『日系朝鮮人』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『日系朝鮮人』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

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『日系朝鮮人』

1930 :日系朝鮮人 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:01:31 ID:cFFR5zTA01 / 4 話:黒猫』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】2/ 4 話:『呪いの井戸』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】3/ 4 話:『日系朝鮮人』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】4/ 4 話:『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

イサムと出かけたロングツーリングから戻った俺は、以前からの約束通り、木島氏の許を訪れていた。
呪術師としての木島氏しか知らなかった俺は、木島氏の意外な一面を知ることになった。
木島氏は婿養子らしい。
5歳ほど年上だという奥さんの紫(ゆかり)さんは、少しきつい印象だが女優の萬田久子に似た美人だった。
紫さんの父親に関わる『仕事』で気に入られ、木島家に婿入りしたようだ。
木島家が何を生業にしているのかは判らない。
見るからに高そうなマンションのワンフロアを借り切り、そのマンションには目付きの悪い男たちが頻繁に出入りしていた。
招かれたのでもなければ、あまり近寄りたい雰囲気ではない。
木島氏には20代後半で『家事手伝い』の長女・碧(みどり)と女子大生の次女・藍(あい)、中学生の3女・瑠璃(るり)の3人の娘がいた。
木島家に滞在して、俺がそれまで木島氏に抱いていたクールで冷徹なイメージは脆くも崩れ去っていた。
家庭人としての木島氏は、女房に頭が上がらず、娘に大甘なマイホームパパだった。
少し引き篭もり気味だが、碧は家庭的な女で家事一般が得意、料理は絶品だった。
藍は、頭の回転が早く、話し相手として飽きない楽しい女だった。
人懐っこい性格の瑠璃は、テニスに夢中……。
色々と驚かされることもあったが、家族仲の良い木島家は見ていて微笑ましかった。
思いのほか居心地の良い木島家で俺は寛いだ時間を過ごした。
だが、リラックスした時間はやがて終わり、『本題』が訪れた。
どんな目的があるのかは分からないが、かねてより俺に会いたがっていると言う人達の許に俺は向かった。

木島氏に連れられて俺が訪れたのは古い邸宅だった。
表札には『一木』と書かれていた。
木島氏と共に奥の部屋に通され30分ほど待たされたか。
少々イラ付きもしたが、神妙な木島氏の様子に、態度や表情には出さずにいた。
やがて、家主らしい初老の男性と榊夫妻、和装の老女が部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ない……」
この男性は、相当な地位にある人物のようだ。
榊夫妻や木島氏の様子、何よりもその身に纏う『威厳』がそれを物語っていた。
この初老の男性が一木貴章氏だった。
挨拶もそこそこに一木氏が「本題に入ろう」と切り出した。
一木氏は、何かの報告書らしいレポートに目を落としながら話し始めた。
「XXXXX君、昭和XX年X月XX日、A県B市出身。父親は……母親は……。兄弟は姉と妹が一人づつ……」
一木氏は、俺や俺の一族の背景、その他諸々を徹底して洗ったようだ。
一木氏の話す内容は俺が自ら調べて知っていたことだけでなく、調べても判らなかったことも数多く含んでいた。

俺の父親は、70数年前、今の北朝鮮・平壌で生を受けた。
警察関係の役人だったという祖父と祖母は、まだ幼かった次女を連れて朝鮮半島に移住した。
二度と帰国するつもりはなく『日系朝鮮人』として朝鮮の土になる……覚悟の出国だったようだ。
父の実家は、地元では一応『名士』とされていたようだ。
婿養子で軍人だった曽祖父が、東京である『特別な部隊』に所属し、その後も軍人として出世したかららしい。
その部隊に所属することは大変な栄誉とされていたらしい。
地元選出の国会議員や市長クラスの宴席に呼ばれることも度々だったそうだ。
曽祖父が出世して『名士』扱いされてはいたが、父の実家のあった地域は一種の『被差別部落』であり、父の一族はその中でも特に差別された一族だったようだ。
俺の一族が『田舎』で差別された存在だったことを俺が知ったのは、祖父の葬儀のために、父の『実家』を訪れた時のことだ。
祖父の葬儀は異様な雰囲気だった。
参列者は俺たち親族と、祖父の『お弟子さん』だけで、近所からの参列は古くから付き合いのある『坂下家』だけだった。
俺たちの様子を伺う近所の住人達の視線を俺は生涯、忘れることはないだろう。
差別とやらの内容は知ることは出来なかったが、憎悪や恐怖、その他諸々の悪意の込められた視線……『呪詛』の視線だ。
96歳で台湾で客死した祖父は、韓国や台湾、中国本土を頻繁に行き来する生活を送っており、弔電は国内よりも国外からの物の方が多かった。
国内の弔電も『引揚者』やその家族からのものが殆どだったようだ。
父達の引揚げは『地獄』だったそうだ。
父は、昭和24年に引き揚げたらしいが、引揚時に負った傷が元で右目の眼球と右耳の聴力を失っている。
だが、父が話すことはないが、帰国後の日本で父が見た『地獄』は、引揚時に朝鮮半島で見た地獄よりも苛烈だったようだ。
父にとっての故郷は、生まれ育った『朝鮮』であり、ルーツである日本の『田舎』は記憶から消去したい、呪われた場所らしい。
祖父の葬儀が終わったあと、父は姉と妹、そして俺に言った。
「これで、我々の一族とこの土地の縁は完全に切れた。私がここに来ることは、もう二度とないだろう。
私たちは、もう他の土地の人間なんだ。お前たちも、二度とここに来てはならない。全て忘れるんだ」

