一人エスカレーターを登っていく情けない私。
おまけにこの店は下りのエスカレーターが無く、降りるには遠くの階段かエレベーターを使うしかありません。

一人エスカレーターを登り切り、急いで自転車を脇に置き、階段に向かおうとしたところ、
娘の後ろに居たカップルが娘の方を見ながら話をし、彼女さんが娘に話し掛け、
娘を優しくエスカレーターに乗せてくれました。

他人からしたらたいした事ではないかもしれませんが、
その時の私にとっては本当に助かった気持ちでいっぱいでした。

上の階から遠巻きにお礼を言うことしかできませんでしたが、本当に本当に有難かったです。
二人で娘に「バイバイ」と手を振り、ハイタッチをして去って行くとても素敵なカップルでした。

 

9

さて自分が最近会ったいい人。
40のおばちゃん故に足下が怪しく、ちょっとした段差につまづいて
買い物袋を漫画のようにぶちまけて一人で拾っていた時。
通りすがりの車から颯爽と降りてきたお兄ちゃんが手伝ってくれた。
「まぁすいません!」「いえいえ大丈夫ですか?」という感じで
無事に拾い終わって御礼を言ってお仕舞いというだけの事ではあった。

でも兄ちゃんの恰好が、竜柄甚平にサンダル履き金アクセじゃらじゃら
二の腕や胸元からは派手な絵柄が・・・というスタイル。でも超笑顔。
何かこう「ちょいとワルなオレだけどカタギには優しいオレなんだゼ」
という雰囲気が全身から溢れ出ていて、去る時に言った言葉が
「オレが通りかかって良かったですね!(スキンヘッドで超笑顔)」。
いろいろと惜しい気がする兄ちゃんでした。

でも、おばちゃん助かったよ。
ありがとう。w

 

10

俺の電車での実体験。
比較的空いている車内で座っていた。真向かいのシートに70~80代のお婆ちゃん。
電車が駅に進入しお婆ちゃんはドアへ。
ドアが閉まり前を見るとお婆ちゃんのバックが!お婆ちゃんはホームから走り出した電車内を見て呆然としている。
俺はバックを手に取り
「お婆ちゃん投げるけどごめんね!!」と大声で言いホームへ。
次の駅で降りた俺は改札で駅員に話し掛けられ、お婆ちゃんが礼に来るから引き止めてと言われたらしい。
すると次の電車でお婆ちゃんが来た。
おもてなしをしたいと言われ断れなくて家に案内された。
家が近いので今でも月に二、三回程呼ばれて息子の様に(お婆ちゃんに子供いない)可愛がっていただいてます。
ありがとう。

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