『契約』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『契約』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

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『契約』

296 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:13:14 ID:???0

 

半田親子が榊家に保護されてから3ヵ月後、マサさんの回復を待って、千津子と奈津子に対する『処置』が行われた。
処置を行ったのは木島とマサさん、そして、以前、ヨガスクールの事件を持ち込んできたキムさんの知り合いの女霊能者だった。
彼女は以前にも『能力』を悪用していたヨガスクール関係者の『力』を封印していた。
そういった力なり技の持ち主なのだろう。
二人の『処置』は成功裡に終わったらしい。
俺は、シンさんの許を訪れる、木島の迎えに出ていた。
駅を出てきた木島は、迎えの車に乗り込むと、俺宛の紙包みを車中で渡した。
中には藍の絞り染めのバンダナが数枚と、2通の手紙が入っていた。
バンダナは、奈津子が祖母の榊夫人と共に染めたものらしい。
額の刃物傷や頭の手術痕、アスファルトで削られた頭皮の傷痕を隠す為に、俺が頭にバンダナを巻いていたのを覚えていたようだ。
手紙は千津子と奈津子からだった。
たどたどしい文字だったが、読み書きが殆ど出来なかった親子の知能は『処置』後、急速に伸びているようだ。
もともと、二人はアパートの大家の熱心な教育?の効果もあってか、日常生活をほぼ支障なく送れるレベルにはあったのだ。
俺は木島に「二人は元気にしているのか?」と尋ねた。
「ああ。榊夫妻が猫可愛がりしてるよ。榊の爺さんは、もう、目に入れても痛くないって感じだな。
偶には会いに行ってやってくれ。お前が行けば二人が、それに榊夫妻も喜ぶ」
「なあ、あの仕事、シンさんは何故俺を選んだんだ?」

やや間を置いて木島が答えた。
「シン先生は、組織内で微妙な立場に在るんだ。韓国人でありながら強い影響力を持っていて、組織でも高い地位にいるからな。
キムやマサは、シン先生の指示にしか従わないしな。
能力第一で、血筋や家柄なんて二の次、三の次の俺達の業界でも、逆恨みや、やっかみは跡を絶たないのさ。
特に、毛並みだけは良いが力のない、佐久間のような連中にとっては、シン先生達は目障りな存在なんだ。
奴らにとっての拠り所でもある、毛並みも力も備えた『名門』、榊家の次期当主を消した韓国人のシン先生達への恨みは実に根深いものがあるんだよ。
それに、組織の当初の方針に反して千津子を消さなかったのは、シン先生の強力な働き掛けがあったからだしな。
頭の古い連中に角を立てずに処理するには、非メンバーで日本人のお前が何かと好都合だったのさ。
お陰で、以前から怪しい動きをしていた佐久間や他の鼠を駆除できた。助かったよ」
「全て仕組まれていたって訳か・・・本当にそれだけか?」
「・・・否。

・・・お前は、死んだ榊先生に良く似ているんだ。顔や雰囲気、どうしようもない甘さ加減までな。
あの親子の『力』はちょっと厄介でね。一旦発動すると歯止めが利かないし、彼女達自身がコントロールできる類のものでもないんだ。
・・・死んだ旦那や、会ったことはないが父親にそっくりなお前なら、少しでも成功の可能性が高くなると踏んだのだろう。
実際、あの親子は、お前には心を開いていたからな。かなり際どかったけどな」
「T教団や飯山達は?」
「T教団とは手打ちをした。奴らがあの親子に手を出す事は今後一切ない。
奈津子にやられた飯山は、榊の爺さんの処置で何とか命だけは取り留めたが、寝たきりでアーとかウーとしか言えなくなっちまったよ。
奴らも、あの親子の『力』の恐ろしさが骨身に沁みたらしい。とても飼い慣らせるものじゃないと悟ったのだろうさ」

やがて、俺達の車はシンさんの自宅に到着した。

木島とシンさんたちの打ち合わせが終わると俺は応接室に呼ばれた。
俺と入れ違いに木島が部屋を出て行った。
「近い内に遊びに来い。榊さんやあの親子以外にも、お前に逢いたがっている人がいるんだ。一席設けるから一杯やろう」
俺の肩を叩きながら、そう言って、木島はシンさん宅を後にした。

木島が出て行くと、シンさんが「掛けなさい」と俺に席を勧めた。
テーブルを挟んでキムさんの正面の席に俺は座った。
席に着くとシンさんが口を開いた。
「汚くて危険な仕事を押し付けてしまって、君には本当に済まない事をしたと思っている。
しかし、君がいなければ恐らくあの親子を救う事は出来なかっただろうし、手の付けられない重大な事態が起っていただろう。
マサも、その後に到着した木島君や榊さんも、あの親子の力を止める事は出来なかっただろうからね」
「そうなんですか?」
「ああ。あの親子の恐ろしい力は、身を以って体験しただろう?
あのマサですら、千津子一人の力を受けきれずに命を落としかけたんだ。
お前の機転で奈津子が止まらなければ、あの場にいた者は全員命を落としていただろう」とキムさんが答えた。
「私は、あの親子をどうしても救いたかった。キムやマサ、木島君もね。
しかし、あの親子の力は危険すぎた。7割、いや8割くらいの確率で、最悪の方法を採らざる得ないだろうと覚悟していた」