祖父は、苦学しながら高等文官試験?を目指す学生だったそうだ。
翻訳や家庭教師といったアルバイトをしていて、東京で女学生をしていた祖母に見初められたらしい。
祖父は、高等文官試験には通らなかったようだが、特殊な才能をもっていたそうだ。
全く知らない外国語でも1日あれば凡そ理解することができ、1・2週間ほどで読み書きは別にして、自由に話すことができたそうだ。
事の真偽はわからないが、祖父が日本語のほか、英語・フランス語・ドイツ語・朝鮮語・中国語・ロシア語・スペイン語・ポルトガル語の会話と読み書きが出来たのは確かだ。
祖父は婿養子として祖母と結婚し、内地でキャリアを積んだあと警察関係の役人として朝鮮に渡った。
日本の敗戦により、朝鮮の土になるつもりでいた祖父たち一家は、やむを得ず、多数の引揚者を連れて帰国した。
本来ならば、差別の残る祖母方の実家ではなく、祖父方の実家のあった地に戻るところだったのだろうう。
だが、祖父の実家は、終戦直前に家族親戚とともに一瞬でこの地上から消滅してしまっていた。
父は高校卒業まで田舎にいたが、大学進学を期にそこを離れ、祖父の葬儀まで二度と戻ることはなかった。
大学に進学した父は知人宅に身を寄せた。
父が下宿していた知人宅、それが俺の友人Pの父親の実家だった。
詳しいことは分からないが、朝鮮半島で俺の祖父とPの祖父は何らかの関係があったらしく、俺の祖父の手配でPの祖父一家は日本に移住してきたらしい。
俺の一族にPの一族は返しきれない恩があるとかで、『俺の一族に何かあった時には、何を差し置いても助けろ』と言うのがPの父親の遺言だそうだ。
俺にとっては、Pは友人であり、恩や遺言は関係ないのだが、彼にとってはそうではないようだ……。

カトリックだった祖父の実家は同じくカトリックだった母方の祖母の実家と家族ぐるみの付き合いがあったそうだ。
父と母の結婚は母方の祖母の強い要望によるお見合い結婚だった。
日本に帰国後、公職追放されていた祖父は処分が解けた後も公職に復帰することはなかった。
金になっているのか、成っていないのかよく判らない芸事で身を立て、祖母が亡くなったあとは、一年の半分位は外国を回る生活を送っていた。
母方の祖母の話では、祖父の上京前、父方の祖母と出会う前、母方の祖母と祖父は恋仲だったらしい。
母方の祖父も早くに亡くなっているので、子供の単純な発想で「なら、おじいちゃんと再婚しちゃえば良かったのに」と言った覚えがある。
祖母は、「そういう事はできないんだよ……。それに、あの人には大事な仕事があるから……」
祖父の『大事な仕事』が何なのかは、結局、知ることは叶わなかった。
ただ、祖父の結婚も、朝鮮への移住も、曽祖父の強い意向が働いていたのは確かだ。
日本国内での厳しい差別から逃れるため……だけではなかったようだ。

一木氏は、俺たちの一族が受けてきた『差別』の実態について語り始めた。
父の『実家』があったのは、とある漁村の一角だった。
だが、その集落は、元々は山二つほど内陸にあった『村』が『移転』してきたものらしい。

