もらったコーヒーを飲み終わった頃にAが浮かない表情で戻ってきた。
奥まで走ってきたAによると、あの林道は途中で消滅して獣道になっていたそうだ。
どこからか水の音はするが沢は確認できず、俺が見たという滝もとうとう
見つけられなかったと不思議がっていた。
獣道はもう少し奥に続いているようだったが、あまりにも細く険しすぎて
俺一人が夕闇のなか走破できる訳がないと思って引き返してきたとの事だった。
そして帰りの道すがらまるで俺を誘導するかのように一定間隔で建っていた
石柱も、いくら探しても見つける事はできなかったらしい。
ただ、獣道の入り口辺りに朽ち果てた鳥居のような木造物の残骸はあったが、
それに対してAは特段の興味を感じなかった様で、俺が見た滝と広場は
一人で走っている恐怖のあまり勝手に想像したもので構成したものだという
事になってしまった。
これに対して俺はわざと情けない声色で「やっぱりそうだよなぁ錯覚だよなぁ…」
とだけ言っておいたが、Aの話す内容には妙に納得できる自分を自覚していた。
俺が入り込めたのは日没間際「逢う魔ヶ時」の不思議な力と今となっては判らないが
何かしらの偶然が重なった事であの不思議な空間に入る事ができたのだと思えたからだ。
TもAの話を黙って聞いていたがあまり俺に意見を求める事はしてこなかった。
しかしニヤッと笑うと一つだけと前置きして俺にこう聞いてきた。
「なんでスタンドを立てたバイクがぬかるみで倒れたのに
割れたのは右のミラーなんだ?スタンドは左にあるから割れるなら
左じゃぁないのか?」と。
これには俺もシドロモドロになったが、コケたのが恥ずかしくってバイクが
倒れたのだとウソをついたと都合よく二人は勘違いをしてくれたようだった。
また林道突き当たりの場所についてはやはりTはAと同じように
ある種の緊張状態の時に俺が幻覚や錯覚を見たのだろうという事で
決着が付いた様だった。
ピストン林道からメインのガレ場まで戻った俺たちは改めて地図をみてみたが、
正しく読み取った地図の場所はかなりN県に入り込んだ辺りの峡だったらしく
無数に支線がはしっているため持っていた地図の尺度からでは例の林道を
特定するのは困難だった。
またメインルートとピストン林道の分岐点に建っていた石柱も表面が侵食されてしまって
ただの路傍の石かもしれないという事になった。
俺が今回体験した不思議な事はこれが全てだ。
あれからはTとAと3人であの林道を攻めてはいないが定期的に軽く近場の
林道ツーリングを楽しんでいる。
しかし俺のは林道や山の楽しみ方に少しづつ変化がおきていると感じている。
それは山が伝えようとするメッセージに耳を傾けながら走るようになった事だ。
今までは誰が一番早くかっこよく走る事ができるかって事ばかり気にしていたのだが、
最近は山からの何かしらのメッセージを逃さないよう敏感に反応しようとしながら
走ったり休憩ポイントで休憩をしている。
それはたとえば古い石柱や祠があるところでは謙虚な気持ちで走る様にしているし、
本能的に違和感を感じた場所には深入りをしないようになった。
岩や沢が行き先を意図的に塞いでいる様な場所に出くわしたときは
どんなに綺麗な景色が広がっていようと面白そうな林道が続いていようと
無理に突破せず迂回路を探したり時にはUターンする事も覚えた。
「彼の地を乱すな…彼の地を清めよ…彼の地を鎮めよ…」確かに翁面は俺に
そう伝えようとしていた。
その「彼の地」というのは俺が迷い込んだあそこを限定していたのか、
それとも他にも「彼の」地はあるのかもしれない…
おそらくこの板のみんなは俺よりたくさんの、そんな「彼の地」を知っていると思う。
だからむやみに荒らしたり無礼を働く人はここにはいないと思いますが、みなさんが
今度深く山に入ったときはぜひ謙虚に山のメッセージに心を開いてみて欲しい。
きっとこのスレッドの皆さんに山は答えてくれると思うし、そうすれば今回俺が感じた
畏怖の念に押しつぶされそうになるような怖い経験ではなく、
もっと素敵な経験ができると思うからです。
この3人で過去も色々な山々を旅してきたから、俺たちは色々と不思議な経験を沢山している。
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