山にまつわる怖い話【30】全5話
夢の話
ノックがあった。
黒服の彼が手を触れないうちに、ドアは内側へ開かれた。
そこには、銀灰色の和服に濃紺の帯を締めた、上品な老女が立っており、
「お邪魔致します」と、その姿にふさわしい挨拶があった。
しかし、俺の正面に腰を下ろした老女には、俺の事が見えていないようだ。
やがて、彼が彼女の前に和菓子と抹茶を運んで来た。「どうぞ」
彼女は礼を言ってそれらを口にする。
「ああ、おいしい」そう言って微笑む彼女は、本当に人が良さそうに見えた。
彼は、彼女が茶菓を食べ終えるのを待って、言葉をかけた。
「もう、ご自分でわかっておいででしょうが、貴女は既に死んでおられます」
驚いた。(いきなりそんな事を)
だが、老女は平静だった。
「はい。ですから、わたくしは御山へ登らせて頂くつもりでおりました。
それだのに、ずうっとこの森の廻りを巡るばっかりで、肝心の道がわからない
のです。このおうちの前も、何度通った事か…」
袂から取出した薄手のハンカチを、手の中でくちゃくちゃに押し揉みながら、
彼女は悲しげな顔をする。
「それは貴女が持っておいでの荷物のせいです」
「荷物?わたくしが持っている?」
老女は合点がいかない、と言う顔をしている。俺にも、彼女が身一つでやって
来たように思えたのだが、表に何かおいているのだろうか?
「はい」彼が頷いた。「それは貴女がご自分の心の中に持っておいでのもの。
それを持ったまま、御山に登る事は叶いません。ここへ捨ててお行きなさい」
「わたくしは何も…」はっとして、老女は明らかにうろたえていた。
「いいえ」彼は黒曜石のような瞳を、じっと彼女の顔に据える。
「お持ちです。それを捨て、楽になって御山へお行きなさい」
静かだが、有無を言わさぬ声音だった。
一瞬、老女の顔が髪と同じように、真っ白になった。
ぎゅうっとハンカチが握りしめられ、それが緩められた時、彼女は少し震える
声で話し始めた。
「わたくしには、栄介さんと言う五つ年上の従兄がおりました。栄介さんは本当に
男らしい人で、わたくしは幼い頃から、従兄のお嫁さんになるものと合点して、
その日を楽しみに指折数えておりました。
わたくしが15歳の時です。栄介さんが神妙な面もちで、父のところにやって
参りました。あんな顔をして、何か相談事だろうか。そう考えておりましたら、
途中で母も父に呼ばれ、そして母の『まあ、結婚…!』と言う声が聞えたのです。
結婚!わたくしは有頂天になりました。てっきり、あの人がわたくしとの結婚を
両親に申し込みに来てくれたのだと思ったのです。
しかし、それは儚い夢でございました。栄介さんは知り合いの紹介で見合をし、
その人とこの秋に結婚するのだと、母から聞かされました。
お相手は、わたくしどもと同じ町内で、小町娘と評判の里子さんでした。
『あの二人ならお似合いよねぇ』そんな事を言う母が憎らしゅうございました。
いえ、何より悔しゅうございました。情け無うございました。従兄とは言え、
栄介さんはわたくしの気持ちを十分に知っておりましたはずですのに、何と酷い
仕打ちをするのだろう。わたくしの胸は張り裂けそうでございました」
老女の目から一筋、涙がこぼれた。そのまま涙をぬぐいもせず、話し続ける。
「その時でした。結婚を邪魔してやろう、そう思ったのでございます。
何とかしてあの二人に恥をかかせ、結婚出来なくしてやる。そう考えました。
恐ろしい事です。けれど、辱めを受けたと思い込み、怒りで一杯のわたくしには、
恥を雪ぐ、その気持ちしかございませんでした」
「幸いに、里子さんは同じ町内の人。その日から、わたくしは里子さんの後を付け、
様子を窺いました。その為に、夜、家を抜け出す事もしばしばございました。
機会は思いがけなくやってまいりました。
盆踊りの日の事です。栄介さんもこちらへ来て、里子さんと盆踊りを楽しんで
おりました。その二人の幸せそうな顔。もう、憎らしくてたまりませんでした。
そう、一時間余りも踊っておりましたでしょうか、栄介さんは里子さんをお家へ
送って行きました。里子さんのお家には灯りが点っておりましたが、その前で
なんと二人は包容しあって…
…殺してやりたいと思いました。
笑顔で二人は別れ、里子さんはしばらくあの人を見送っておりましたが、やがて
お家の方へくるりと振り返りました。
今だ!わたくしは後ろから里子さんに飛びかかり、首を絞めました。
死ね死ね死ね、死んでしまえ!力一杯絞めました…
我に返ると、里子さんはぐったりしておりました。本当に殺してしまったかと思い、