「それほどにまでに・・・」
「ああ」
「あの親子の力って何なんですか?
あの親子は人に呪詛を仕掛けるタマではないし、あの力の発現は一種の『自己防衛』だったように思えるのですが?
それに、あんな危ない橋を渡ってまで、あなたやキムさん、マサさんや木島さんがあの親子に固執した理由も知りたい」
シンさんは俺を制して言った。
長い話になる。一杯やりながら話そう。そう言うと、若い者に酒を運ばせた。酒は自家製のマッコリだった。

大した強さでもないその酒を2・3杯飲んだシンさんは、
「すっかり酔っ払ってしまった」と言い、「これから話す事は年寄りの世迷言だと思って聞き流して欲しい」と言って昔話を始めた。
シンさんの昔話・・・それは、心ならずも呪術の世界に足を踏み入れて、人生を狂わせた男の話だった。

30数年前、宋 昌成(ソン チャンソン)と宋 昌浩(ソン チャンホ)と言う在日朝鮮人の親子がいた。
息子の昌浩は優秀な男で、周囲から将来を嘱望されていたらしい。
父・昌成は息子をC大学校に進学させ民族学校の教員、或いは民族団体の活動家にしようと考えていたようだ。
実際、その方面からの勧誘も盛んだったらしい。
だが、昌浩は日本の大学に進学する事を希望しており、進路を巡って父親と激しく衝突した。
昌浩は勘当状態となり、単身上京。
兄の友人が経営する会社で働きながら、勤労学生として大学に通っていたと言う事だ。

ある時、昌浩は、取引先で、ある女と偶然に出会った。
郷里にいた頃、学校の近辺の図書館や学習室でよく見かけた女だった。
その女、『美鈴』にとって昌浩は見覚えのある顔に過ぎなかったようだ。
だが、昌浩にとって美鈴は密かに憧れた『忘れられない女』だった。
始め、『美鈴』は同郷の昌浩を警戒し、彼を避けていた。
美鈴は郷里のある被差別部落の出身者だった。
また、詳しい事は話さなかったが、人の手を借りて家族の元から出奔してきていたらしい。
美鈴は自分の出自だけではなく、同郷の昌浩を通じて郷里の家族に自分の居所を知られる事を極度に恐れていたのだ。
昌浩は自分の在日朝鮮人の出自を明かして「くだらない」と一笑した。
また、自身も父親と衝突して勘当の身であり、郷里には戻れない立場である事を明かした。
二人は交際するようになり、やがて同棲を始めた。
そして、美鈴が懐妊し、その腹が目立ち始めた頃に事件は起こった。

美鈴が懐妊して直ぐに、二人はある男に付き纏われるようになった。
男は美鈴の兄だった。
家族に居所を知られると言う、美鈴の恐れていた事態に陥ったのだ。
だが、昌浩は、美鈴の懐妊と言う『既成事実』から事態を楽観視していた。
美鈴の兄の付き纏いは執拗だったが、同じアパートに住む職場の仲間の協力で美鈴に兄の手が及ぶ事はなかった。
しかし、そんなある日、事件は起こった。
その日は、地元の祭りで昌浩やアパート住民の男達は出払っていた。
女達も食事の世話などで出ていたが、身重で朝から体調のすぐれなかった美鈴は部屋で寝ていたらしい。

このような機会を狙っていたのであろう。美鈴の兄がアパートに侵入し、美鈴を連れ出そうとした。
兄は抵抗する美鈴に激しい暴行を加えた。その現場に祭りを抜け出して美鈴の様子を見に戻った昌浩が出くわしたのだ。
美鈴の兄と昌浩は激しく争い、騒ぎに気付いた他の住民が駆けつけた。
昌浩と争い、揉み合いの中でアイロンで頭を殴打された美鈴の兄は、住民が部屋に踏み込むと鮮血を滴らせたまま、アパート2階の窓から道路へ飛び降り、そのまま走って逃げ去った。

身重の身体に激しい暴行を受けた美鈴は住民達の手によって直ぐに病院に搬送された。
美鈴は流産しており、意識が戻らないまま生死の境を彷徨い続けた。
数日後、病院に泊り込んで、意識の戻らない美鈴の看病を続ける昌浩の下に刑事が現われた。
美鈴の兄が死亡したのだ。
凶器を用いた事、相手を死亡させたことにより、昌浩側の情状は考慮されず、結局、昌浩は3年の実刑を受けた。
昌浩は接見に訪れた弁護士に美鈴の安否を尋ねた。
昌浩の逮捕・拘留中に美鈴は意識を取り戻し、ひとまず命を取り留めた。
やがて裁判が始まり、昌浩は実刑判決を受け収監された。
昌浩は美鈴の身を案じ続けていた。
弁護士の話では、暫くの間は社長夫妻が自宅で美鈴の面倒を見て居た。
だが、結局、姉が美鈴を引き取り、美鈴は郷里に戻ったと言う事だった。
あれ程、家族に見つかって実家に連れ戻される事を怖れていた美鈴が、郷里に戻るとは・・・
美鈴の身を案じつつも、獄中に在って何もできない昌浩は己の無力を呪った。

