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『顔』『小人の怪談』『海』など全5話|【短編 師匠シリーズ】洒落怖名作

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『顔』『小人の怪談』『海』など全5話|【短編 師匠シリーズ】洒落怖名作 師匠シリーズ
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『顔』

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?131
423 :顔:2006/06/03(土) 12:07:12 ID:3rNkYIQb0

 

大学1回生の冬。
大学生になってからの1年弱、
大学の先輩でありオカルト道の師匠でもある人と、様々な心霊スポットへ足を踏み入れた俺だったが、
さすがに寒くなってくると出不精になってくる。

正月休みにめずらしく師匠が俺の下宿に遊びに来た。
とくにすることもないので、コタツにもぐりこんで俺はゲームボーイを、師匠はテレビをