本当にやった復讐 – 反撃編 全5話
□ 本当にやった復讐の用語集 □
ハッタリ返し
初カキコです、以前に務めていた会社にした復讐です。
新卒で入社して夢と希望に満ちあふれていました、
最初の方は特に何も無く普通の会社だと思っていました。
自分は元々根明だったのあり、営業に配属されました。
配属された初日から上司から「よし、飛び込みに行って来い」の一言。
普通は先輩の仕事の仕方とか、同行して覚えるものじゃないのかなぁ?
と疑問を抱いていました。
それでも来る日も来る日も飛び込み営業を続けていました。
ただ、最初はどういうトークをすればいいのかもわからずに、
先輩に同行をお願いしたりしていたのですが
先輩たちも我ら新卒の教育よりも自分の売上げ優先で、常にたらい回し。
酷い日には「ここで待ってて」と言われて置いてきぼりなどもしばしばありました。
その上、毎朝に売上を確認する会議があり
(もちろん新卒に売上はない)が毎朝怒鳴られる日々。
あとあと、調べると離職率はハンパじゃなかったです、まぁ、所謂、ブラックですね。
勤務時間は8時~17時、もちろん定時で帰れる訳無いわけで、
家についたら日付が変わってるのは普通。
もちろん、残業代なんてある訳無い。
通院のため、上司に相談し定時に上がると約束をし、定時に帰ると
次の日に別の先輩に「テメェ俺より先に帰るとかふざけてるのか?」と
呼び出されて胸ぐらを掴まれる。
そんな会社なので、月が変わる度に一人、一人と消えていきます。
誰かが辞めた日の次の日の会議では
「ヘタレはいらん」など辞めた仲間に対する暴言を永遠と聞かされます。
その後に「お前も早くロボットになれよ^^
俺の言うこと聞いとけば大丈夫だからよw」など言われる日々。
だが、どんどん新卒の数は減り、その辞めた人間の分は全て自分にのしかかる…
自分自身もストレスに負けてしまいそうな日もありましたが、
それでも頑張ろうと必死に我慢していました。
だが、精神状態も不安定な中、休憩時間に他の社員と話をしただけで
「さぼってんじゃねーぞ!」と蹴りを入れられたり
日に日に、ストレスは溜まっていきます。
そして、自分が復讐を決意した決定的事件が起こります。
地方に展示会で出展した時でした、出展の準備も段取りも押し付けられ、
毎日遅くまで残って準備していました。
で、出発する直前に先輩が「お前、名刺交換の数俺より少なかったら
タダじゃおかねーぞ」と脅しをかけられました。
始まる展示会、積極的に声をかけて名刺を交換していましたが…
昼食後から体が痒い、とにかく痒い。
で、トイレで確認すると体が腫れるほどの蕁麻疹、
「ああ、強がってもボロボロなんだなぁ」と実感しました。
じっと出来ないくらい痒くて、それでも負けてたまるかと名刺を交換を続けました。
展示会終了、痒さでフラフラで帰社、
すると上司が「今から今日の会議な、何時に終るかわからねーけど」と
痒い中会議に出され、各頂いた名刺の数を発表することに、
遊び呆けてた先輩は雀の涙くらいの数、自分は断トツ。
ざまぁwと思ってたのですが、上司がコレに対して先輩を叱責、
このせいで先輩の怒りは自分に向けられます。
「お前、今から片づけ+全員分の名刺のリスト作れよ、蕁麻疹知るかよwカギ置いとくからな」
もう、涙が出そうでした。
言われた仕事をやり終えて、時計を見ると日付が変わっている。
もう、痒さで歩くのもキツイ、電車はない、けど帰りたい。
フラフラになりながらも歩いて帰宅しました。
家に帰ると、かあちゃんは待っててくれました、
かあちゃんを見ると安心して玄関にへたれ込みシャツを脱ぎました。
体を見たかあちゃんは絶句、即緊急病院へ連れて行ってくれました。
医者に見せると「凄い事になってるね、発狂しそうでしょう?」と言われ
ステロイドやら打ち込まれたのを覚えています。
薬を打ってもらうとすーっと蕁麻疹は引きました。
その帰り、車の中で「かあちゃん、俺もう限界」と言いました、
かあちゃんは「まだ若い心配しないでいい」と言ってくれて