刑期も半分以上が消化された頃、昌浩は毎晩のように悪夢にうなされるようになった。
鬼の形相の美鈴が炎の中に立ち、狂気に見開かれた目で昌浩を睨み付けていたそうだ。
昌浩の身体は日に日に痩せ細っていき、その顔には「死相」が浮かんでいたということだ。
美鈴は家族の元に連れ戻される事を極度に恐れていた。何か只ならぬ事態が美鈴に、そして自分に起こっていることを昌浩は直感した。
そんな昌浩の様子を見て、長年、娑婆と刑務所を出たり入ったりの生活をしていた同房者の男が彼に言ったそうだ。
「兄ちゃん、アンタ、誰かに祟られてるね。
俺は、ムショの中で兄ちゃんみたいなのを何人も見てきたが、みんな年季が明ける前に狂って死んじまった。
人を殺したヤツ、強姦や詐欺、乗っ取り・・・娑婆で他人を地獄に落とした悪党どもが被害者に祟られて死ぬなんてのはよくある話さ。
兄ちゃんが何をしたかは知らないが、お勤めが終われば全てチャラなんて、甘い甘い。
人の裁きと、お天道様の裁きは別物なのさ。
覚悟しておくんだな。
俺たちみたいなのは、碌な死に方は出来ないし、死んでも碌な所には行けないだろうさ」
何故か、昌浩に死の恐怖は無かった。
ただ、一刻も早く出所して、美鈴に会いたい、それだけだった。
美鈴の事で思い悩む彼の出所までの日々は地獄のように長かった。

やがて昌浩は出所の日を迎えた。
昌浩が獄に繋がれている間、塀の外の状況は激変していた。
昌浩の勤めていた会社は倒産し、社長夫婦や同じアパートに住んでいた同僚達もバラバラになって行方が判らなくなっていた。
昌浩は美鈴を探す為に郷里に戻った。
郷里に戻った昌浩は激しい衝撃に襲われた。
昌浩の実家の在った一帯は更地となっていた。
不審火による火事で焼失したと言うことだった。その火事で昌浩の母が亡くなっていた。
近所の住民は更に追い討ちを掛ける事実を昌浩に告げた。
火事が起こる前、昌浩と父・昌成との間に立って昌浩をかばい、何かと力を貸し続けてくれた兄が亡くなっていたのだ。
自動車事故で大破した車の中に閉じ込められた兄は、生きたまま炎に飲み込まれ焼死していた。
そして、父・昌成の行方も判らなくなっていた。
昌浩が服役していた僅か3年足らずの間に、宋家は破滅してしまっていたのだ。
余りの事に打ちのめされた昌浩だったが、当初の目的を果たすため、地元の友人・知人の伝を頼って美鈴の捜索を開始した。

高校の同級生や地元の友人を頼って美鈴の過去を探ると、美鈴が話さなかった数々の事実が判った。
美鈴は、出身校の学区から離れた、**部落と呼ばれる被差別部落の出身者だった。
美鈴は実家を離れ、元教師の老夫婦の家に下宿し、そこから学校に通っていた。
美鈴や進学した高校、下宿先には連日嫌がらせが繰り返されたそうだ。
昌浩は美鈴のかつての下宿先を訪れたが、そこは老夫婦が亡くなり空き家となっていた。
昌浩は美鈴の実家があるという**部落を当たってみる事にした。
だが、**部落の名が出た時点で地元の友人達は昌浩の前から皆去って行った。
近辺の同和地区の住民達からさえも**部落は決して近付いてはならないとされる「危険地帯」だったのだ。

宋家は昌浩が中学校に上がる前に逃げてきた朝鮮人の「余所者」に過ぎなかった。
地元での**部落という存在の意味を理解していなかったのだ。
そんな昌浩の前に同和団体の活動家だと言う、日本人の男が現われた。
男は駒井と名乗った。
駒井は「**部落に首を突っ込んでる馬鹿はお前か?
余所者の朝鮮人が・・・他人の土地で勝手な真似をしていると死ぬぞ?」と言って、昌浩をある人物の元に連れて行った。

駒井は、活動家時代の宋 昌成の同志だった。
かつて、宋 昌成は住環境が特に劣悪だった同和・在日混住地区における「公営住宅獲得闘争」に身を投じ、多額の資金援助を行った過去をもっていた。
彼は家族や家業を犠牲にして、在日活動家の仲間と共に、某政党の言う所の『日本社会の底辺で苦しむ人民の為の闘争』に身を投じた。
その結果、その地区の公営住宅建設計画が認可され、彼らの説得により戦前からその地区に住み続けていた在日は立ち退きに応じた。
やがて、更地となった土地に真新しい公営住宅が建設された。
だが、地域住民で入居を許されたのは「同和」の日本人だけだった。
「日本人ではない」という理由だけで、共に闘い、立ち退きに応じた在日住民たちは入居を許されなかったのだ。
真新しい公営住宅を目の前に、元の住居を失った在日朝鮮人たちは成す術もなく、そこに入居したかつての隣人である同和の日本人と、立ち退きを勧めて回った昌成達活動家に怨念を向けた。
宋 昌成は、彼に活動資金の拠出を何度も要請してきた某政党や、共に戦った同和団体の活動家に行政側の措置の不当性を強く訴えた。
行政に対する抗議闘争、その地区に住んでいた在日住民の公営住宅入居を認めさせる活動への協力を求めたのだ。
しかし、彼らの答えはNOだった。
昌成は絶望に沈んだ。
立ち退きの説得に回った責任感から、彼は持てる私財を全てつぎ込んで、住家を失った同胞の次の住居の手配に奔走した。

