【長編- 名作】スカッとする話
見てみぬふり
小学校のとき仲が良かったAは、内気で控えめで、
クラスではあまり目立たないタイプだったのだが、
中学校に入ってからいじめにあった。
友達だったはずの俺は、いじめの矛先が
自分に向かうのが怖くて助けられなかった。
それぞれ別の高校に進学し、Aとはそのまま疎遠になった。
しかし、25歳のときに偶然Aと再開し、飲みに行くことになった。
10年ぶりに会ったAは昔より痩せて、
背も伸びていてイケメンになっていた。
でも、外見の変化よりももっと驚いたのは、
Aが人の話を聞くのが異様に上手くなってたこと。
趣味や仕事の話で、どんなに専門的な内容でも興味を持って
話を聞いてくれて、共感してくれる。
こちらが胸を張って話せるような、自慢したいようなことを
的確に悟って質問してくる。
それでいて嫌味も皮肉もわざとらしさも感じない。
上手く説明できないけど、会話の流れや雰囲気みたいなのを作るのが上手なのか、
常にこちらが話しやすい状況を作ってくれる、みたいな感じ。
営業の仕事にでも就いて頑張ってるのかなと思った。
そして翌年、中学校の同窓会があった。
成人式には出席しなかったAも来ていた。
Aをいじめていた奴(Bとする)と、その取り巻きも来ていた。
俺がAと話していたら、Bが取り巻きを連れて
ニヤニヤしながら近付いてきた。
中学校のときにAを見捨ててしまった罪悪感があったので、
「嫌な事言われても無視すりゃいい、俺がガツンと言うから」
と言ったらAは
「大丈夫だよ、俺君は部活の友達とも話してきなよ」
と、俺は半ば強引に席を立たされた。
一次会が終わるとそのまま二次会になだれ込んだのだが、Aはいなかった。
かわりに、Bが神妙な顔をして俺のところに来た。
Bが言うには、先ほどちょっとからかってやろうと思いAに近付いたが、
Aは中学時代のいじめなど何も無かったかのように
あっけらかんとしていたそうだ。
ちょっと拍子抜けしたが、Aが人が変わったように
ニコニコしながら自分の話を聞いてくれるものだから、
Bはついつい自分のことを何でもかんでも話した。
結婚して子供が生まれたと言うと、
Aはまるで自分のことのように嬉しそうに共感してくれたらしい。
しかしそんなAの反応がだんだん気味悪く思えてきて、
Bはおそるおそる中学のときのことを覚えているか聞いた。
するとAは、微笑を浮かべた表情を一切崩すことなく、
「忘れるほど馬鹿じゃないし、許すほどお人よしでもない」
と吐き捨て、「有益な情報をありがとう」と言い残して席を立ったそうな。
Bは「Aに個人情報を全て知られてしまった」と、青くなっていた。
今の住所や仕事、妻や子供の名前、洗いざらい喋ってしまったと。
取巻きたちも同じことをやられたらしく、
「自分たちの事を全部知られた、きっと復讐される、怖い」
と口々に言っていた。
後日またAに会った際にB達の反応を伝えると、
「ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけど、いじめをする人間って結構ビビりなんだね」
と、満足げに笑った。
Aいわく、
「同窓会のときに、中学時代にいじめを繰り返していたB達は
他の奴から無視されて、自分はクラスメイト、特に女子から
必要以上にチヤホヤされて、何だかもうそれだけでスカッとした」
とのこと。
余談だけど、中学のときにいじめを見てみぬふりをしたことを謝ると、
「何でいじめをしてない俺君が謝るのかわからない」
「小学校のとき一緒に遊んでくれて、今もこうして付き合いがあるのは自分も嬉しい」
と言われて、大の大人が号泣してしまった。
Aにこれから素敵な女性との出会いがあることを願ってやみません。
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