スカッとする話【短編 – 傑作選】まとめ – 全5話
ブラック企業を辞めた
今年ブラック企業を辞めた時の話。
そこの社長は地元で講演しまくり、ラジオの冠番組持つくらいの有名人なんだけど
パワハラ・マタハラ当たり前の老害で
・夜中の3時にメールする
・繁忙期にいきなり会社の片づけを始める
・妊娠したら正社員だろうと問答無用で辞めさせる
等やりたい放題で影では「66歳児」なんて呼ばれてた。
で、私が今年の春に急に体調悪くて早退して医者行ったら翌日から社長に退職勧告。
いきなりすぎるからむかついて
退職届を書いたふりして破り捨てて逃げる2日くらい粘ったが、
仕事妨害してまでしつこすぎて最終的にぶちぎれて「自主退職」として処理することに。
引き継ぎも猶予もなしに辞めさせた上に暗に「労基に言うなよ」と言われたので
「こちらから」訴えないことを誓いましたよ。
ただ最低賃金を下回ってた件は口止めされてないので即日訴えwww
クビになる直前にこっそりタイムカードコピーしたり働いてからの給与明細とか
ちゃんと揃えたり資料なんか簡単に集まるわけで。
労基と職安から色々聞かれたからうっかり洗いざらい喋っちゃったwww
又聞きだけど叩いたら色々出てきて大事なラジオの収録日に呼び出しされてた
職安からも色々雇用に関する手当とか打ち切られるそう。
まぁ社長の癖に源泉徴収票も毎年まともに作れないからね。
私も退職時もらったものご丁寧に平成26年とかかいてあったからね。
毎年職員が愚痴って確定申告やり直してた位だからね。
「あなたは私の召使いなんだから言うこと聞きなさい。」
って雇用契約=召使いじゃねぇよ!!!
ついでに自主退職って失業保険貰うまでに3か月かかるけども
残業時間が過労死認定ラインであることを伝えたら
給付制限速攻で取り消されたのでこの辺で仕返し終了。
心残りは正直恨みメール来たら転送しようかと思ったら
着信拒否してたことかな~。
友達だと思ってないし
高校に進学した時、同じ中学のA子と同じクラスになった。
初めの席順があいうえお順だったため、A子とは席が前後になった。
すごく仲が良い訳じゃなかったけど、前はグループで遊んだりしていた。
そのため声をかけようとしたが、A子は初対面のギャル系の女の子と話をしていたので断念した。
席が近いため話が聞こえてきたんだけど、A子はそのギャルの子に、
「わたし、中学に友達いないんだよね。友達だと思ってないし」
「中学の雰囲気、苦手なんだわ」みたいなことを話していた。
別にそれを思うことは構わないけど、
なぜ私が近くにいるのに言うんだろうかと少しイラッとした。
そのあともあからさまに私を無視したり、馬鹿にするような行動をしていた。
多分だけど、A子は高校デビューをしたくて、ギャルのグループに入りたかったんだと思う。
そのため、同じ中学だった私は目障りだったんじゃないかなと。
(同じ中学でその高校に進学したのはA子と私だけ)
A子のそのあとが因果応報というかありがちというか…。
結局、ギャルのグループに入ろうとしたけど話しが合わなかったのか空気を読めなかったのか、入りきれず。
そのあと別の女子グループに入ろうとしたけどもそこのグループにも馴染めず、
友達というより勝手に付いて回っているような感じになってた。
クラスの子達は優しくて、A子を無視はせず相手にはしてたけど、
プライベートの付き合いはなかったみたいw
私は私で別に仲の良い友達ができて、静かに過ごしてたんだけど、
いつの間にかどこにも行き場がなくなったA子がちょこんとグループに居坐るようになった。
散々馬鹿にした態度取ってたくせに、結局戻ってくるのかと笑ってしまった。
私の小さな復讐としては、絶対に遊びに誘わなかったこと。
グループで買い物に行ったり、ご飯に行ったり、遊んだりしてたけど絶対にA子は誘わなかった。
