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『朝4時の夢』『メールの返事』など5話収録

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『朝4時の夢』『メールの返事』など5話収録 不思議体験
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メールの返事 【実話系】

これは私が今から数年前、実際に体験した話です。尚、出て来る名前は全て仮名です。

久しぶりに連休が取れた私は、家族で温泉旅行へと向かっていました。温泉が好きだった私でしたが、ここ最近は忙しくて足を運べておらず、久しぶりの出発です。大はしゃぎな子供2人と音楽を聞いてノリノリな妻を乗せて、車を走らせている時でした。

妻「あれ?あそこってお友達のお家じゃなかったっけ?」

妻の声でチラッと横目をやると、目立った大きな家で葬式が行われています。その瞬間、ドクン…と心臓の脈が速くなり、ハンドルを握る手が汗ばみます。

私「え…マジか!亡くなった人の名前何て書いてる?」

思わず私はそう、妻に聞き返しました。

妻「あ~、何か5、6人くらい書いてる。家族で事故にでも遭っちゃったのかな。」
私「マジで!Mさんって名前ある?」
妻「ごめん、もう見えなくなったわ…。」

その家は、私の小学校からの友人…と言いますか、学生の頃付き合っていたMが嫁いだ家でした。今でも地元の集まりとなると顔を合わせることがあり、最後に会ったのは去年の忘年会でしょうか。結婚10年になる旦那さんとMは今でもラブラブなようで、既婚者といえば相手の愚痴を言うはずが彼女だけは良い事しか言わない所が印象的でした。

Mの旦那さんは地元の名士で、若くして建築会社の要職に就くほどの方でした。Mが幸せになってくれて良かったなと、謎の上から目線を持ちつつ、どこか寂しさや嫉妬を感じたのを覚えています。

そんなMの家で、葬式。とても嫌な予感がしてきます。無事温泉宿へ到着し、居ても立っても居られない私はMへメールを送信しました。

「今Mの家の前通ったら、お葬式してたけど…事故でもあった?」

確かそんな文を送ったと思います。ハラハラしながら返事を待つと、携帯がバイブレーションで震えました。私はその瞬間、Mは大丈夫だった…と安堵すると同時に、愛する家族を失った人に何と声をかけたらよいのだろうかと悩みました。

自分に置き換えて想像するだけで、思わず涙が溢れます。何か出来る事があれば、支えてあげたい。純粋に助けたいという気持ちで携帯を開き、Mからのメールを読みます。
Mからの返事はこう書かれていました。

「私も家族もみんな死んじゃった。」

頭が混乱し、意味が分かりませんでした。
すると次の瞬間、地元仲間のTから電話がかかってきました。

T「おい、Mちゃん亡くなったってよ…。」

私は言葉が出ず、絶句してしまいました。

Mは家族総出で外出した際、崖から車ごと海へ落下した事故で亡くなっていました。恐らくハンドル操作を誤った事故だろうという話です。Mはもちろん、旦那さんもお子さんも一緒に帰らぬ人となったそうです。

私の携帯には、Mから来たはずのメールがありませんでした。私が送った文はあるのですが、どこを探してもMから来た「私も家族もみんな死んじゃった。」という、見たはずの文がありません。

気が動転した私の錯覚だと思いたいのですが…。

何とも不思議な体験でした。

 

おばあちゃんに貰った人形

母子家庭で育った私は、徒歩圏内に住んでいるおばあちゃんに半分は育てられたようなもので、自他共に認めるおばあちゃんっ子でした。
そのおばあちゃんから貰った人形があり、中学生くらいまで部屋に置いて大切にしていました。
ところが中学生特有の反抗期を迎えると祖母の家に行くことも無くなり、大切にしていた人形もいつしか押し入れの中へしまいこんでいました。

母から祖母が寂しがっていると言われても、当時は母親と話すことさえも嫌な状態です。祖母が嫌いになった訳ではないのですが、会いに行く事が何となく面倒と思ったり、幼い頃のように楽しく話すことも出来ないと感じ、ずっと避けていました。
高校生になった時も祖母はお祝いをくれたのですが、素っ気ない態度をとってしまいました。あれほどおばあちゃんっ子な自分だったはずなのにと思いながら、祖母が入院をした時もお見舞いに行かなくては、と思っていてもなかなか行けずにいました。

