山にまつわる怖い話【75】全5話
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
出張で群馬に行った時の事。
仕事を終えて、レンタカーを返す為に駅に向かって車を走らせていた。
冬という季節のせいで、それ程遅い時間でもないにも関わらず、
辺りはすっかり薄暗くなっており、
暖房をガンガンに効かせた車中で地良い倦怠感を感じながら、
山道をのんびりと車を進めていると…
突然、爆音と共に後方から光の乱舞。
程なくすると、一台のバイクが爆音を響かせならが接近してきて、
俺の車の後方で狂ったように車体を踊らせている。
「めんどくせぇなぁ…」
バックミラーで反射するライトに辟易しながら、
車のスピードを落として、抜かしやすいようにしてやる。
すぐに煽るのに飽きたのか、バイクは爆音をあげながら、
猛スピードで俺の車を追い抜いていった。
前方に遠ざかっていく爆音に「ほっ…」としながら車のスピード上げようすると、
バイクが走り去って行った空中に光が踊ったのが見え、衝撃音が聞こえてきた。
「アホが事故ったか?」
そう思いながら、事故に巻き込まれないよう慎重に車を進めると、
道路上に転倒している人の姿とひしゃげたガードレールが見えた。
放置する訳にもいかず、ハザードランプを点けて車を止め、
人影…若い男…の元に近寄って行くと、
体を胎児のように丸めた姿勢で何かブツブツ呟いている。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「何謝ってんだ?」と思いながらも、男に「おい、大丈夫か?」と声を掛けるが、
こちらに気づかないのか、男は目を閉じたまま延々と謝罪の言葉を続けている。
頭を打ったり、怪我をしてはどうかと考えたので、男の体に触る事も出来ず、
「おい! 怪我してねぇか!!」と大きな声を上げると、
男はパッと目を見開いて俺の方を見た。
結局「足が痛くて動かせない」と男が言うので、携帯電話で救急車を呼び、
(119番には男に現在地を聞いて場所を説明した)
救急車が来るまでに30分程掛かるという事なので、
それまの間、男の側についていてやる事になった。
ただ待っているのも暇だったので、煙草を吸いながら男に声を掛ける事にした。
「アンタも吸うか?」と煙草を勧めるが、男は首を横に振る。
「俺が来た時、なんで謝ってたの?」と尋ねると、
男は下を向いて落ち着かなさそうにしている。
「事故起こして謝るぐらいなら、変な運転しなきゃいいじゃん、危ないし」
男が何も言わないので、更に「大丈夫か?」って声を掛けると、
「いや、違うんスよ…」と言いにくそうにボソり言う。
要領を得ない男の回答に「違うって何が?」と更に促すと、
男はようやく謝っていた理由をボソボソと話し始めた。
・俺の車を追い抜いてから、調子に乗ってスピード出していると、
急にロックが掛かったようにハンドル操作が出来なくなり、バイクが転倒してしまった事。
・そのまま車道から外れそうになったので、
必死でバイクから飛び降りて、したたかに道路に叩きつけられた事。
・衝撃と痛みに呻いていると「おい!」と声を掛けられて目を開けると、
着物を着て杖をついた一本足の髭面のおっさんが立っていた事。
・髭面のおさっさんが男の事睨みながら「うるさい…」と言い、
「次はないからな!」と言って、杖を男の鼻先の路面に音を立てて突いた事。
・次に声を掛けられて目を開けたら、俺がいた事。
以上の事をボソボソと言うと、男はむっつりと黙ってしまう。
俺は二本目の吸殻を携帯灰皿に突っ込みながら、
「次がないって言われたんなら、そうならないようすりゃいいだろ」
諭すように男に言うと「……はい」と消え入りそうな声で男は答えた。
溜め息を吐き出して何気なく山林の方を見ると、
道路との境にある木の陰に、ボワァっと浮かび上がるように白っぽい人影が見える。
俺はビビって「勘弁してください」って思いながら頭を下げた。
頭を上げて再び木陰の方を見た時には、人影はいなくなっていた。
蛞蝓(なめくじ)人間
田舎に住んでた子供の頃、
地元から一つ向こうの山で遊んでるうちに迷った。
泣きたい気持ちを堪えながら、闇雲に歩いていると人の声がする。
安心してそっちに行ってみると変なものがいた。
ガリガリに痩せた3mぐらいあるやたらでかい人間?が、
蛞蝓みたいな体に人間の顔が埋まったような生物(複数いた)に鎖を繋いで歩いていた。
やつはすぐにこっちに気付き、近づいてきた。
もうガクガク震えていると、腰をヌッと落とし顔を近付け、
この事一切他言無用、と言った。目が異様に小さかったのを覚えている。
道に迷ったの、と何とか口にすると、やつは暫く考えた後、
ここをこう行け、と教えてくれた。
その時、後ろの蛞蝓人間?がみんな口々に叫んだ。
助けてください!きみ人間だろ!助けて!こんなの嫌!