だが、朝鮮人に部屋を貸す家主は同胞の中ですら中々見つからなかった。
度重なる心労や苦労は、平等社会や日韓両民族の和合を信じる理想主義者だった彼を変えた。
日本社会で疎外された在日を守るのは経済力、そして、それを背景とした権力に連なる人脈しかないという考えの持ち主へと変貌した。
彼や在日の仲間を利用するだけ利用して切り捨てた「ペルゲンイ」や「ペクチョン」共、そして、日本社会や日本人に憎悪を燃やすようになって行った。
家業が潰れ破産した宋家は、この地に夜逃げ同然で流れてきたのだ。
家業や家庭を顧みずに昌浩や家族を苦境に陥れたが、理想主義者だった「活動家時代」の父を昌浩は深く尊敬していた。
昌浩の出奔の背景には、変貌した父への反発が大きく作用していたようだ。

先の「公営住宅獲得闘争」の折、分断工作に遭って共に戦ってきた在日朝鮮人達が切り捨てられた事に、末端活動家だった駒井達は心を痛めていた。
そんな駒井が、かつての同士であり友人でもあった宋 昌成が「**部落」を探っている事を聞き付けた。
始め「**部落」の事を良く知らなかった駒井は、その危険性を仲間に聞いて、昌成を止めるために、彼の許を訪れた。

宋 昌成は美鈴と美鈴の実家に付いて調べていた。
発端は「お前の息子は、質の悪い女とデキて同棲までしている。面倒が起こる前に別れさせた方が良い」と言うタレコミだった。
宋 昌成は昌浩の兄を通じて、昌浩と美鈴が同棲していることを知っていた。
さらに、昌浩の勤務先の社長から、昌浩の身辺を嗅ぎ回っている連中が居る事も聞き付けていた。
やがてタレコミは「昌浩と美鈴を早く別れさせろ。さもなくば、二人だけではなく、お前の家族にも累が及ぶ事になる」と言う脅迫に変わった。
ここで、昌成は調査会社に依頼して、美鈴と美鈴の背後の調査を開始した。
美鈴が「**部落」という被差別部落出身者であることが直ぐに判った。
だが、被差別部落出身者だからといって、昌成には、昌浩と美鈴の仲を引き裂くつもりは全くなかった。
昌成は、美鈴の妊娠が明らかになると、昌浩には内密に、昌浩の兄を通じて美鈴に当面の生活費まで渡していたのだ。
昌成には某政党と同和団体との遺恨、日本社会や日本人に対する怒りや憎しみがあった。
だが、他方で、そういった『恨』を息子の代まで継続する事は不毛と考えていたようだ。
若い二人には平穏な暮らしを送って欲しい・・・そう願って、**部落に関わってしまったらしい。

調べてみると、美鈴の過去は異様な闇に彩られていた。
美鈴には5歳年上の姉がいた。姉の『美冬』はある種の『虐待』を受けていた。
美冬の中学の担任教師と、同和団体の関係者は彼女を救おうと奔走したが、美冬が中学を卒業すると救いの手を差し伸べる手立てを失った。
やがて美鈴が中学に上がり、美冬の担任だった教師は、妹の美鈴の担任となった。
担任教師と件の同和団体関係者は、姉の美冬の強い訴えもあって、中学在学中、家庭訪問を密に行うなど美鈴を監視し続けた。
美鈴は担任教師と同和団体関係者の強い働き掛けにより、中学卒業後、実家から離れた学区の高校に越境入学し、担任教師の学生時代の恩師の下に下宿することになった。
美鈴や下宿先には嫌がらせや脅迫が続いたが、美鈴はこれに耐えて高校を卒業した。
美鈴は実家に連れ戻されることを避けるために、卒業式の前に下宿先の老夫婦の知人を頼って郷里を後にした。
姉の美冬は、少しづつ貯めてきた金を全て美鈴に渡し「二度と帰ってきてはいけない」と言って妹を送り出したと言うことだ。
だが、美鈴が郷里を後にして直ぐ、下宿先の老夫婦が亡くなった。
更に、美鈴の進学に尽力した担任教師と同和団体の女性も時を同じくして急死していた。
関係者の死は、事故や急病など一見普通の死因によるものだった。
だが、周囲の者は皆一様に「**部落の者に関わった報いだ」と言っていたという事だった。