高校も卒業が近くなった頃、部屋にある押し入れが物で溢れていたので、大掃除をすることにしました。
昔の写真や着なくなった洋服などと一緒に、おばあちゃんに貰ったあの人形やゲームセンターでとってしまっていたぬいぐるみなどが出てきます。こんなもの保管していても意味がないと、ごみの日にまとめて出しました。
押し入れの掃除が終わった頃、母から電話がありました。

「おばあちゃんが危篤だから、仕事を早退して病院へ行くから…」

長く入院していたので、ひょっとするととは思っていましたが…ショックでした。私も行くべきか悩んだのですが、来いと言われたわけでもありませんし、長いこと会っていない罪悪感もあります。
私なんか行ってもいいのかとくだらないことを考えているうちに、母から祖母が亡くなったという知らせを受けました。親戚が祖母の家へ集まるということで、私も久しぶりに祖母の家へ向かいました。祖母の部屋は長い闘病生活を物語るように、閑散としていました。

とりあえず祖母の家へ泊まるために、荷物を取りに一度帰宅します。
ところが、自宅の様子が何か変なのです。何とも言い表すことができない違和感を覚えたものの、早く荷物を準備しようと家へ入ろうとすると中にも違和感が広がっていて、誰かが居る気配もします。一緒にいた妹と玄関で立ちすくんでいると、そのうちどこからか話し声が聞こえ始めました。

「ボソボソボソボソ」

お経のような感じで、男女の声がハッキリと聞こえます。怖くなった私と妹が外へ出ると、今度はハイヒールのような靴音だけがすぐ近くで聞こえ、猫が興奮して鳴いているような声もします。妹は、ハイヒールの音だけで猫の声は聞こえないと言います。一体何が起こったのかも分からず、パニック状態でいると…家の前に人が立っているのがうっすらと見えました。

それは祖母でした。

どうしてこんなに怖い思いをさせるのだろうか。私がお見舞いに行かなかったこと、会いに行かなくなったことを恨んでいるのだろうか。金縛りになったように私の体は動かず、祖母へ近づくことも出来ません。興奮したような猫の声はさっきよりも小さくなっていますが、ハイヒールの足音はまだ聞こえています。
すると次の瞬間に全ての音がピタッと消えて

「捨てたらいかんよ」

と、祖母の声が耳元で聞こえました。

「人形だ。」

無意識に自分の口から出た言葉でハッとした私は、祖母から貰ったあの人形を思い出しました。今日捨てたばかりだからまだあるはずだと思い、急いでごみ置き場へ行くと、袋にいれていたはずの人形がごみ置き場の隅に座らせられていたのです。

「ごめんね」

そう言いながら人形を持ち帰ると、さっきまで異様な空気に包まれていた自宅がいつもの感じに戻っていました。妹とはさっきまでの出来事を話すこともせず、たんたんと荷物を準備し、部屋に人形を置いて祖母の家へ向かいました。この話をすると、一連の出来事は祖母が怒って起こした恐怖体験であるように誤解をされるかもしれません。
ですが私は、祖母から貰った人形が私達のことを守っていてくれていたのではないかと思うのです。それを私が捨ててしまったことで、これまで人形が近づけないようにしてくれていた幽霊?が近づいたのではないかと、そう思うのです。

祖母から貰った人形は、今では自宅で大切に飾られています。

 

妹との再会

私が子供の頃、3歳下の妹がいました。いつも私の後ろをついて歩く妹でした。
そんな妹だったので、自然と私の友人とも遊ぶようになり皆に可愛がられていました。ところが、私が10歳の時に妹は突然入院しました。

入院した理由を両親は教えてくれませんでしたが、母親は毎日お見舞いに行き、父親も休日は病院へ母親と通う日々が続きました。もちろん、私も最初の頃は病院へ必ずお見舞いへ行っていましたが、子供なので友人と遊びたい盛りです。だんだんとお見舞いに行く回数が減っていきました。