この『村』は、ある特殊な信仰を持っていた。
教義や儀式、念仏や礼拝など信仰の実体に関わるものは全て口伝で伝えられ、元々文書等は一切残されていない。
一向宗の一派とも隠れキリシタンの一種とも言われるが、口伝が失われて久しく実態はもはや知ることはできないそうだ。
移転して来る前にあった『村』が大きな災害によって全滅してしまったかららしい。
この村の宗教は、仏壇や仏像、十字架など形のあるものではなく、家の中の決まった部屋の白壁に向かって『瞑想』を行い、『神』の姿を思い浮かべて、それに対して礼拝する形を取っていた。
さらに、特殊な礼拝法の他に、この村には『人柱』の風習があったようだ。
ある特定の家から10年に一度とか、20年に一度といった感じで『人柱』を立てていたのだ。
代々、その『人柱』を出していた家が『坂下家』らしい。隣近所で祖父の葬儀に唯一参列した家だ。
坂下家は3年ほど前に最後の生き残りだった坂下 寅之助氏…『寅爺』が亡くなって絶えてしまったが、代々父の実家との付き合いが続いていた。
祖父達が日本を離れるとき、長女はまだ10代で、結婚したばかりだった。
坂下家は、まだ若い伯母夫婦の後見をしていたようだ。
深い関わりを持っていた両家だったが、証言者によると、父の実家は坂下家の世話をしつつ、その逃亡を防ぐために監視する役目を負った家だったらしい。
以前、読者の方に『憑き護』に付いて質問を受け、回答したことがあった(自分の身元がばれたかと一瞬焦りもしたのだが)。
俺が10代の頃、『寅爺』に連れられて坂下家の娘さんが遊びに来たことがあった。
耳が悪く、言葉も話せなかったが、とても綺麗な女性だった。
彼女は絵が上手く、不思議な力を持っていた。
こちらが考えていることや、前の晩に見た夢の内容を恐ろしく正確に、いつも肌身離さずに持っていたスケッチブックに描いたのだ。
坂下家には、代々、何らかの障害と共に、こういった不思議な力を持った娘が生まれるそうだ。
この女性は数年後、20代の若さで亡くなってしまったのだが……
姉の結婚式の時、不思議な力を持った坂下家の娘が『人柱』にされていた話を俺は最後の生き残りとなっていた『寅爺』に聞かされていた。
一木氏の話は俺の記憶に合致し、それを補強するものだった。
坂下家は、いわゆる一種の『憑き護』の家系だったのだ。

父たちの帰国時、伯母夫婦は既に亡くなっていた。
米軍機による機銃掃射に巻き込まれて死んだと言う説明だった。
だが、一木氏の話によるとそうではなかったらしい。
伯母夫婦は、集落の若衆……証言者の父親達によって惨殺されたらしい。
帰国後、暫くして亡くなったという次女も、病死ということになっているが、そうではなかったようだ。
昔から『実家』にいた頃の話をしたがらない父に尋ねても真相は聞けまい。
何故、父の実家はそれほどまでに恨みを買っていたのだろうか?
一木氏による証言者の話では、集落の元いた『村』が滅びる『原因』を作ったのが、俺の先祖だった……らしいのだ。

証言者の話によると、『人柱』は村を見下ろす『御山の御神木』に磔の形で捧げられていたらしい。
代々、坂下家の世話をしながら監視を続けていた俺の家の長男が、人柱を捧げる役目を負っていたようだ。
だが、何代前だかは知らないが、人柱を捧げるべき俺の家の男が、『人柱』の娘を連れて村から逃亡したらしい。
男は追手を何人も斬り殺し、娘を連れたまま逃げ果せたそうだ。
逃げた二人がどうなったのかは判らない。
娘を連れて逃げた男の父親は『御神木』を切り倒し、『御山』に火を放ち焼き払った。
御神木を切り倒した男は、逃亡を図ろうとしたのか、追手を食い止めようとしたのかは判らないが、激しく抵抗した上で、片目を矢で射抜かれて死んだそうだ。
村の『名主』の子孫だという証言者の先祖が逃亡した男に斬り殺され、その父親が御神木を切り倒した男を射殺したと伝えられているそうだ。