ホッとした反面、腸が煮えくり返る思いで「だけど、タダで終われない」と
奥歯を噛み締めたのを覚えています。
復讐を決め、まずは手始めに辞めた同僚たちに話を聞くことにしました。
同僚たちにコンタクトを取ると面白い話がたくさん聞けました。
一ヶ月前に辞めると言っても「お前もういらねーから」とその場で終わり、
明日から来るなと言われるそうです。
で、辞めると言った瞬間からその月の給料も払わないという事実もわかりました。
あと、ちょこちょこ売上を上げる自分に対し根も葉もない噂
(俺は風俗通いで性病持ちとか)を先輩らが流していた事もわかりました。
その他にも先輩は「俺は元族の右翼、逆らうと知らんぞ」と脅していたみたいです。
そして、親友に久々に電話をし飲みに行く約束をしました。
親友は自分が痩せていることに驚いていました、
で、今までの話をすると下を向きじーっとしてから
「わかった、いつ辞めんだ?」と聞き、「明日」と答えると「よし」とだけ言い出て行きました。
そして、復讐決行の朝を迎えます。
朝、IPod touchとWi-Fiルーターの電源を言れSkypeを立ち上げました、そのまま出社。
おはようございます、と挨拶をする、クソ共からは挨拶は帰ってこない、まぁ、普通の日常です。
で、朝の会議突入し、先輩から「昨日まとめヤツ出せよ」と言われ資料を出す、
それと同時に「俺、もう辞めます後頼みます」とだけ言うと
ニヤニヤしながら「そうか、上呼んでくるわ」と上司やら重役やらが来ました。
そして、話し合いが始まりました。
先輩や、蹴りを入れてきた上司から
「お前は頑張ったのになー」とかくだらない話ばかりきかされ
イライラ…で上司から「まぁ、今日で終わりね!おつかれ!荷物まとめて帰って!
今月の給料も〆過ぎてるけど無いからさ!」と言われました、
ここで「は?出せよ?」と言い返すと「いやいや、立つ鳥後を濁さずと言うじゃない?」と反論。
「いや、金の汚い話だけど、それはおかしくないですか?」と言うとブチギレ。
「おい、オメェふざけてんのか!」と机を蹴り飛ばされる。
胸ぐら掴まれてくさい息を吹き付けながら
「おい、ナメてたらどうなるかわかってんのか?」と言われ
「どうなんだ?やれよ」と反論、
そこでバカ先輩が「お前さ、俺のバック何か知ってるのか?
ん?痛い目に会いたくないなら黙って帰れ!」と怒鳴られました。
そこでもう反論「バック出せよ、お前らより話になるだろう?」
先輩「お前wまじかよw怖いもの無いんかwww」と爆笑。
その瞬間、会社の前から爆音の軍歌が鳴り響く。
俺以外の会議室の人間はあっけに取られた顔をしている、
自分はもう一言「同じ土俵だ、出せよ」と先輩に一言。
実は会社の前は空き地になっており、そこに黒塗りの右翼の街宣車が数台。
そこの頭は俺の親友、親友は「バック右翼なんだろう?なら俺と話したほうがいいよ」と親友は駆けつけてくれてちゃのです。
車の中でSkypeの会議の音だけを聞いていて
脅しをかけてきたら脅し返すとだけ言ってたのです。
「あれ、俺のツレなんですよ。」と先輩に言うと顔面蒼白、上司らも「ヤバイ」って顔している。
そこで「聞きたいんですけど、先輩。バックがウヨとかハッタリじゃないですよね?」
というと目が泳ぎっぱなし。
で、椅子に座り「はい、では続きの話をしましょうよ」と笑顔を見せてみた。
それからの話はスムーズに進み、
きちんと金銭も払ってくれると会社側がら言ってくれたので助かりました。
「あの、嫌ならいいんですよ?僕を恐喝で訴えてくれてもw」と言うと
上司が「いいいいや、そんな事するわけないだろぉ…ハハ」と震え声。
すぐに自分は「敬語使えよハゲ」とニッコリ笑顔、
先輩にも「お前下見ずにちゃんと目見て話しませんか?」と当たり前のことを指導。
満足感に包まれながら退社、退社する時にタイムカード押したら女子社員やらから拍手喝采。
女子社員達も先輩やら上司にに「二人でご飯食べに行こうよwえへへw」とか
しつこく誘われてたそうで、スカッ!としたと言われました。
それから会社を出ると、迷彩服の皆様に「お疲れ様でしたぁ!」と