仰天致しましたが、幸いにもまだ息がありました。
ほっとすると、また彼女が憎くなりました。
おまえのような女、あの人のお嫁さんにならせるものか。
…どうしてあんな事が出来たのか。
わたくしは里子さんをすぐ側の路地へ引きずって行きました。
浴衣の帯を緩め、浴衣をはだけ、手足を大の字に広げました。
それから辺りの様子を窺って、誰もいない事を確かめると、わたくしはそこから
走って家へ戻りました。
そのうち、きっと盆踊りから帰って来た誰かが、あそこを通りかかるでしょう。
そして、里子さんのあられもない姿が人目に晒されるでしょう。
あちらがどう言訳しても、汚れた女だと誰もが思うでしょう。
これで破談になる。いい気味だ。わたくしは久し振りにいい気分で、枕を高く
して眠りに就きました。
ですが、その二日後、里子さんは首を吊って亡くなられました。
その翌日、栄介さんも同じように…」
老女の涙は止まることなく流れ続け、ポタポタと膝を濡らしている。
「わたくしは…わたくしが二人を殺してしまった。二人の気持ちを考えもせず、
ただ自分勝手な思い込みだけで、わたくしが…」
泣き崩れた老女に、黒服の彼が静かに問いかけた。
「それが貴女の本心ですか?」
がば、と彼女が顔を上げた。それは、黒髪のまだ若い娘の貌で、着物も一瞬の間に、
藍次に朝顔を染め散らせた浴衣と真っ赤な帯に替っている。
もちろん、涙など一滴も流れていない。
「いいえ、後悔なんぞしていません。あんな女、死んで良かったのよ!
栄介もバカよ、あんな女の為に後追いなんて…」
目を金色に光らせ、真っ赤な唇をかっと開いて娘が叫ぶ。
「ええ、憎かったわ、憎かったわ、憎かったわ、本当に殺してやりたかった。栄介
まで道連れにするなんて、死んでも許せない。出来る事なら、今からでも、何度でも、
あの女を殺してやりたい」
キィッと軋んだ音を立て、開いたドアの向うに、白装束の若い女が薄ら笑いを
浮かべながら立っていた。
「里子!」そう叫んで立ちあがった彼女もまた、同じく白装束へと身を変えている。
ドアの向うの女がにやりと笑い、こちらに背を向け、宙を滑るような動きで遠ざかる。
「殺してやる」
後を追う娘の動きも、もはや人のそれではなく、先の彼女と同じく宙を滑るように
ドアを飛出して行く。
…あははははははは
…死ね死ね死ね死ね死ねッ
一方の狂ったような高笑いと、それに纏い付くようなもう一方の叫び。
あっという間に姿が見えなくなった彼女らの向こうに、薄ぼんやりと靄がかかった
ような山の姿が一つ見えていた。
音もなく、ドアが閉じた。
黒服の彼が何か言おうとした時、俺の意識はそこで落ちた…
藁人形
俺は建設会社で現場作業員をしています。
ある年の年末に、道路工事の現場で働いている時のことでした。
1日の作業を終えてプレハブの現場事務所へ戻ると、
ミーティングなんかに使う折り畳み式のテーブルの上に新聞紙が拡げてありました。
真ん中が微妙にふくらんでいて、何か置いた上に新聞紙を被せてあるような感じ。
なにコレ?とか思って、何気なく新聞紙の端を持ってめくりました。
藁人形でした。しかも髪の毛付き。
「っじゃー!!」
けったいな声を上げた俺を見て、人が集まってきました。
「なんやなんや」「うわぁ!これワラ人形やんけ」「こんなん始めて見たわ」「やばいなー」
いつの間にか人だかりができて、ちょっとした騒ぎになりました。
そこへ、近くの砂防ダムの現場で働いているオッさんが入ってきました。
この現場事務所は、道路工事と砂防ダム工事の共用だったんです。
「ああ、コレな。松本んとこのオッさんが木切ってるときに見つけたらしいわ」
松本というのは下請けの土建屋だったんですが、そこの作業員が見つけたのを、
捨てるのも気持ち悪いということで事務所まで持ち帰ったのです。
「山に行ったら藁人形かてタマ~にあるらしいぞ。ワシも何回か見たことあるで」
人形は明日にでも近くの神社へ持っていく段取りだ、という話でした。
翌朝、朝礼に出るために現場事務所へ行くと、入口のあたりに人が集まっていました。
「どないしたん?」
「夜のうちに誰かが事務所に入ったらしいわ」
見ると、入口のサッシが開いています。
そこから中を覗くと、荒らされている室内の様子がわかりました。
人里離れたところにある事務所だったし、セコムは付いていなかったしで、
朝イチのオッさんが第一発見者でした。
入口には鍵が掛かっていたのですが、無理矢理こじ開けられていたようです。
事務所の中にはパソコンや測量道具など値の張るものが置いてあったのですが、
