俺は、絵を持って一木燿子を訪ねた。
「あなた、僅かな時間だったけど、随分と雰囲気が変わったわね?」
「そうかな?……ただ、どうしても死にたくない、死ねない理由が出来たものでね。
悪あがきして『定められた日』とやらを回避したくなったんだ」
「あなたの『夢』は叶いそう?」
「ああ、叶えたい……絶対にな!
それで、……これを見て欲しいんだ」
俺は、燿子に問題の『絵』を見せた。
「凄いわね……」
「判るのか?」
「ええ、なんとなくだけどね。
これ程のものだと……描いた人は、亡くなっているでしょうね。
全身全霊をこの絵に注ぎ込んで。……この絵は、そういった類のものよ」
「坂下家の最後の『娘』が俺に遺した物らしいです。
何故俺になのかは判らないのだけど。
ただ、父が言っていました。
この絵の女は、俺が生まれる前の晩、母の夢枕に立った『女』にソックリらしいです。
女神なのか、悪魔なのかは判りませんが」
「私には、判断は下せない……この手の呪物の専門家に依頼してみましょう」
「専門家?」
「榊さんの奥さんよ」
絵は、榊家に持ち込まれ、榊婦人による霊視が行われた。
一木燿子も貴章氏も驚いていたが、榊婦人の霊視は佐和子の『絵』には通用しなかった。
しかし、意外な人物から『絵』に描かれて居た女の正体がもたらされた。
奈津子だった。
『絵』に描かれている女は、いつも俺を見ているらしい。
女が身に纏わせている『赤い眼をした白い蛇』は、俺に纏い付いている『青い眼をした白い蛇』と番だということだ。
青い眼をした白い蛇?
白い蛇を纏付かせた女が、恐らく、俺の一族と対峙している『神木の主』、先祖の住んでいたという村で信仰されていた『神』であることは俺も予想していた。
一木燿子の見立ても、霊視が利かず確証はなかったが、同じだった。
だが、奈津子の見立ては予想を裏切った。
『絵』の女は、『人柱』に捧げられた女だという事だ。
そして、奈津子によると、俺に纏付いている『青い眼をした白い蛇』はかなり弱っているらしい。
訳が判らなかった。
そして、一木貴章が言った。
「こんなことは初めてだが、先に君に話した『見立て』に確信が持てなくなった。
我々は、重大な何かを見落としているような気がする……君の『魂の二重性』を含めてね。
姉、燿子の見通した『定められた日』になれば判るのかもしれないが……それでは間に合わない。
もう一度、洗い直してみる。
絵は我々で預からしてもらおう。良いね?」
一木姉弟、そして、榊夫妻が俺のために動いてくれることになった。
だが、それは俺が抜けたくて堪らなかった呪術の世界に留まり続けなければならないことを意味していた。
マミの為に、一刻も早く全てにケリを付けるつもりだったが、それは出来なくなった。
俺は、立ち去りたくて堪らなかった呪術の世界に留まり続けた。
その間、マサさんが姿を消し、長年住んでいたボロアパートが燃えた。
そして、マミとの約束の日が近づいてきた。
結局、事態は何の進展も見せずに、時間だけが空費された。
一木燿子の見立てによる『定めらた日』は近い。
俺は、『定めらた日』を回避することを諦めた。
……残された僅かな時間を無駄にはしたくない。
一秒でも長く、俺はマミと一緒に過ごしたかった。
俺は、キムさんに辞表を提出して実家に戻った。
こんなことが通用する世界ではないのは百も承知だ。
だが、俺にはマミと、そして家族と過ごす残された1分、1秒の時間が重要なのだ。
[完]
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