「**部落」・・・川沿いにあったその部落は、他の地区とは大きな道路に隔たれていて、正に陸の孤島だったということだ。
50世帯程の小規模の部落で、その成り立ちは調査会社が調査しても良く判らなかった。
その地域の被差別部落は、地元の伝統産業との関わりから、それぞれの部落の成り立ちが比較的明らかだそうだ。
その地域で歴史的に地場産業の最底辺を支えていた被差別部落に、出稼ぎや密入国でやって来た朝鮮人が入り込み混住し始めたそうだ。
部落に入り込んだ朝鮮人労働者は、従来の最下層労働者であった日本人住民の更に下層に当たる最下層労働階層を形成した。
新顔の最下層労働者である朝鮮人労働者に「歴史的雇用」を奪われた部落の日本人住民の生活は困窮を極め、部落は荒れ、住環境は末期的に悪化した。
昭和期に入って技能や職能を身に付けた、或いは戦後の混乱期に経済力を付けた一部の朝鮮人移民は、劣悪な環境だった従来の部落を出た。

彼らは、元いた被差別部落周辺に、新たに朝鮮部落を形成した。
戦後、特に朝鮮動乱で祖国を捨てて流入したニューカマーの朝鮮人は、朝鮮部落内で最下層労働階層を形成して生活圏を確保した。
宋 昌成が「公営住宅獲得闘争」を行ったのは、最初に朝鮮人が流入し、労働環境や住環境が崩壊したまま放置され取り残された日韓混住部落だったのだ。
だが、**部落はその何れにも該当しない特異な部落だった。
周辺との交流が極めて薄く、いつからあったのかも、元々何を生業にして成立したのかも明らかではなかったのだ。
どの部落よりも劣悪な環境にありながら、自治体の対策事業で訪れた県や市の調査員を激しい投石などで排除し続けていた。
非常に排他性が強く、同和団体関係者を含めて、部外者が足を踏み入れるには危険を伴う地域と言う事だった。

宋 昌成は**部落の闇に引き寄せられて行った。
**部落に関わって不審死を遂げた者は多い。そんな危険な闇に踏み込もうとする、かつての友を駒井は必死に止めようとした。
だが、そうしている内に昌浩の事件が起こってしまった。
理由はどうであれ、道義上、親である自分が被害者の家族に謝罪しなければならない・・・宋 昌成は駒井の制止を聞かずに**部落へ向った。
駒井は宋 昌成に付いて**部落に足を踏み入れた。
**部落は異様な雰囲気だったそうだ。
駒井は、**部落で、それまで感じたことのないような、言い知れぬ不安感に襲われた。
二人は美鈴の実家に着いた。中から出てきた若い女に宋 昌成は身分と事情を明かした。
若い女『美冬』は、声を潜めて「お帰り下さい」と言ったが、中から現われた男が昌成と駒井を迎え入れた。
兄が亡くなった時点で、美鈴の家族は父と叔父、姉の美冬だけだった。
何故か、仏壇神棚の類は一切なく、美鈴の兄に線香を上げようにも、位牌・遺影もなく遣り様がなかった。

宋 昌成は美鈴の家族に昌浩の行いを詫びた。
昌成も駒井も激しい怒りの言葉を予想していたが、美鈴の父と叔父の言葉は穏やかだった。
だが、二人の眼は異様な眼光を湛えて駒井を凍り付かせた。
駒井に言わせれば『人間の目付きではなかった』と言うことらしい。
美鈴の父親は、あれは不幸な事故だったとか、司直の裁き以上のことは求めるつもりはないと言った言葉を口にした。
叔父の方も、若くして犯罪者の汚名を着ることになってしまった昌浩を心配し、父親である昌成の心労をねぎらう言葉を掛け続けた。
だが、そんな言葉の裏で駒井は耳には聞こえない不思議な『声』を聞き続けていた。
二人に言葉を掛けられている昌成は、魂を抜かれたような、呆けた顔をして頷きながら二人の言葉を聴いていた。
だが、駒井の脳裏に響く不思議な『声』の語る言葉は、恐ろしい呪いの言葉だった。
宋一族は滅ぼされる・・・これに関わってしまった駒井一族も!
駒井は恐怖に震えた。
やがて、宋家の長男が事故死し、火事で昌成の妻も焼死した。

駒井は、ある寺の住職に相談して、某部落の古老を紹介された。
この老人は、苦しい、未来の見えない生活に嫌気が差して故郷を後にし、ある霊能者に拾われて修行した経験の持ち主だった。
駒井を見た老人は、駒井に宋 昌成を連れて来るように言った。
駒井は宋 昌成を古老の前に引きずって連れて行った。
どこか、意識に膜が張った状態で、ボーっとした様子だった宋 昌成は、老人の裂帛の気合と共に繰り出された平手打ちの一撃で混濁した意識から呼び起こされたそうだ。
だが、意識を呼び覚まされた宋 昌成の脳裏には、駒井が**部落の美鈴の実家で聞いたのと同じ声が響き始めていた。
この、呪いの『声』は、宋 昌成が発狂するまで消えることは無かったらしい。
いや、発狂してもなお消えていなかったの見る方が正しいだろう・・・
老人は、ある朝鮮人『呪術研究家』への紹介状を書き、駒井は宋 昌成をその研究家の元へ連れて行った。

老人の紹介状と宋 昌成が調査会社に調べさせたレポート、駒井と昌成が話したそれまでの事情を聞いた『呪術研究家』は、独自のルートで**部落に付いて照会し、調査した。
**部落に付いて調査した上で、この呪術研究家が紹介した男が、駒井が宋 昌浩を連れて会いに行かせた男だった。
男は「拝み屋」金 英和(キム ヨンファ)と名乗った。