頭を下げられて「こちらこそ」と深々とお辞儀したのを覚えています。
そして、親友は「家まで送るから乗れよ」と優しい言葉、
ただ「これで帰れるかよw」と一言言うとみんな爆笑。
そして、会社側からはびた一文キッチリお金を払ってくださり、即海外へ行き病んだ心を癒しました。
他部署の友人から聞くと、暴言や体罰は一切なくなり、
「俺達も有休とか取りやすくなったよw」と電話がきました。
それから自分は別の会社に就職しました。
今の会社はノーストレスでとても居心地がいいです、
今の会社の人達は「こんなブラックに転職するなんて運がねぇなお前」とか言われますが
感覚が麻痺してるのか、すごくホワイトにしか感じません。
で、前の会社では飲み会をする事が無くなったそうです、
理由は飲み会に行き街で「俺に会うのが怖い」だそうです。
先輩はハッタリでヤバイ名前出せば、勝てると思ってたんでしょう。
だけど、世の中にはそういう人間と仲が良い人もいるんです。
自分自身がそうならないように、
いつも誰にでも謙虚な心を持って行動していきたいと自分は思っています。
終わり。
「こっちは二年耐えたんですが」
義実家へ行くと、嫁(私)だけ座布団が出ない。
嫁だけ数日炊飯器で保温したらしい黄色いごはん。
出前をとっても、嫁だけ上生寿司じゃなく助六。
おまけに嫁だけ別テーブル。
お茶もちろん出ない。姑がポットの前にでんと座って使わせないから水飲むしかない。
お茶+上生寿司+茶碗蒸しでTVの前のテーブルで和気あいあいな義実家一同。
嫁はポツンと離れたテーブルで水道水と助六。
お風呂もなんやかんやと引きとめられて中々入れず、やっと入れた時は栓が抜かれてる。
一年半耐えた頃、義兄が結婚した。
義兄嫁も、もちろん私と同じ待遇。
「結託してやり返しましょう」
と義兄嫁に誘われ、同盟を組んだ。
まず義実家でやられたことを全部、紙に書き出した。
夫と義兄に見せ、ふたりで
「今後義実家へ行かない。二年分同じことをやり返す」
と宣言した。
私の親に外ヅラがいい夫を私の実家に招待してもらい、
・夫にだけ座布団を出さない。
・夫だけ数日炊飯器で保温したらしい黄色いごはん。
・出前をとって夫は上生寿司(←私の給料からです)じゃなく助六。
・夫だけ別テーブルでポツンと食べさせ、水道水を自分で汲ませた。
・お風呂の栓はお湯がもったいなくて抜けなかったから、しまい湯の刑だけにしといた。
夫は私実家にいい顔したくて誘いを断れない人だけど、三回で音をあげた。
「特に水道水と別テーブルが惨めでたまらなかった」
そうだ。
「こっちは二年耐えたんですが。弱すぎ。甘ったれ」
となじったら下向いてた。
夫がゴネて私実家に行かなくなったので、離婚届を出して
「離婚するか(私実家)に行くか選べ」
と言ったら
「(私実家)に行く」
と答えたから、その週末も連行した。
(別に離婚になってもいい)
と本気で思ってた。
手取り同じくらいだし二馬力の方がそりゃ余裕あるけど一人で生きていけないわけじゃないし。
でも夫が頑として離婚しなかったから、結局三ヶ月くらいで飽きて実家連行はやめた。
夫はなぜか泣いて感謝して、今は義実家に用がある時は一人で行ってる。
義兄夫婦は離婚した。
「義兄嫁がアッサリ離婚したのを見て、危機感が身にせまった」
と夫談。
義兄はバツイチになり、いまだ次の嫁は来てない。
干渉
祖母は過干渉で、人の私物を勝手に漁り、財布の中まで見る。
他にも、少しでも家族の帰りが遅くなると
「電話した方がいいんじゃない」「連絡はないの?」「事故にあったのかも」
を繰り返し、家の外まで出て帰りを待つ。
21時くらいから騒ぎ出す。
「人のものを漁るな」
「もうみんな子供じゃないから帰りが遅くても大丈夫」
と言っても、
「でもなにかあってからじゃ遅いから」
の一点張り。
ご飯の時は
「炊飯器にご飯あるから食べたかったらおかわりしてね」
お風呂の時は
「お湯沸いてるから湯舟入ってね」
寝る時は
「ちゃんと布団かけて寝るのよ」
とか、
(それ言う必要ある?)