妹が入院してからは我が家の生活は一変しました。
クリスマスもお正月もなくなりました。夏休みの旅行もです。正直、子供心につまらないと思っていました。

妹の闘病生活が3年目を迎えたクリスマスの日、母親に病院へ行くよう強く言われ仕方なく行きました。久しぶりに見た妹はすっかりやせ細り、私がひと目見ただけでもヤバいんじゃないかと感じました。母親は父親が持ってきたクリスマスケーキを出し、3年ぶりに家族揃ってのクリスマスを迎えました。本当にささやかなクリスマスパーティーでした。しかし妹は、大好きだったはずのケーキすら食べる事が出来ない程に弱っていました。

年が明けて直ぐ、妹は亡くなりました。妹が最後に自分に言った言葉は

「お兄ちゃんお父さんとお母さんを独占してごめんね。大好きだったよ!」

でした。
私は泣いて俺もだ!だから死ぬな!と叫びました。妹にそんな事を言わせた自分自身を後悔しましたが、もう遅かったのです

そんな事があり、私のクリスマスは家族皆が集まった最後の悲しい思い出しかなく、嫌な物として過ごしてきていました。
月日が流れ、高校から大学へと進学しました。
友人達は、恋人を作りクリスマスの予定を立てて楽しそうにしていましたが、私は妹と最後に過ごしたクリスマスを引きずり楽しむ気分にもなれず、アルバイトを入れて毎年過ごしていました。

そんな感じなので、恋人は出来ませんでした。
大学卒業後は、両親の事が心配で地元の企業に就職しました。実家から通勤出来る距離の企業に就職したので、再び実家で暮らしながら仕事へ行っていました。就職して3年も経つと、周りの友人や同期は次々と結婚していきました。

私は就職して5年目に今の妻と出会いました。妻とは同じ年です。
出会いは、友人からの紹介でした。なかなか恋人を作らない私を心配した友人が、ある日妻を紹介してきました。妻とは趣味が合い、意気投合し携帯番号とアドレスを交換して別れました。それから3回程デートをして付き合う様になりました。

しかし、恋人が出来るとやはりクリスマスイベントをやらないといけないのでは…という思いが頭のどこかにあるのです。やはりと言うべきか、彼女はクリスマスの予定を楽しみに立てていました。
そしてクリスマスイブの前日の12月23日。後輩のAが発注ミスをしてしまい、急遽会社へ出社して対応することになりました。
当時付き合っていた妻にはメールで

「クリスマスは仕事で予定キャンセルになるかも。」

と連絡をいれましたが、何とかイブには仕事の方は片付きました。
最終電車がまだあったので、最終で帰宅しようと駅のホームを重い足取りで歩き、電車を待っていると…何と、10歳で亡くなった妹の姿がありました。
妹はにっこりと笑って言いました。

「明日はクリスマスだね。お兄ちゃん、メリークリスマス。彼女良い人だね。結婚しないとダメだよ。お父さんとお母さんよろしく。」

そう言って消えていきました。
自分は、ホームで1人泣きながらメリークリスマスと言っていました。
翌日のクリスマス、妻にプロポーズをして結婚しました。あのクリスマス前日に、妹が出て来てくれなければ今の幸せはなかったと思います。

あの日以来、妹は出て来ていません。

 

遊んでくれた女性

僕が小学校低学年の頃、両親が離婚して一人っ子の僕は母について行きました。
離婚と同時に引越し、新しい学校では友達が出来ず、放課後家に帰っても母は仕事に出ているので、一人でテレビを見ることが多くなってました。

引っ越して、半年たった頃唯一の家族の母が亡くなりました。
母の病気が原因で、父は離婚して私は捨てられたようです。暫くは、近所の同級生の家にいましたが二ヶ月くらいして母の妹の叔母さんの家に引き取られました。

当然友達も出来ず、叔母さんはいい人なのですが気後れして打ち解けられず・・・
記憶があいまいですが、3ヶ月くらいしてから新しい友達が出来ました。何処で会ったのか、どうやって知り合ったのか、何処に住んでいるのか覚えてませんが、やさしいお姉さんでした。友達のいない僕を連れて近くの広場に行って、周りで遊んでいる友達を集めて僕を含めた遊びを提案してくれたり、僕も家に帰ってその事をおばさんに話したり。だんだん、周りが明るくなってきました。

