『山間部にオフロードバイクツーリング』|洒落怖名作まとめ【長編】

『山間部にオフロードバイクツーリング』|洒落怖名作まとめ【長編】 長編

今まであったのは常緑の針葉樹だったのに比べてこの林道に入った途端に落葉種
の広葉樹に変化していたからだ。路面に落ちている落葉も先ほどのメインルートと比較すると
広葉になっており、少しきついコーナーになると葉っぱに乗るのかリアタイアが滑る様な挙動
を感じる。後で話し合ったところ、不思議な事に3人が3人ともこの林道に入った時に少し
違和感を感じていたらしい。少なからず感じる違和感の中を慎重に走っていたこの時に、
俺たち3人にアクシデントが2つ発生した。

先頭を走っていたTが何でもない右コーナーの入り口で転倒をしたのだ。
3人の中で一番ライディングテクニックに秀でているTが転倒するのは非常に珍しい事だった。
常に先頭を走るTはレースではなく後ろに仲間がいるツーリングの時は絶対に無理はしない、
後続を巻き込む様な転倒を先頭のライダーは起こしてはいけないと常々言っていたそのTが
平凡なコーナーに差し掛かった途端に転倒したのだ。

これは珍しいアクシデントだが、ここで後続していたAにもアクシデントが発生した。
ヘッドライトが突然消えたのだ。舗装路を走るマシンにはあまり起こらないが未舗装
のダートを走るオフロードマシンは振動が激しいため、時々ヘッドライトの線が切れたり
ソケットの接触不良が起きてライトが消える事がある。
転倒とヘッドライト消滅・この2つがほぼ同時に発生したのだ。

先頭を走っていたTは「何が起きたのか全く判らなかった、絶対に枯葉に乗ってコケたんじゃない。
まるでオイル面に乗った様にというか…とにかく何の衝撃もなくやられた、
気が付いた時は転倒アングルでもう立て直す事は諦めたよ。
綺麗にこける事ができただけでもラッキーだ。旅先で怪我しちゃったら面倒だからな。
それにしても…」と納得できかねる表情で転倒したバイクを起こした。

ヘッドライトと左右のバックミラーが割れており、バックミラーステーが
あらぬ方向を向いている他はバイクにもライダーにも大きなダメージが無かったのは
Tの言うように不幸中の幸いではあった。

リアタイアが滑る事はオフロードを走っている時はよくあるのだが、
ライダーに怪我は無いのにヘッドライトと両側のバックミラーまで割れるというのは
レアな現象だと言えた。それにヘッドライトが割れたのは以降の夜間自走をかなり
制限される事を意味していた。

そして後続のAはというとヘッドライトが消えて突然前が真っ暗になった事から
最初は自分が転倒したのかと思ったらしい。

ハンドルに衝撃を感じてTが消えたのがほぼ同時だったからだ。
何とかパニックブレーキでフロントタイアがロックする寸前で停車に成功したので
もらいゴケをせずに済んだと笑って話していたが、消えたヘッドライトを懐中電灯で
確認したAの表情はにわかに硬くなった。
Tが巻き上げた飛び石でヘッドライトが割れたと思っていたAだったが、ヘッドライトの
カバー自体には異常がないのに中の電球だけが粉々に砕けていたからだ。

走行中の振動でソケットが緩み、電球が中で踊ったために割れたのだろうとAは結論づけたが、
これまた不可解なアクシデントに首を捻っていた。

3台中2台のバイクのヘッドライトが切れた状態でこのまま走るのはさらに
危険が増すため俺たちはここら辺でテントを設営できる場所を探して
そこに泊まろうという事になった。

この場合で一番戦闘能力が高いのはTだがヘッドライトが壊れていて自走できないし、
俺のバイクを貸しても良かったが転倒したばかりで無理はさせられない。

同様にAのバイクもヘッドライトが点かないため自走はできない。
よって斥候は必然的に一番未熟な俺が行く事になった。
腕に自信がないためもうすっかり暗くなった夕闇の単独林道走行に不安を
感じずにはいられない。それにこの林道はただでさえ違和感を感じているのも
その不安に拍車をかけていた。

突然植性の違うエリアというだけでなく、何とも表現できない違和感。
沢の音は林道の入り口と比べるとやや大きくなった印象を受けるが
まだ滝は姿を見せない。

相変わらず辺りは妙に霞むような雰囲気…そんな中俺は一人テントを設営できる
スペースを求めて荷物を二人に預けてバイクで走り出した。

この後俺はこの二人とはまた違う現象に見舞われる事となる。

都合の良い場所に出る事ができたら良いのだが、あまり遠くなる様なら諦めて
戻り、転倒現場で気分が悪いがテントを張ろうと思って出発したが、コーナーを
3つ4つ曲がったところで突然周囲の山肌が迫ってきたかと思うと林道はそこで
途絶えており、木々が開けた広場の様な場所に出る事ができた。

当初の予想通り林道は突き当たりで袋小路になっているが、そのドンつきが
5メートル程の落差がある小さな滝になっており、小さな滝つぼといったら大げさだが
水溜りのようになっている所がある。

その滝つぼの脇に過去は鮮やかな朱色で彩られていたのであろう小さな祠のような
木製の建立物があり、滝つぼを放射状に囲む様に周囲が約15メートルほどの広場が
広がっていた。