ってことを何度も何度も言われる。
今まではなるべくこちらから関わらないようにしてたけど、
それでもうんざりだから最近は逆にこっちから干渉するようにして反撃してる。
祖母はよく物を失くすので
「一緒に探してあげるよ!」
と休みなしで数時間探させたり。
祖母がなにか喋るたびに
「そう言えば〇〇は見つかった? 後で一緒に探そうね!」
って言ったり。
玄関で出待ちして祖母が帰ってきたら
「おかえり! さあ〇〇探そ!」
って言ったり。
いつも祖母がやってることを真似してるだけなのでネタには困らない。
これを始めてから
「夜いつも眠れない」
と愚痴ってた祖母が、泥みたいに眠るようになった。
向こうの干渉も減ったし、こっちもスッキリするしで良いこと尽くめ。
今日もこれからなくなった手紙を探す。
もし見つかったら
「もう失くさないように部屋を掃除しないとね!」
って言う予定。
人を壊すようなつもりはなかった
発端は中学二年の頃の柔道の授業だった。
他人を傷つけるのを極端に嫌がる俺の性格がその授業でバレて、いじめの標的になった。
いじめてくる相手は武道の地方大会進出常連のやつと、その腰巾着が数名。
中高一貫校だったことが災いして、そのいじめは高校まで続いた。
書いてもない入部届で無理矢理入部させられた部活ではサンドバッグ。
昼飯の弁当は奪われてあいつらの早弁になった。
財布の中身は小遣いもらってすぐに空。
何度も教師に相談したがろくに注意もされないどころかあいつらにつつぬけで、そのうちクラスで俺の渾名は『チクリ魔』になった。
あの日俺がやったことはこうだ。
俺はトイレに連れ込まれて、男三人がかりで下半身の着衣をハサミで切られた。
その姿をポラロイドカメラで撮られてた最中に、俺の中で何かが弾けた。
気づいたら主犯Aの頬に俺の愛用のボールペンがつきささっていて、鼻が潰れてうめいていた。
「ヴォバベ」
みたいな怒り声ともうめき声ともつかない声がしていたので、革靴で思い切りその金玉のあたりを蹴り潰してやった。
一発目で必死に両手でおさえたから、指がバキポキと折れる音がトイレに響いていた。
その時、俺ははっきりと自覚した。
他人をこうして力で屈服させて潰すのはなんて快感なんだろうと。
「ありがとう」
と何度もお礼を言いながら、丁寧に使い物にならなくする意図で下半身を執拗に蹴り続けた。
結論からいうとおとがめはなかった。
普段からイジメを見逃していた教師の何人かと腰巾着に、
「嘘を言えば次はお前らの誰かがあれ以上にひどい目に合う」
と、何年かぶりに浮かべた我ながら晴れ晴れとした気持ちで浮かべた笑顔で忠告しておいたからかもしれない。
教師と腰巾着が学校の調査に何もかもゲロった。
最初は暴行事件の被害者ヅラをしようとしていた主犯とその親、教室内でアイツラの味方についていたクラスメイトと親達も、何も言わなくなった。
俺のクラスは定員に対してその半分もいないところまで次々に転校していった。
残りは他のクラスに別れたが、チクリ魔呼ばわりしたことの詫びがなかったやつは卒業まで俺が徹底的にイジメ抜いておいた。
意外だったのは主犯Aだけが真剣に謝りにきたことだった。
武道家として再起不能だったらしいので、てっきり報復でもあるかと思ってこっちも凶器を忍ばせて会ったんだが。
恨み言はそれなりに口にされたが、
「ここまで人を壊すようなつもりは本当になかったんだ」
と泣いて詫びられた。
その気持をもっとはやくもってくれていたら、人の顔が苦痛に歪んで助けを請う様をみて興奮するような人間に、俺はならずに済んだのにな。
出来上がったブス
うちの娘(3歳)、母親の私がこんなんだから美人だとは思ってないけど、旦那の血がいい具合にブレンドされて、それなりに子供らしく可愛いと思ってる。
その娘を連れて義母と一緒に出掛けたんだけど、3人で混んでるレジに並んでたら、私たちの前に並んでたJK2人組が娘を見て
「うわっ!眩暈がするようなブス!」
って言ったの。
はっきり周りにも聞こえるように。
娘が悲しそうな顔をして私に
「〇〇ちゃん(娘)、ブスなの~?」
って聞いてきて、「そんなことないよ」って答えようとしたら、義母が
「〇〇ちゃんはまだ赤ちゃんと一緒だから。
これからうんと美人さんになるよ。
でもあのお姉ちゃんは可哀想だね。
出来上がったブスはどうにもならないから」
って言ったんだ。
周りにも聞こえるように。
周りがクスクス笑いだしてJK真っ赤。
ゲーム感覚かなんか知らんが、見ず知らずの人を撃つようなことするなら被弾する覚悟ぐらいしとけよ。
にしても義母の「出来上がったブス」と言うパワーワードに感心した。
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