**部落は、ある『宗教団体』の信者の末裔によって形成された特殊な成り立ちの部落だった。
信仰の詳細、教団や信仰が現在も存在しているのかは判らなかった。
ただ、**部落の人間は外部の者とは交わらず、部落内だけで婚姻を続けていたようだ。
どうやら、**部落は、採石や危険な土木工事の人足のといった仕事の影で、「まじない」や「呪詛」を生業とした一族の集団だったらしい。
そのような部落に於いて、美鈴の実家は何らかの役割を担っていたようだ。
『呪術研究家』にはある程度予想は付いていたそうだが、**部落は日本全国に散らばる、敢えて言うなら『生贄の部落』の一つだった。
生贄の部落・・・
彼らは『澱み』・・・漂流する呪いや災厄、人々の欲望や怨念から生じる『穢れ』が流れ着いて溜まる、或いは溜まるように細工された土地に封じ込められた人々だった。
『澱み』に封じられた人々は外部からの「血」を入れることも、外部に「血」を広げる事も許されなかった。
彼らが『澱み』に封じ込められたのは、その血が非常に強い霊力を持っていた為だと言う事だ。
その『力』故に、民族?の名も、言語も、神話や伝承も徹底的に奪われた。
彼らの血脈が直接に絶たれなかったのは、彼らを滅ぼすことによって生じる『祟り』を祓う事が極めて困難だからと言う事らしい。
彼らは、並の霊力の血統なら3代と続かずに絶えてしまう穢れの地である『澱み』に、霊力を吸い尽くされて滅ぶまで封じられ続けているのだ。
**部落のあった場所は、地理的に『穢れ』や『瘴気』が流れ込み易いその地域にあって、それらが流れ着く『澱み』に位置していた。

宋 昌浩は駒井に連れられて寺に逗留していた金 英和に引き合わされた。
昌浩は、駒井と金 英和にこれまでの経緯を聞かされると、宋家に起こった不幸や服役中に見た悪夢に付いて尋ねた。
金 英和は昌浩に言った。
「宋一族には強力な呪詛が仕掛けられている。
私は君の父上から祓いを請け負ったが、残念な事に呪詛と術者の力が強すぎて祓い切る事は出来ない。
呪詛を仕掛けた人間が明らかになれば、交渉するなり、呪詛返しで凌げる可能性もあるのだが・・・」
昌浩は「呪詛とやらを仕掛けたのは、美鈴の実家の人間じゃないのですか?」と尋ねた。
「呪詛の大元は美鈴さんの実家ではない・・・いや、**部落の人間ですらない。
部落や美鈴さんの実家からの呪詛も掛かってはいるが、相手が判っている以上、こちらは大した問題ではない」
「それじゃ、誰が?」
「問題の宗教団体なのか、他の誰かなのかは判らないが、基本的に**部落の人間は、ある種の『依り代』の役目を負わされているだけだ。
あの部落では、部落を構成する『家』の間で『依り代』役を持ち回りして、当番の家を他の家が監視しているのだ。

今は、美鈴さんの実家が当番らしい。
依り代役の家の中で最も霊力の強い人間が呪詛の『依り代』役を引き受けるのが決まりということだ。
一番霊力の強かった美鈴さんのお母さんは『依り代』役をやっていて衰弱死したらしい。
次に力の強い美鈴さんが『依り代』をやるはずだったのだが、子供を作れない者・・・初潮や精通を迎えていない者は『依り代』は出来ない。
美鈴さんの次に霊力の強かった姉の美冬さんが妹の代理をしていたが、彼女は外部の人間を頼って妹を逃がした。
だが、美冬さんは部落の掟と自分達の『血』を甘く見ていた。
美鈴さんを部落の外に逃した事も問題だったが、最も不味かったのは美鈴さんが君の子を孕んだ事だったようだ」
「どういうことですか?」
「どうやら『依り代』が部落以外の、外部の胤で孕むと呪詛が滞って持ち回りの『家』や部落全体に降りかかるらしい。
それ故に、美鈴さんの兄は彼女を取り戻そうとするだけではなく、彼女のお腹の子を潰そうとし、父親である君を殺そうとした」

昌浩は尋ねた「それじゃあ、兄とは母は・・・。父はどうなったんですか?美鈴は?」
金 英和は答えた。
「お兄さんとお母さんは、君達の子供が亡くなったことで再び流れ出した『呪詛』によって亡くなったと見るべきだろう。
君と君の父上は相当強い霊力や生命力を持っているようだ。お父上は’まだ’生きている。
君が見たという美鈴さんの悪夢は、彼女を依り代にした呪詛の現われだろうね」
「美鈴は?」
「君が今無事でいられるのは、生まれてこなかった君達の子供の霊と、美鈴さん自身が君への『呪詛の流れ』を止めていたからだ。
一目だけでも彼女を君に逢わせてあげたかったのだが・・・遅かった。残念だ」
昌浩は泣き崩れた。