予定を立ててると横からA子が、「わたしもそこ行きたかったんだよねー」
「わたしもひまなんだよねー」とアピールしてきたけど、「そうなんだー」で全部流した。
正直、一言でもA子から今までのふざけた態度について謝罪があれば考え直したかもしれないけど、
「わたしたち友達だよね~」みたいな顔でしれっとグループに入り込もうとしたのは許さないよ。
アイドル気取り女
私の学生時代のアダ名は「ゲンシ」。原始人のゲンシ。
固肥りで猫背、髪が癖毛でモサモサ、原始人みたいだからと、
クラスのアイドル気取りの女に付けられた。
友人は別の愛称で呼んでくれたが、
アイドル気取り女の取り巻きからはしつこくゲンシと呼ばれて虐められた
高卒後、毒親から離れて自活し、大学に行く頃には体型が変わり
化粧もするようになって、容姿はとりあえず10人並みになった
無事就職し結婚もし、幸せに暮らしてたアラフォーのある日
仕事でしばらく出入りした所で、パートで働くあの女と再会した
ブクブクに太って弛んで別人のようになっていたが
名札を見て彼女と気づいた(珍しい姓+当時では珍しいキラキラネーム)
そこでの仕事が終わる時、彼女に
「私、同級生の◯山だけど、気づいてなかった?」と声をかけたら
驚いたあとニヘラニヘラ笑いながら近づいてきた。
でも私が硬い表情してるのに気がついて「あ…!」と固まった
周りの人たちが、何やらワクテカ顔で注視しているので
「昔さんざん人のことを、『ブスの原始人」と虐めてたんだから
自分ももう少し容姿に気をつけたほうがいいよ!」と大声で言い捨ててその場を離れた
会社にクレーム入るかなぁと覚悟してたけど、何の苦情もなかった
半年後にまたそこの仕事が入り、行ってみたら相変わらず彼女が居た
昔の虐めを謝ってきたので、「まぁ、私は猫背を直すきっかけになったからちょっと感謝してるよ」と
言ってやったら、なぜかドヤ顔になった女、
「あたしはあれから、職場でヒソヒソされて辛かったんだから!
お詫びにあんたの会社の男紹介してよ!(意訳)」と喚かれた
またヒソヒソされてたけど、今度は自爆だぞ
夫が急死した
夫が一昨年急死した。ようやく気持ちが落ち着いたので投下。
長いです。フェイクもあります。
夫の実家は自営業で夫は長男。
義父がやってた頃ははっきりいって無茶苦茶だった。
義母がつける帳簿も貸借が全く合わないようないい加減なもので
夫が言うには義祖父の遺産を食いつぶした会社だったそうだ。
その義父が交通事故であっけなく他界した時、夫は会社を継ぎたいと言った。
夫には、今はもう借金しかないけど
ちゃんとやれば普通に回る業種だってことはわかってたみたい。
それと夫は義祖父を尊敬していたから、このまま潰すのは嫌だって。
幸いというか私たちには子供はいなかったから
夫婦ふたりならなんとか生きていけるって思ったのと
私は商業高校出身だったから事務の方で一緒にやっていけるしって。
夫には弟がいて、結婚して遠方に住んでたけど夫の決心には大賛成で
義父の会社の借金を相殺すれば大した現金は残らなかったこともあり相続を放棄した。
そして会社は夫が相続し、残った現金は義母が相続。
同居が始まり、義母には家事をお願いした。
最初の2年は夫は義父の知人の同業会社に事情を話して修行させてもらい
私はもう一度簿記を習い直しながら、土日には夫と一緒に事務所と倉庫を整理。
そして15年。それなりに軌道にも乗り、人を雇うほどに忙しくもなってきた。
義母にも友達と海外旅行してもらえるぐらいになって
私たちも老後の支度が出来る程度には儲かるようになった。
そんな矢先に夫が心筋梗塞で急死。
夫が亡くなった途端に義弟夫婦が会社を引き継ぐと言い出した。
うちには跡取りとなる男の孫もふたりいる。
どう考えてもうちが引き継ぐのが良策であると主張。
義弟嫁からも「義姉さんもどうせひとりじゃやっていけないんだし、