そういったモノは何も無くなっていませんでした。
ただ、例の藁人形だけがどうしても見つからないそうです。
「ちょっとアレ見てみ」
俺の前にいたオッさんが指差す方を見ると、
床や壁の至るところに、泥だらけの足跡や手形が残っています。
「あの足跡な、あれ、素足やな…」
それを聞いて、俺は背筋が急に寒くなるのを感じました。
転がる重機
今から10年程前、山で遺跡の発掘調査をしておりました。
はじめた頃は、作業員の応募が少なく2人の地元の方しかいませんでした。
地元の作業員は、しきりに「山の神様にお供えはしたか?」聞くので、「しなくても大丈夫だ」と答えていました。「やっとかないと山の神さんおこるかもよ」と冗談ぽく毎日のように言われてました。
当然そのような予算はないので、お供えをするとすれば自腹を切らなければならず、おまけ
に迷信は信じていなかったので、聞き流していました。
ある日、山の表土をパワーショベルを使って剥ぐ作業をしていたところ、現場へ登るスロープに向かって、作業員が小型のダンプ(乗用ではない土砂運搬用)に荷物を載せ、機械を操作しながら歩いていきました。
普段なら、パワーショベルの旋回内に入らなければ危険はないのですが、そのときは何か
危険を感じて15mほど手前で待機するように言いました。
それでもいやな予感はおさまらないので、一応スロープから出るように言いました。
そして、よけ終わってから数秒後、「ダァーン!」と、ものすごい音を立ててパワーショベルが倒れてきました。
スロープは坂になっていたので、パワーショベルはキャタピラを上にしてひっくり返り、アームの先のバケットは丁度先ほど作業員がいたところにあり、よけていなければ作業員はおろか私まで命はなかったと思います。
作業員からは、「あんた命の恩人だ!」と言っていただきましたが、生きた心地がせずしばらく呆然としていました。
幸いパワーショベルのオペレーターも無傷で、大事には至りませんでした。
原因は人為的なミスでしたが、翌日さっそく酒と塩を買い、現場の四隅にまき山の神様に今
後の無事をお願いしたのはいうまでもありません。
事故後、作業員が「山の神様は女の神様だから、案外あんた気に入られたのかもよ」とか言
っていたので、気休めでも怒っていたのではなくて守ってくれたんだと思うようにしました。
その後は作業員も増えて特に何事もなかったのですが、倒れたパワーショベルを元に戻すときに、つっていたワイヤーが切れ、もう一度パワーショベルは坂を転がったわけですが、そのときに油圧の油が血を吹いたように出ていた光景を見たときは、機械なのになんだか悲しくなりました。
毒水
精進沢湧水群に水汲みに行こうとしたが、途中の神社でお祭りがあり大渋滞
湧水群での水汲みを諦め、他の美味い水は無いかと、記憶の糸をたどると方面は違うが
山越えの県道沿いで白いバンが澤水をポリタンクに汲んでいたのを思い出した。
1時間以上移動し、昼食った後、件の県道沿いの沢付近へ到着する。
「ここらへんだったけど・・・」これより先は道が狭くなる。沢は広いところにあったはず。
あたりを見渡し鉄製の看板を発見。喜び勇んで看板へ駆け寄る。
毒水の由来
蛇石・鞍石の間の沢には、高いところから、毒水が流れています。この毒水は、
村人に殺された三人が、蛇となって流れ出す水だといわれています。
この山道を歩く人達のちょうどのどがかわき、水の飲みたくなる坂道の上に、
流れ落ちている水なのです。しかし、どんなにのどがかわいて水がほしくなっても、
村人たちは、「この水には毒がはいっている。飲んではいけない」と言って、
決して誰も飲まないということです(看板そのままの文)
この水を好んで汲んでいった白いバンの人は誰のために水を汲んでいたのでしょう?
布団の間
怖い話とはちょっと違うかもしれないんだけど
登山者が雪山の山小屋に着くでしょ、それで押入れに入ってる布団を出そうとすると、たまに間に凍死体が入ってることがあるんだって。
登山してきて寒くて疲れた人が、助かったーと思って押入れの布団の中にもぐりこんで取り敢えずそのまま寝ちゃったりすると、却って冷たい布団に体温を奪われて凍え死んでしまうんだとか何とか。
うろ覚えなんだけどこれってホントなのかね。
で、発見した人は「ハァー、凍死体キター(ガックリ)」って思うなんて書いてあったんだけど、登山する人の間ではたまにある話として知られている事なの?
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