一木氏の話を聞いて、俺の背中にゾクリと冷たいものが走った。
隠していた悪事をいきなり暴露されたかのような、異様な、そして経験したことのないような衝撃を俺は感じていた。
坂下家と俺の先祖の生き残りは、村を追放された。
両家の者は、山二つを越えた漁村に落ち延びた。
俺の先祖は医術だか薬草学の知識があったらしく、流行病で住民が次々と死んでいた村を救い、村での居住を許されたようだ。
先祖が元いた村は、『御神木』が失われた以降、井戸や川が枯れ、飢饉や疫病が続き、多くの村人が近隣の村へと逃亡したそうだ。
そして、ある年、嵐による大雨が続いた村は神木のあった山の『山津波』によって全滅したらしい。
生き残りの者たちは村の全滅を『御神木』の祟りとして、俺の先祖や一族を深く恨んだようだ。
滅んだ村の生き残りは、俺の先祖や坂下家を受け入れた村に次々と入り込み、いつの間にか村を乗っ取っていた。
俺の一族と坂下家は生贄や人柱を捧げさせられることこそ無くなったが、元のように監視され、集落内での差別と呪詛を一身に受け続けた。
それから何年、何世代経ったのかは判らない。
俺の一族には男の子が産まれなくなり、養子に貰った男の子も育たなくなった。
一族の女の嫁ぎ先でも似たような状況になったらしく、断絶した家もあって『XX家の地獄腹』と言われていたそうだ。
証言者は、今でも俺たち一族を恨み呪っているらしい。
『恨み』が語り継がれ『呪詛』と『差別』が残った。
だが、正直なところ、何世代、何百年も前のことで人を差別し、恨みを持続できる心情を俺は理解できなかった。
彼らの論法で言えば、一度も会ったことはないが、二人の伯母を殺されている俺の方が恨みや呪いを抱く『適格』があるだろう。
だが、俺は、証言者や祖父の葬儀と調査の為に二度しか行ったことのない田舎の人間を恨んだり呪ったりする程の生々しい感情は持ち得ないというのが正直なところだった。
俺は、正直な感想を一木氏に伝えた。

一木氏は俺の言葉を肯定するように頷いたあと、さらに言葉を続けた。
「彼らが、君の一族に世代を超えて呪詛を向け続ける理由は確かにあるのだよ。切実な形でね」
問題の集落は近くに鉄道の駅ができ、国道が整備され、過剰なほどの県道や市道が整備され、元いた住民よりもここ2・30年ほどで流入した人口のほうが多いらしい。
最早、外見上は『被差別部落』の残滓を探すことも難しい現状のようだ。
だが、『部落』の子孫、俺たち一族と坂下家を追放した連中の子孫には深刻な『祟り』が残っているそうだ。
『部落』の子孫たちには生まれつき外貌や知能に障害を負った者や、常軌を逸して凶暴だったり乱脈だったりといった精神や性格に問題のある者、難病を患う者が絶えないらしい。
家族にそう言った問題を抱えていない家庭はないと言えるくらいの頻度だそうだ。
それが何世代も続いて、俺たち一族への恨みや呪詛は今でも語り継がれているらしい。
そして、何よりも彼らにとって重大だったのは、神木が切り倒され山が焼払われて以降、彼らの信仰の対象だった『白壁の神』の姿を見ることが出来なくなった事だった。

一木氏は更に言葉を続けた。
一木氏や他の霊能者の見立てでは、父と俺は、本来は生まれてこないはずの人間だったらしい。
これは、坂下家と俺の一族の背負った『業』のようだ。
両家の命数は既に尽きている……という事だった。
一木氏の言葉を俺は受け容れざるを得なかった。
認めたくはないが、坂下家は既に断絶し、俺の一族も恐らく、俺たちの代で絶えるであろうことは俺も予感しているからだ。
嫁に行った姉は不妊持ちで既に治療を諦めているし、俺と妹は結婚の予定もない。
俺はこれまで碌に避妊などしたことはないが女を孕ませたことはなく、アリサを喪った事故以来、性的には不能状態なのだ。