僕はもう直ぐ結婚します、そこでその話をしようと思い、当時の友達に聞いても
「そんな事有った?」

と言われ、叔母さんにも
「そんな話だっけ?」

と言われました。
子供だったので、寂しさのあまり勝手に作り出したのかもしれませんが、叔母さんは

「きっとあなたのお母さんだよ、最後までとても心配してたから」

と言ってくれました。

結婚して、子供が出来たら、大好きで心配性だったお母さんの話を聞かせてあげたいです。

 

朝4時の夢

これは、私が小学3年生の時の話です。

私は両親と弟、父方の祖母の5人で暮らしていました。近所には祖母の兄(叔父)が1人で住んでいました。祖父は私が生まれる前に他界していたので、叔父さんを祖父のように慕っていました。叔父さんも私の事を自分の孫のように凄く可愛がってくれていて、毎日の様に家へ遊びに来ては皆で食事をしたり、勉強を教えて貰ったりしていました。

ある日、叔父さんは体調を崩して入院する事となったのですが…。それから私に不思議な出来事が起こりました。

叔父が入院した翌日、私は朝に鈴の音色を聞いて、ハッっと思い目を開けると自宅の仏壇の前に立っていたのです。
その時は「何で私が仏壇の前に立っているのだろう…?」と、夢なのか寝ぼけているのか分からず不思議に思っていました。すると突然、仏壇から触ってもいないのに鐘の鳴る音が「チーン、チーン、チーン」と聞こえてきました。
我に返り、急に怖くなって慌てて自分の部屋に行き、私は布団に潜り込みました。時計をみると、明け方の4時を指していました。

それからというもの、毎朝「チーン、チーン、チーン」と仏壇の鐘が鳴る音がして、目を開けると仏壇の前に立っている夢をみるようになりました。
さらに夢の中で仏壇の前に立つ私の前へ光が現れる様になり、その光の中に誰かがユラユラと揺れて居るのです。毎日同じ夢を見て、人影は次第にハッキリと見える様になってきました。ですがそれは私が見た事もない女性で、心当たりもありません。

夢を見た後は必ず目が覚め、時計をみると朝の4時でした。
それから数ヶ月後、私が起きて1階に降りると祖母が

「叔父さんが急変して…。最後に○○ちゃん(私の名前です)に会いたい、って…。」

と泣きながら話をしてきて、叔父さんが亡くなったと分かりました。
叔父さんが入院してからは結局会うことが出来ず、そのまま旅立ってしまった事が悲しくて悲しくて仕方ありませんでした。

「お見舞いに行きたかった。お爺ちゃんに会いたかった。」と、私も涙を流しました。

叔父さんがこの世を去った時間は朝の4時だったそうで、私が夢をみていた時間と偶然なのか分かりませんが、一緒でした。

そして叔父さんのお通夜の時、私は両親達と叔父さんが安置されている場所に行った時に「あっ!」 と声を上げてしまいました。叔父さんが横たわっている横の壁に、観音様の掛け軸が掛けてあったのですが、その掛け軸の観音様が私が夢の中で見た光の人影とそっくりだったのです。

家族は「どうしたの?」みたいな顔をしていましたが、私はこの観音様が、叔父さんの死を夢の中で私に教えてくれていたのかも知れないと思いました。しばらく私達は叔父さんを囲みながら、泣いていました。

私は1人でも病院に行けば良かったと後悔し、心の中で「叔父さん、会いに行けなくてごめんね。」と何度も何度も謝っていました。

するとそのうち、両親や祖母や叔父さんのお友達がザワつき始めました。
何だろうと思っていると、壁にある観音様の掛け軸を指差して驚きの声を上げています。
信じられない話なのですが、なんと観音様の目から涙?が流れ出ていたのです。
今でもこの現象は謎のままなのですが、私は子供ながらに

「きっと、叔父さんが私の心の声を天国から聞いていたのかな?」

と感じ、今でもそう思っています。
叔父さんが亡くなってからは、仏壇の前に立つ夢をみる事は無くなりました。
その代わり、毎日仏壇に手を合わせて「叔父さん、行ってきます。」と心で話ながら出掛けるのが、私の日課となっています。

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