みんな泣いてるようだった。
当然俺にはどうしようもなく、半泣きで固まっていると、
やつはまた鎖をぐっと持って、彼らを引っ張りながら森の奥に消えて行った。
助けを乞う声はずっとしていた。そしてやつの背中が見えなくなったあと、
俺は変な声で叫びながらも教えてもらった道を無我夢中で走った。
あれだけ迷ったのに簡単に家に着いたんだから、
悪いやつではなかったような気もするが、
あれが物の怪だったのは間違いないとしても、
あの蛞蝓人間が何だったのかがよく分からないままだ・・・。
天狗の宴会
北八ヶ岳・天狗岳の東山麓にあるしらびそ小屋。
小屋の前にはみどり池、見上げれば東天狗が立ちはだかる。
小屋主のオヤジさんの話には不思議な出来事が色々あるという。
「小屋番を始めた頃は兄と一緒に仕事をしていてね、その兄が亡くなった時、餌付けをしていたリスが森から何匹も出てきて変な声で鳴くんだ、それもその時一回きりだった。
まあ、可愛がってくれた人を偲んで鳴くこともあるだろう。動物は人間より賢いからね。」
そんなオヤジさんが、どう考えても分からない事が一つある。
「大きな岩。それまでなかったのに、急にそこにあるんだ。テーブルのような岩で、人間が運ぶには無理な大岩。ただ在るだけだけど、不思議でならないんだ。」
小屋から中山峠に向け歩くこと1時間、稲子岳に分かれる道に入ると、その岩があった。
「去年までなかったんだ。ある日、通ったらここにあるんだ。誰かが悪戯したのかとも思ったけど、何㌧もあって無理だし、何のために運んだかも分からない。」
上から落ちてきたのだろうと、尋ねる前に上を見た。
「周りの樹木は一本も倒れてないでしょ?この岩はね、実はそこにあったんだ。」
オヤジさんは5m程先を指した。
見るとそこに、岩と同じ大きさの穴がぽっかり開いている。
余程の事でもない限り、岩が自分から飛び出す事は有り得ない。
「ここは天狗岳の麓だから、天狗がテーブルにして宴会でもしたかもな」
オヤジさんは笑った後で岩に腰を架け、首を傾げながら呟いた。
「やっぱり分けがわかんねえ…」
頭のない人
子供のころ住んでいた家は集落の一番はずれで裏は里山でした。
家から100m程離れた所に数本のクヌギの木があり、毎年夏にはたくさんのカブトムシを採ってました。
20km程はなれたS市のペットショップにもっていくとオス30円、メス10円で売れ毎年2万円位稼げましたので
それは夢中で朝早くから夜遅くまで採りまくってました。
ただ夜の山は不気味なので、当時小学生だった二歳下の弟を連れていくのですが、
毎回異常に恐がりまして
「頭の無い人が歩いてるから嫌だ、なんでにいちゃんにはわからないのか」
ええ、今でも弟はすごく霊感が強いのです。
「そんなもんいるか、あれは何かの動物が歩いているの、こんど売ったら前から
ほしがっていた釣り竿買ってやるからいくぞ」
ぶんなぐってでも連れていきました、やはり怖かったので。
ただ、なまくらな私にも聞こえてはいたんです、ざく、ざく、と熊笹を掻き分けるまぎれもない、
2足歩行でしかない音は、、、。
ある夜、行く行かないで兄弟ゲンカしていると、仲裁に入った母親から
「おばけなんていないから、今日は母ちゃんが一緒にいくからケンカやめなさい」
三人で山へ行き、さあ捕まえようとすると、やはりざく、ざくと歩く音がするのです。
「ほらね」と弟。
「帰るよ」と母親の一言。
家に帰ると母が江戸時代に近所で侍同士が争って死人がでたと母親の爺さんからきいたことがある、
また、近所の何軒かが、家の周りを夜中に誰かが歩き回るとの理由で家を捨てたことを聞かされました。
そして夜には二度と山へ入らないよういわれたのです。
それでも親の目を盗んでちょくちょく山へいきました。
えたいのしれない足音よりも目の前の現金(カブト虫)が大事でしたから。
ある日出稼ぎから帰った親父が話を聞くと、クヌギの木を根こそぎ切り倒しました。
その日以来、貧乏で暇な普通の中学生の夏休みでした。
今でも親戚の家があるのでそこにいくことがありますが
昼でも何とも言えず陰気な所で我が事ながら、よくもまあ夜にいけたものだと思います。
天狗倒し
昨日雲取山に登ってきた。どうも週末天気悪くて、昨日も予想以上に良くなかった。
雨は降らないまでも山頂にガスがかかって見えない。それでも紅葉は綺麗で
十分堪能して下り始めた。
遠くで鹿の鳴き声がしている。二度、三度と悲しく尾を引くような長鳴きが響いた。
と、登山道の先の方で、ミシミシミシ……ドスーンッ! と文字通り大木の倒れる
音がした。けっこうでかい音だ。
歩を早めて音のした辺りに急ぎ、谷川を覗き込む。しかし何もない。変わったところ
は何もなく紅葉したモミジやシデの樹が茂っているだけだった。ふと、水木先生の
話を思い出した。
天狗倒し。大木の倒れる音をさせる妖怪だったはずだ。もしかしたら、さっきのが
そうだったのかもしれないと何とも言えない懐かしいような、嬉しいような気持ちで
下山した。
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