ちょっと切ない話『ドア裏は落書きでいっぱい』【短編】全5話 Vol. 10|切ない話・泣ける話まとめ

ちょっと切ない話『ドア裏は落書きでいっぱい』【短編】全5話 Vol. 10|切ない話・泣ける話まとめ
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切ない話 Vol.10

 

 

日記帳

 

俺には妹がいる。昔はしつこいと思うくらい俺についてまわった。
中学に入った辺りからだんだん冷たくなってきて、俺が話し掛けても冷めた反応。
そしてある日のこと。その日は俺の誕生日。
朝飯を食べていると、まだ早いのに妹が行ってきます、と玄関にむかった。
玄関までついていって「俺、今日誕生日なんだけど」って言ったら
へえ、と冷たい反応。さすがに落ち込んだ。
その夜のこと。
トイレにいこうと部屋を出ると、妹の部屋の戸が開いている。風呂のようで
しばらく帰ってくる様子はない。悪いとは思いつつ、部屋に入る。
机の上には日記帳。いけないとはわかっていたが、好奇心に負けて開いた。
そこには、その日の日付でこう書かれていた。

『今日はお兄ちゃんの誕生日。お母さんに言って、今日のお兄ちゃんのお弁当は私が作ることに。
お兄ちゃんは何にも気が付かずに食べたみたい。
大成功?なのかな。ハッピーバースデー!お兄ちゃん』

俺は泣いた。

 

 

ドア裏は落書きでいっぱい

 

ある日、男子トイレの洋式の方に入り座ると、ドア裏に小さな落書きがあったのです。

『入院して二ヶ月 直らない もうだめだ』

そして二週間後
(その落書きの事はすっかり忘れていたのですが)、またそのトイレに入りました。

…ドア裏は落書きでいっぱいいっぱいになっていました。
『頑張れ』
『ガンガレ』
『必ず良くなるぜい!』等々。

しかもその後、トイレはペンキ塗り直しされて、他のドアは新しい色になったのですが、なぜか、そのドアだけは塗り直されずに落書きがそのままでした。

それを見て温かい気持ちになりました。

 

 

パンチパーマの神様

 

自分が小学5~6年生の頃の話ですが
当時の親父がダメダメの多重債務者で、怖い借金取りがしょっちゅう家に来てました。
母は朝から晩まで勤めに出てたので当然ガキの自分が応対し、
大声で怒鳴られたり小突かれたりしてたんですが、
近所の人も親父が借金踏み倒してたんで誰も助けてはくれませんでした。

そうこうしてとある日、小学生の自分でもそれとわかるものすごい迫力の人が尋ねてきて、
「おぅボクー お父ちゃんおるかー?」とずかずかと家に乗り込んできました。
親父は数日前から帰っておらず、絵に描いたような貧乏アパートで半べそかいて
ひもじそうな自分を見て同情してくれたのでしょう、
「ごはん食べたか? おっちゃんがなんかおごったろ」
と黒塗りのでかい車に乗せてハンバーグ(いまだに忘れません)を食べに連れて行ってくれました。

そうして家に戻ると、いつも見る取立ての人が玄関の上がり口にどっかりと腰をおろしており、
またいつものように「コラガキ*@§☆」とまくし始めたのです。
そこにド迫力のおじさん登場、「ゴルァおんどれー 子供になにぬかしとんじゃ ワシは
○○会の☆☆ゆうもんや、ワシに同じことゆうてみい!」とその取立人を追い返してくれました。

帰り際にその人は、「また同じような奴が来たら、これ見せたらええわ」
と大きな名刺をくれて去っていきました。

その後その名刺がたびたび威力を発揮し、取立てが止んだのは言うまでもなく、
しばらくして親父と離婚した母とその町を出ました。

あのおじさんにはその後会うことは無かったんですが、
子供だった自分にはヒーローでパンチパーマの神様でした。

 

 

手を差し伸べてあげなさい

 

学生時代、貧乏旅行をした。帰途、寝台列車の切符を買ったら、残金が80円!
もう丸一日以上何も食べていない。家に着くのは約36時間後…。
空腹をどうやり過ごすか考えつつ、駅のホームでしょんぼりしていた。

すると、見知らぬお婆さんが心配そうな表情で声を掛けてくれた。わけを話すと、持っていた
茹で卵を2個分けてくれた。さらに、私のポケットに千円札をねじ込もうとする。
さすがにそれは遠慮しようと思ったが、お婆さん曰く、
「あなたが大人になって、同じ境遇の若者を見たら手を差し伸べてあげなさい。社会ってそういうものよ」
私は感極まって泣いてしまった。

お婆さんと別れて列車に乗り込むと、同じボックスにはお爺さんが。最近産まれた初孫のことを詠った
自作の和歌集を携えて遊びに行くという。ホチキスで留めただけの冊子だったので、あり合わせの
糸を撚って紐を作り、和綴じにしてあげた。ただそれだけなんだが、お爺さんは座席の上に正座して
ぴったりと手をつき、まだ21歳(当時)の私に深々と頭を下げた。
「あなたの心づくしは生涯忘れない。孫も果報者だ。物でお礼に代えられるとは思わないが、気は心だ。
せめて弁当くらいは出させて欲しい。どうか無礼と思わんで下さい」
恐縮したが、こちらの心まで温かくなった。

結局、車中で2度も最上級の弁当をご馳走になり、駅でお婆さんに貰ったお金は遣わずじまいだった。
何か有意義なことに遣おうと思いつつ、その千円札は14年後の今もまだ手元にある。
腹立たしい老人を見ることも少なくないけれど、こういう人たちと触れ合うことができた私は物凄く幸運だ。

 

 

手話

 

男が女の子の正面に立って、何かしきりに手を動かしてた。手話だ。
彼はやっと手話を覚えたこと、覚えるのは結構大変だったこと、女の子を驚かせようとして
その日まで秘密にしてたことを伝え、女の子の方は彼が勉強してることを知らなかったこと、
本当に驚いたこと、嬉しいと思っていることを伝えて、そのうちもどかしくなったのか彼の手を握って
2度3度、嬉しそうにその場でほんの少し飛び跳ねてみたりしてた。
悪趣味な盗み聞きだとは解ってたけど、その時ようやく手話を使いこなせる様になったばかりの俺には、
それは例えば外国の街で突然耳に入ってきた日本語が気になる様に、申し訳ないけどどうしても
気になる光景だった。たぶん、俺はにやけてたと思う。怪しい奴に見えたかもしれない。
でも、それは微笑ましくて、こっちまで心があったかくなる光景だった。
服の裾が引っ張られる感覚に振り返ると、そこに俺の彼女が来ていた。
何を見てたのかとか、顔が嬉しそうだとか、もっとはやく私に気づけとか、微妙に頬を膨らませて、
もの凄い勢いで手話を繰り出す彼女に、俺は手話でごめんなさいと伝え、ちょっと昔を思い出してたことを伝えた。
それでも彼女は少し首を傾げ、その”昔”を知りたそうな表情だったけど、俺は笑ってごまかした。
今目の前にいる女の子を驚かそうと、秘密で手話を勉強してた頃の事だ……とは、恥ずかしくて言えなかった

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