水辺だというのに周囲の広場は固く締まった土と草で覆われている事もあり、
そこはまるで昔話に出てくる様な奇跡のような場所だった。

流れ出た水は小さな短い沢を作り、林道の脇に流れ落ちているがその先の水面
は見えない。
ひょっとすると岩の間に流れ込み伏水流となってメインの林道の辺りまで
流れているのではと想像もできた。
こんなにすばらしい場所が開けているのになぜ地図に載っていなかったのだろうと
疑問に思ったりもしたが、おそらくは地図の読み間違いだろうとそのときは納得した。

ヘルメット越しに名前もわからない秋の虫たちが短い生を盛大に謳歌している。
格好のテント設営地が見つかった事で俺は気分がよくなり、さらに
木々の植性の違いもこの水流が関係しているのではないかと思えてきた事もあって、
先ほどから感じる違和感や不安もやや和らいでいだ。

これは早速戻って二人に教えてやらねばと思い、広場の出口である今来た林道の
方向に車体を方向転換してアクセルを開けようとした。

ヘッドライトが映し出した周囲から切り取られた景色の中、来たときには
気づかなかったが鮮やかな朱色に塗り上げられた鳥居が居立しているのに
初めて気がついた。
あれっ、あんなものがあったっけな?と思ったその時だった。

規則的にアイドリングしていたバイクのエンジンが突然不規則になったかと思った
次の瞬間に止まってしまったのだ。
一瞬何が起きたのかが判らず思考停止状態になってしまった。
そして猛烈な不安感に襲われた。

周囲は月明かりもなく真っ暗。
聞こえるのは滝を流れ落ちる水の音と虫の声そしてヘルメットの中で妙に大きく
聞こえる自分の呼吸音だけ。
エンストしただけならばヘッドライトは点燈したままになるはずなのだが、
この時は違った。ヘッドライトはおろか計器類のバックライトもことごとく
消えてしまっていた。

周りが真っ暗になった怖さと自分の呼吸音の大きさでパニックになりそうだったが
現実的な思考にフォーカスをあてて必死に原因を考える事で何とかパニックを
回避する事に集中した。
全てブラックアウトしたことから最初はイグニッションキーを間違えてOFFに
回してしまったのかと思ったがキーはONになったまま動いていない。

次に考えられる事はガス欠だが、たとえ未舗装の林道はアスファルトと比べて
燃費は落ちるとはいえ走行距離からガス欠は少々考えづらい。
車体サイドにあるガソリンコックがブーツに当たって閉じられる事も考えられたが
コックは通常の位置でOFFにはなっていない。

突然エンジンが停止してヘッドライトを含む計器類のバックライトまでもが
消えた事からしてあと考えられることはヒューズなどの電装トラブルだが、
沢渡りや雨などで車体が濡れた訳でもない事から電装トラブルも可能性は低い。

全ての可能性を頭の中でシュミレートしてみた結果は原因不明…
ここでまた先ほどからの違和感が再び襲い掛かってきた。
ここは何かがおかしい!

この時視界を制限して呼吸音を強調させるヘルメットがとてもわずらわしく
感じた俺はヘルメットを脱ぎ、バイクから降りて打開策を考えようとした。
バイク用グローブを外すのももどかしくあご紐を外し、やっとの事で
ヘルメットを脱ぎ、バックミラーにヘルメットを掛けようとしたとき、
先ほどまでヘルメットをかぶっていた時でさえ聞こえていた滝の音がすっと
遠ざかり、それに呼応するかの様に秋の虫の声も急速に途絶えていった。

何か濃密な空間が突然バイクの周りに発生したような…それとも逆に俺が
入り込んでしまったかの様な感覚。聞こえるのは自分の呼吸音のみになった…

夕闇の中、突然訪れた息苦しいほどの静寂。
この時間は一瞬だったのかもう少し時間が経ったかは判らない。
とにかく心が押しつぶされそうになったその時、
それが起きた…

ギシッ…

突然背中の産毛が総毛立ち、バイクのリアサスペンションが大きく沈んだ。
まるで誰かが後ろに跨ったか乗ったかの様にバイクがリア側に傾いだのだ。

人智を超えた何かが俺の背後で起きていると本能が直感した。ハンドルで
車体を支えないと横に倒れてしまいそうになる。

しかし、もう恐怖で動けなかった。
背中の鳥肌が全身に回る。何かの呪縛にあったかの様にヘルメットを
掛けようとした姿勢から体を動かす事ができない。いや、振り向いた途端に
何かの均衡が壊れてしまいそうな恐怖に身がすくんでしまっていたのかもしれない。
ただできる事といえば必死に両脚で車体を支えるのみ。

背中は相変わらず総毛立ち、悪寒すら覚えるのに額からは脂汗が滝のように
落ちてくる。
車体は依然としてリアに重量物を積んだように傾いでいる。
その時本能的に、いや意図的に視線を外していたが…

耐えられなくなり、俺はヘルメットを掛けようとしていた
右のバックミラーの中を…後ろを見てしまった…

口腔内で短く発せられた悲鳴。
意思とは裏腹に凝視してしまう。
黒く切り取られた空間。
鏡に映った左右逆の世界。
そこに映し出されていたのは
無数の鬼火だった。

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