既に滅んでいたはずの俺たちの一族を今日まで存続させてきた理由があるとすれば、それは、祖父母による朝鮮への『移住』だった。
『日系朝鮮人』として朝鮮の土になる、その覚悟が一時的にではあったかも知れないが、俺たち一族の『滅びの業』を食い止めたのだろうか?
そんな俺の思いを一木氏の言葉は打ち砕いた。
「君たちの一族の『ガフの部屋』には、本来、次なる魂は用意されていなかったのだ。
もう君も気づいているのではないか?
君の父親は、生贄の女と息子を逃した男の生まれ変わりだ。
そして、君は生贄の女を連れて逃げた男の生まれ変わり……いや、そうではないな。
生贄の女と逃げた男の生まれ変わりだ」
俺は、ぞわっと全身の毛が逆立つのを感じた。
『何を言っていやがる、このジジイ!ぶっ殺してやる!』何故か俺は、激しい憎悪と殺意に囚われた。
そんな俺の激情を受け流すように一木氏は静かに言った。
「君には、断絶した記憶が有るはずだ。その断絶した時点の記憶を思い出すのだ」
俺は、激高を抑えるように、記憶の断絶点、子供の頃、川で溺れて死にかけた時のことを思い出した。
すると、妙な記憶?……映像が浮かび上がってきた。
俺は、水の底から子供の足を掴み、その子供を水中に引き摺り込んだのだ。
子供の顔は見えなかったが、俺は子供の首を絞めていた。
何なのだ、このイメージは!

一木氏は言った。
「それが君だ。君は女の魂を宿した子供を殺そうとした、言わば『悪霊』……
だが、君自身も女の魂……『悪霊』に殺されそうになったことがあるはずだ」
俺に瀕死の重傷を負わせ、アリサの命を奪った『ノリコ』のことか?
俺の体には異様な悪寒が走っていた。
アリサやほのか、その他の性同一性障害を持ったニューハーフの女性たちに抱いていた不思議なシンパシー……
俺自身が妙だと感じていた感情の理由を俺は突き付けられた気がした。
一木氏は、更に追い討ちをかけるように言った。
「君は、朝鮮時代に君の祖父母たち一家に雇われていた『お手伝い』の女性の話は聞いたことがあるかな?」
「あります。父が話すとき『オモニ』と呼んでいる女性ですね。引き揚げの直前まで実の子のように可愛がってもらっていたそうです」
「その女性が、方 聖海(パン ソンヘ……Pの父親)氏の伯母に当たる人物だ。
君達は知らないかもしれないが、非常に高名な呪術師だった。
様々な呪術を用いたが、朝鮮でも今ではもう絶えて居ない『反魂の法』の数少ない実践者だった。
君の祖父は、『反魂の法』の対価として、その権力を用いて、彼女の弟一家を日本に……」
こみ上げてくる吐き気を押さえ込むように、俺は言った。
「もういい。十分だ。もう止めてくれ」
一木氏は、静かに言った。
「そうだな……私の話したいこと、話せることは殆ど話した。ここまでにしよう」

俺の両目からは涙が流れ、止まらなくなっていた。
木島氏の顔は青ざめ、何も言おうとはしない。
一木氏が部屋を出たあと、榊氏が俺の前に跪き、涙を流しながら言った。
「済まない……本当に、余計な……済まないことをしてしまった。
私は、そして家内も夢を見ていたんだ……。
榊家など継いでくれなくても良いから、君が孫の……奈津子の夫になって欲しいと。
あの子が君のことを話さない日はないんだ……私も家内も君のことは本当に気に入っている。
そして、あの子の願うことなら全て叶えてやりたい……だが、それは出来ない。
あの子は私たちの全てだ。
あの子を失うようなことは絶対にできない。
勝手なことを言ってすまない、もう二度と奈津子にもチヅさんにも関わらないでくれ」
榊夫妻は木島氏に伴われて部屋を出ていった。

呆然とする俺に、和装の老女が語りかけた。
「私たちもね、まさかこんな結果になるとは思っていなかったのよ。本当に。
貴方の一族が対峙している『神』の正体は私達には判らないの。ごめんなさいね。
榊さんが是非あなたを奈津子さんの婿に迎えたいから、調べて欲しいという事だったのだけどね。
あなたには特殊な『才能』があったから、それを把握するためにもね……。
私たちも、あなたに榊さんの家に伝わる『術』を受け継いで欲しかったのよ。
でも、調べれば調べるほどに……あなた方の一族は……」
俺は何も言えなかった。
そんな俺に、老女は言葉を続けた。
「……あなた、本当に人を好きになったこと、ある?」
「ありますよ。もちろん」
「貴方が人を愛することをこの『神』は許さない。
あなたが愛した人は、その意思に関わりなくあなたから引き離されて行く。それが運命なの。
それに抵抗してあなたと一緒に、側に居ようとする人は命を奪われるでしょう。この『神』にね」
「それが『呪い』なのか?
……呪いなら、マサさんのあの『井戸』で……」
「それは、無理でしょうね……あなたに降りかかっているものは『呪い』の類ではないから。
むしろ『愛』に近いのかも……」
「そんな……馬鹿な」