金 英和は続けた。
「泣いている場合ではない。宋一族に向けられた呪詛は今、君の父上に集中的に向いていて、君には大した影響は出ていない。
しかし、君の父上はもう長くはない。私の知り合いの霊能者が結界を張って守っているが、彼の命は風前の灯だ。
父上が亡くなれば、次は君の番だ。宋家の血脈が滅び去るまで呪詛の流れは止まらないだろう」
「・・・そうですか」
「君は死ぬのが怖くないのか?」
「家族を失い、美鈴や子供も失って、この世に何の未練があります?もう、どうでもいいですよ」
「それでは、君の父上が浮かばれないな」
「?」
「君の父上は、君を助ける為に敢えてその身に呪詛を受けていると言うのに、君がこれではどうしようもない」

「助かる方法があるのですか?」
「ある。だが、それには条件がある」
「条件?」
「私や、私の友人の力では君を助ける事は出来ない。
普通の加持や祈祷では、君に降りかかる呪詛は払えないだろう。
他人の力ではなく、君自身が修行して霊力や生命力を大幅に引き上げる必要がある。
その上で、君達の一族に向けられた呪詛を『引き受ける』術を持つ、ある呪術師の親子の力を借りれば君は助かるだろう。
しかし、君が呪詛に耐えるに必要な霊力を身に付けるための、修行を行う時間はない・・・」
「ならば、どうやって?」
「まもなく、韓国から問題の呪術師の親子がやって来る。
私は『契約』により、呪術師の息子が一族の業の後継者となる子を作り、次の代に引き継ぐまで、息子を監視し助ける義務を負っている。

しかし、残念な事に、私は適性を欠いていたようだ。
修行の過程で体を蝕まれ、呪術師として呪詛に触れる過程で命脈を使い果たしてしまったようだ。義務を果たす事は最早出来ない。
私は、自分が蝕まれている事を知ったときから、自分の代わりとなり得る『適格者』を探し続けてきた。
君には適性がある。
強い霊力の『血』を持つ女は、並の霊力の胤では決して孕まない。
まして、**部落の、美鈴さんの霊力の『血』は何代にも渡って濃縮された極めて強い血だ。
**部落以外の者の胤で孕むことは、極めて稀だろう。しかし、美鈴さんは君の子を宿した。
これは、君に極めて強い霊力や生命力が備わっている証拠だ。
君は私の代わりに、『監視者』たる『金』の姓を名乗って、然る時が来るまで、呪術師の息子を助けて欲しい。
私は、君の一族に降りかかる呪詛を身代わりとなって引き受けよう」
昌浩は金 英和の申し出を受け入れた。

昌浩は金 英和に連れられて、霊能者・天見琉奇の元に赴いた。
昌浩が着いた時には、宋 昌成は既に発狂し、衰弱し切った状態にあった。
やがて、韓国から『祟られ屋』の呪術師の親子が来日した。
昌浩は金 英和に成り代わって親子と契約の儀式を行い、父親の呪術師に息子と共に師事した。
昌浩は韓国から来た『祟られ屋』だけではなく、霊能者の『天見琉奇』、呪術師『榊』など、数多くの呪術師・祈祷師・霊能者を師に仰いで修行を重ねた。
宋 昌成や駒井の手によって保護された『美冬』は、天見琉奇に師事し、その卓越した霊力から『天見』の名と彼の教団を継ぎ、後に霊能者・天見琉華となった。
やがて、『祟られ屋』の息子は父親から一族の呪法を受け継ぎ、昌浩と共に呪術師として本格的に活動を開始した。
そんな時に舞い込んだのが、呪術師『半田千津子』の抹殺だった。
『千津子』は『美冬』とは出身部落を異にしていたが、同様の『封じられた』血脈に属する女であることが天見琉奇の霊視によって明らかになった。
『千津子』は何者かによって、その強力無比な霊力を利用され『依り代』として、呪殺の道具にされているだけだったのだ。
彼女の一族は、美冬の一族や**部落とはまた違った、巧妙な方法で呪詛の主に支配されていた。
ある種の呪詛により、思考能力を抑えられて、力の抑制や善悪の判断が出来ない『人形』にされていたのだ。
半田親子の知能障害、一旦発動すると歯止めが利かない強力な『力』は、そこに原因があったと言うことだ。
類稀な才能を認められて危険な術を託され、組織において『呪殺』を受け持ってはいたが、榊は性格に問題のある男だった。
非情になれない、特に女子供に甘い男だったようだ。
彼には、正体の明らかでない何者かに呪詛の道具として利用されているだけの哀れな女を消す事は出来なかった。
だが、彼に背後の術者を探し出す力はなく、組織にもその力を持つ者は居らず・・・天見琉奇を以ってしても特定は不可能だった。
榊は死を覚悟して、父の友人であり、弟子の昌浩や韓国から来た『祟られ屋』の息子を統括する幹部でもあった『呪術研究家』の男に後の処理を依頼して組織を出奔した。
・・・『半田 千津子』の助命を嘆願して。
榊にとって、韓国発祥の教団であり、日本の神々や呪術・霊力とは敵対する『T教団』に千津子を委ねたのは、彼女を『支配者』である術者から切り離す上での窮余の策であったのだ。
やがて、組織の命により榊は抹殺されたが、呪術研究家の「下手に千津子に手を出せば、『支配者』を失った彼女の『能力』の暴走を招き、更なる死者が出る。
下手に抹殺を図って犠牲を出すよりは、彼女を保護しているT教団と協定を結び、彼女の力を封印した方が得策だ」と言う主張が採用され、組織とT教団との間で協定が結ばれた。

