母がくれたスーツ
昔々ある所に一人の駄目人間がいました。
そいつは大学を中退して社会に出るため職を転々と廻ったんだ。
1社…2社…3社…
ちょうど冬の寒さが身に沁みる時期でしょうか、12社目を受けた時です。
「お前を雇う所なんてどこにも無い」と面接官に言われました…
それから彼の引きこもり人生が始まったのです。
当初はちょっとだけ休みを取って疲れた体を癒せればそれで良かった…
両親は笑顔で
「疲れたんだろ?少し休んでから頑張りなさい」
って言ってくれたんだ。
俺はいつか絶対に両親を幸せにしてやろうと決心した…
でも そんな思いは長くは読かなかった。
一度ひきこもりにはまってしまうと怖くて動けなくなってしまう。
自分が天才哲学者にでもなったかのように世界を決め付ける。
ーそんなこんなで3年もの月日は流れたある日、彼はもうドア越しに話かけられても会話できない程アホ丸出しの引きこもりと化していた。
母親「あなたに会いたいってお友達が来てくれたわよ・・」
震える声で言った。
ドンドン!っとドアを叩いて誰かが叫んでる。
「おーい!俺ぇ~X本だよ、ちょっと話しないか~H!」
聞き覚えのある声…それと同時に寒気が彼を襲った。
高校時代彼をイジメていた不良グループの一人だ…
1~時間くらいたってドアを叩く音が止んだ…
スーッとドアの下から手紙が入れられてきた。
ソレを見ながら彼は体育座りのまま眠りについた。
―あの事件が起きて4日目
手紙を確認することにした…
「同窓会のお知らせ」
引きこもりの彼にコレはきつかったのでしょう、物凄い勢いで破り捨てました。
ソレと同時に涙と何とも言えない孤独感…
そして怒りがこみ上げてきました…
壁を殴りつけ布団を蹴り上げ彼は叫び読けました。
そこへ彼の母親がやってきました。
母親「どうしたの?!ねぇ、どうしたの??!!」
耳に聞こえてくる母親の声、彼はそれをかき消すように叫び読けた…
同窓会前夜、母親がドアを3回叩いた。
3回叩く時はご飯を運んできた合図だ。
いつも通りにドアを少し開けごはんを取ろうとした時だった。
食器の横に黒い物が置いてあった。
クリーニングに出したのだろうか、札が付いたままのスーツだった。
このスーツは大学を辞めた時に母親からプレゼントされたもので、チョット丈が短い残念なスーツだ…
お坊ちゃま君みたいで着るのを嫌がったのを憶えている。
それでも母さんはそんな彼を見て>「いいわよ!さすがお父さん、お母さんの子ねっ!!」って自信満々に彼の就活を応援してくれた…
そんなスーツだ…
母親はこのスーツを着て同窓会に行ってほしかったのだろう…
だが彼にはそんなこと関係ない人に会う?馬鹿じゃないのか?!
ましてや昔の友達なんかには特にだ…
ーそれから5ヶ月たった頃、滅多にならない携帯に電話がきた。
この携帯電話は彼が引きこもりになりかけの時に母親が渡したものだった。
まあ面倒なので電話にでないのは当たり前だろ。
気になって留守録を聞いてしまった。
しかしそこに残っていたのは父親の声だった。
父「母さんが倒れた…今すぐ○×病院に来い…今夜が峠だそうだ…」
全身に鳥肌が立った。怖いなんてものじゃない。
だけどその時には何も考えずに走り出していた。
彼が病院に着いた時にはもう母親の息はなかった。
実は父親が電話した時にはもう息はなかったらしい。
寝巻きにサンダル、伸びっぱなしのヒゲに壊れた眼鏡姿のままで。
「母さんはお前が自分の力で外に出てほしかったと言っていたんだ。お前が自分の意思でここまで来てくれることが望みだったんだろうな…。」
彼は泣きながら母親の手を握り締めた。
―母親の葬式の日、彼はあのスーツを着た。
胸ポケットに1通の手紙とお守りが入っていた。
「国○先日お友達が来た時に同窓会があるって母さん聞いたの。
だからスーツ着て、皆に会ってきなさい。
せっかく久しぶりに皆に会えるチャンスなんだからね。
丈はね直しておいてあげたから
もう恥ずかしくないわね。これで外出れるね。
ごめんね。」
そしてお守り。母さんも同じ物を持っていた…
あの時ごめんって言えたら…
母さんは喜んでくれたのかな。
彼は今でもそのスーツを着て一生懸命働いているそうです。
コメント