「いいえ。本当よ。
あなたはこの国にいる限り、『定められた日』までは、どんな災厄に巻き込まれようとも生き残り続けるでしょう。
周りの人が死に絶えるような事態に陥っても……物凄く強力な『神』の加護があるから。
でもね、あなたの周りの人は、あなたの『加護』には耐えられない。
あなたに愛されたら、一緒にいれば命を落としかねない。
奈津子さんは、とても強い力を持った娘だから、命を奪われるまで抵抗してあなたの側に居ようとするでしょうから……
でも、それは、榊さんご夫婦には耐えられないことなのよ。
判ってあげて欲しい。
……そうでなくても、あなた自身が奈津子さんの側に居てあげられる時間はそう長くはないから……」
「あんたの言う『定められた日』とやらは近いのかい?」
「ええ。近いわね。
……ところで、あなたに夢はある?どんな望みを持っている?」

女の言葉に、俺の家族や木島一家の顔が浮かんだ。
「大した望みはないよ。
とびっきりの美人でなくてもいいから、よく笑う可愛い嫁さんを貰うんだ。
尻に敷かれたっていい。
安月給でもいいから、昼間の普通の仕事に就いて、毎朝ケツを叩かれて満員電車に揺られて……
朝から晩までこき使われて、疲れて家に帰るとカミさんと子供が『お帰りっ』て、迎えてくれて……
子供は勉強なんて出来なくて良いから、ひたすら元気で、休みの日にはクタクタになるまで遊ぶんだ……
月曜日の朝には、またケツを叩かれて……そんな生活がずっと続くんだよ。
そのうち、俺もカミさんも爺さん婆さんになって、孫と遊んだり小遣いをせびられたりして……ああ……」
そう言いながら俺は自分の声が震えているのに気づいた。
「素敵な夢ね」
「だが、もう叶うことはない……そうなんだろ?」
「いいえ、夢は叶うわよ?
いつもその夢を思い続ければ……寝ても覚めても想い続けて、祈り続ければ……。
人間の精神の力は、人の『想い』は、翼のない人間に空を飛ばさせ、神界だった星の世界に生きた人間を送り込んだでしょう?
人の心は、あらゆる不可能を可能にしてきたじゃない!
どんな邪な願いであっても、願い続ければ必ず叶う……道元禅師も言っているわ。
それが例え『神の意思』に反したとしても、生きて祈り続ければ必ず叶うわよ」

「随分とプラス思考なんだな。あんた、何者なんだい?」
「一木 燿子、さっきまで貴方と話していた一木貴章の姉よ。
私の姉の祥子は、あなたの師匠、『マサ』の母親なのよ。
長いあいだ患っていて、最近亡くなってしまったのだけどね。
姉は、あなたにも逢いたがっていたわ。さっき言った事は姉の受け売り。
姉は、あなたがさっき言っていたような人生をいつかは息子が送れますようにって、生前、ずっと祈っていた。
マサも、多分あなたのような夢を抱きながら、これまでの人生を耐えてきたのだと思う。
私は、姉の祈りを引き継いで甥の為に祈り続けるわ。
貴方のことも祈ってあげる……それしかしてあげられないから。
だから、あなたにも夢をあきらめずに祈り続けて……生き続けて欲しい」
「ありがとう。……お返しと言っては何だけど、俺に何か出来ることはあるかな?」
一木燿子は、俺に一枚のメモを渡した。
「これをマサに渡してあげて。
生前、姉はマサに会うことを許されなかった……そういう『契約』だったからね。
姉の、マサの母親のお墓の住所なの……必ず、お願いね」

俺は、木島家を出るとそのまま駅へと向かった。
ホームでマサさんやイサム達の待つ地元に向かう列車を待ちながら、ふと思った。
『随分、遠い所まで来たしまったんだな』
地元に戻ったら両親に電話して、久しぶりに実家に帰ろう……そう思った。

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2/ 4 話:『呪いの井戸』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

3/ 4 話:『日系朝鮮人』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

4/ 4 話:『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

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