宋 昌成・昌浩親子に『拝み屋』金 英和を紹介した在日朝鮮人実業家で呪術研究家の男・・・シンさん。
韓国から来た『祟られ屋』の息子・・・マサさん。
その父親と契約を結び、名を変えてマサさんを監視し、補佐する呪術師の宋 昌浩=キムさん。
彼らは、マサさんの一族に伝わる特異な『朝鮮の呪法』を以って、彼らの属する呪術団体の中で地歩を固めて行った。
マサさんの一族と組織の関わりはかなり古いものらしい。

以前から不思議に思っていた・・・実業家であり、呪術師や祈祷師でもないシンさんが、組織や呪術の世界、マサさん達に何故関わるのか?
俺はシンさんに疑問をぶつけた。
シンさんは答えた。
「拝み屋だった金 英和は私の息子なのだよ。
申家は、ある無茶な仕事で酷い祟りに遭ってね、一族が滅びかけた事があるんだ。いや、滅んでいるはずだった。
申一族はマサの祖父に救われたが、事業が頓挫した我々には、約束の報酬を支払う事が出来なかった。
だから、『適格者』だった私は、多額の謝礼の代わりにマサの祖父と契約を結んだのさ。
だが、私が修行に入る前に、息子が出来てしまった。
不測の事態で仕方なく、私の代わりに弟が『監視者』として修行の道に入ったが、適性を欠いていたらしく、使命を全うする事無く死んだ。
私と弟に成り代わって、申家のマサの家に対する義務を果たすべく、息子はマサの父親と契約を結んだが、彼も適性を欠いていて命を落とした。
申家の生き残りは私だけだ。
老い先短い私には、命の続く限りマサやキムを補佐する義務がある。
申家の宿命を代わりに背負った宋家・・・いや、キムにはシン家が築いて来たもの全てを託す。
その為に、私はキムを表の仕事の右腕として鍛え続けて来たんだ。事業家としても彼は優秀で、私の期待に応えてくれているよ」

シンさんの言葉の後、俺はキムさんに聞いた。
「適格と言うのは、例の『導通』の儀式に耐えられる能力と言うことですか?」
「マサ達が適格者を選ぶ基準は私にも良く判らないが・・・恐らくそうだろうね。
私も、マサが父親から呪法を受け継ぐ少し前に、師匠から君と同じ儀式を受けている。
金 英和は、儀式を受けた後、急速に体調を崩して寿命を縮めた。
あの儀式は相当な下準備と、生まれ持っての適性がないと致命的なダメージを肉体に及ぼすと見るべきだろうな」
「俺はマサさんと契約なんてしていない。それに、マサさんは子供どころか結婚も、女もいないですよね?」
「そうだな。君が適格者だとは思えない。君は日本人だからな。
日本人として日本の神々の加護を受けている君には、あの『井戸の呪法』関わる適性は無いと思うんだ。
肉体的特性は兎も角、霊的特性として、朝鮮民族に限られるんじゃないかと私も思う」
「何でマサさんはPではなく、俺にあの儀式を施したんだろう?」
「それは私にも判らない。ただ、確実に言えるのはP君は間違いなく候補者だったはずだ。
彼ではなく、君に儀式を施したと聞いて、我々も驚いたよ。
肉体的条件に適合しなかったようだが、P君の潜在的な霊能力は素晴らしいものがあったからね。
・・・正直、碌に準備もしなかった君があの儀式に耐えて、今も無事で生きていること自体、私には驚きだよ」
「俺、『導通』の儀式の実験台だったんだろうか?」
「さあな。だが、アイツも相当に甘い性格をしているからな・・・そこまで、非情な行動に出られるか?
君を儀式の実験台に出来るような奴なら、多分、君があのアパートに着く前に、踏み込むと同時に千津子と奈津子を射殺していただろう。
命を落としかけてまで、あんな危ない橋を渡る事はなかったはずだ」

茶碗に残った酒をグイッと一気に呷ると、シンさんは俺に言った。
「マサが何を考えているかは判らないが、いずれにしても、君は良くやってくれているよ。
君は身体の傷からも、アリサ君を喪った心の傷からも、痛みを忘れているだけで癒え切ってはいない。
本来、あんな危険な仕事を任せられる状態ではなかった。
緊張が解けて、そのうちに後遺症が出てくるだろう。
暫く暇をあげるから、今はゆっくり休みなさい。君の傷が癒えて戻ってくるのを我々は待っているよ。
好きなバイクでツーリングにでも行くと良い。思い切り羽根を伸ばしてきなさい」

俺が部屋を出ようとすると、キムさんが「ちょっと待て」と声を掛けてきた。
「木島の所に顔を出すのは良いが、奴には気をつけろ。アイツは、私やマサのように甘い人間ではない。
何を企んでるかは判らないが、目的の為には何処までも非情になれる人間だ。そこのところを忘れるな。
まあ、たっぷり休む事だ。
戻ってきたら、せいぜい扱き使ってやるよw」

俺は一礼して、シンさんのお宅を後にした。

[完]

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