実家にもどって再婚すれば?」と言われた。
そして夫の遺産相続問題・・・。
義母にはしっかり3分の1を持っていかれた。
会社経営に必死なあまり、まさかこんなふうに急に死ぬことなど考えてもいなかったので
相続のことなんて何の対策もしていなかった。失敗。
会社のことはよくわかってるし、夫がいなくてもやっていけないわけではない。
でもその次の代のことを出されると反論のしようもなかった。
いずれ義弟の子供が跡を継いでくれればという話は夫ともした事があったが、
それは段階を踏んでの話だった。
結局夫を亡くしたショックもあって判断力がなくなってる間に放り出された。
今は、昔夫が修行させてもらった会社の社長夫妻が同情してくれて
即戦力になるからと有難いお言葉をいただき、そこで働かせてもらっている。
最初の頃、会社のことで義弟嫁からガンガン電話があった時期があった。
○○はどこにあるのか、××はどうすればいいのか、みたいなこと。
そういう事、私たちも何も分からない状態からスタートしたんだから
あなたも覚悟の上でしょって一切答えなかった。
会社実印を入れてある金庫のナンバーも「ショックで忘れちゃった」とだけ。
金庫壊すなり、実印変更なり、お金と面倒はかかるけどできないことじゃないんだから
自分で調べてどうにかすればいいと思った。どうにかしたみたいだけど。
これが私の“復讐とまではいかないちょっとした仕返し”。
今、会社がどうなってるか知らないし知りたくもない。
えこひいきする担任
私の中学時代の担任の話。
担任は人気でありながら、贔屓をやたらする人で、
DQNや真面目で優しい子や面白い男子はとことん甘やかしていた。
私は当時DQN要素を含みつつも成績は悪くなかったからかなり憎まれていたと思う。
そんな担任はたまにクラス新聞を書いていた。
そこには「私を手伝ってくれた◯◯さん!」とか。
感謝をクラス新聞で書くって感じかな。けど私だけ書かれたことがなかった。
DQNは掃除をしただけでべた褒め、私は掃除しても手伝っても書かれない。
そして進路も、志望校を受けさせようとしなかった。
ましてや志望校より偏差値が高い場所だし通学が一時間以上かかる場所。
お母さんが担任を言い負かし、無理やり第一志望受けさせてくれたんだけど。
結果は合格….とはならず不合格。
ショックより期待してくれた人に申し訳なくて、涙が止まらなかった。
一応中学に結果発表後立ち寄る。担任は他の生徒にはハグして祝ったり慰めたり。
私の場合、「こうなることは分かってたでしょう?」と、ゴミを見る顔で言われただけ。
第二志望についての面談の時も
「昨年でも貴方と同じ成績でココを受けて落ちたからもうちょっとレベル下げてココにしたらどうです?」と。
そこは私のような半分DQNじゃなくて、本当にDQNが行くような場所。その時私は自暴自棄で流されかけていた。
するとお母さん「いや娘には娘の行きたい場所に行かせます、受からせますから」と。
その後塾の先生にも事情を話すと第二志望は受かるんじゃないか?と言われ、
中二の頃私がDQN全盛期で八つ当たりしまくった担任にも「お前なら受かるよ」と。
(初めて中二の担任が好きになった瞬間。w)
結果は合格。まず塾に電話して喜んだ、
次に学校に電話するとまさかの担任が出た。
「あら、受かったの?よかったじゃない」と薄気味悪いぐらい笑ってたので
「先生が無理だと言ってたのに!受かりましたよ!」って電話口からでもわかるハイテンションで返事してやった。
私の友人には中学の妹がいて、彼女が言うにはまだ贔屓し続けていて嫌われすぎてストレスで声が枯れてるらしい。
ざまぁと思った。
高校はみんな良い担任に恵まれて幸せです。
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