僕がふと疑問を覚えたのは、十メートルを過ぎてからだった。
友達が数えるメーター表示の速度がおかしい。
「じゅうさん、……じゅうよん。じゅう……、ああもう早いよちょっと待って!」
ものすごい速さで巻き尺を回す取っ手が回転して、しゅごおおお、と音がしていた。僕は友達と顔を見合わせた。
「うわ」と友達が叫んだ。
その手から巻き尺が離れて、穴の縁にぶつかった。
巻き尺は穴より大きかったので、持っていかれることは無かったけど、
一度二度びくんびくんとのたうってから、巻き尺は力尽きた様にその場に崩れ落ちた。
呆気にとられるという言葉があるけれど、僕はそれまでの人生でたぶん初めてだった。本当に呆気にとられたのは。
友達は無言のうちに、再び手にした巻き尺を巻き戻していた。
そのうち「うがにゃああ!」と猫の様な情けない悲鳴が聞こえた。
そうして、しばらくもしないうちに県道側の穴でスタンバってた友達数人が走って来て、
一人は足が絡まってこけて転んで転がっていった。僕の横を。
もう一人降りてきた奴の服の袖を掴んで僕は訊いた。
「チャーボーは!?」
「知らん!放せ!」
「話せば放す」
「だあもう!穴がものすごい勢いで骨吹いた!」
それだけ言うと、そいつは校舎に向かって駆け降りて行った。
何が何だか分からなかった僕は、とりあえず巻き尺の友達と一緒に県道側の穴まで行ってみた。
確かにそこには、何らかの動物の骨が穴を起点に放射状に散らばっていた。
小動物の骨だろうか。何もこびりついていない。白くて綺麗な、百点満点文句なしの骨だった。
チャーボーのかなと僕は思った。それなら悪いことをしたなあとも思った。
その日は当然、先生に怒られたけれど、僕はいつもと違って幾分本気で謝った。
「ごめんなさい。もうしません」
もちろん、チャーボーに対して。
後日、僕は山に住んでいるじじいを訪ねて、その話をした。
もちろん孫へのこづかいが目当てだったのだけれど、じじいなら何か知っているかもと思ったのだ。
「そりゃ、ヤマノクチやの」とじじいは言った。
「やまのくち、って何や?」
「おまんの口と一緒や。山の、口」
じじいはそう言って、僕の下唇を掴んでびろんと伸ばす。
口と聞いて、想像力豊かな僕はすぐにピンと来た。
「じゃあ、もう一つの穴は、ケツなん?」
「ケツやな。ヤマノシリ」
僕は気付いた。だとしたら、チャーボーは山に食われたのだ。
「なあなあ、じじい」
「なん?」
「ウサギってよ、美味いん?」
「うまい。くいたいんか?」
僕は首を振る。
それにしても、山だとしても、『いただきます』くらいは言うべきだろうと、その時の僕が思ったのかどうかは定かではない。
黙っていると、じじいは僕の肩をバシバシと何度も叩いた。
「まあ、気にせんでええ。おまんは山にお供えもんをしただけや。そのうちええことがあるかもしれん」
「じじい……」
「おう、なんぞ?」
「じゃあこづかいくれ」
その日はじじいの家の軒先に干してあった干し芋を勝手に取って、齧りながら家まで帰った。
じじいは結局こづかいをくれなかった。けれど、その内良いことがあると言うじじいの話は、当たってなくもなかった。
僕は飼育委員をクビになった。理由は、皆で飼っていたウサギをうっかり『逃がしてしまった』からだと言う。
世話は面倒くさいし、ウサギ小屋は臭いから、僕は普通にラッキーと思った。
ちなみに『ウサギ穴』は、あの出来事以来、子供たちの間で『ウサギ喰いの穴』にグレードアップした。
そうして、あの日県道側から走って逃げて転んで転がった奴がえらい怪我を負ったので、
それから裏山禁止の規制が厳しくなった。
だから一度だけだ。下校時間になって、僕はそっと県道側の穴に向かった。
途中で落ちていた手頃な木の枝を拾う。
穴に着く。
「くらえ!」
僕は手にした棒を穴に突っ込んだ。そして逃げた。
男の子なら誰しもやったことのあるあのワザだ。ささやかな仕返しのつもりだった。
その後、山に仕返しされたとかそんな体験はない。
今現在、僕の通っていた小学校は廃校になっている。
じじいの家に行く際にはあの県道を通るので、その時はついでに穴はあるかと確認したりする。
少なくともヤマノシリは未だにあって。周りには何の骨か分からない小さな骨が散らばっていたりもする。
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「なつのさん」
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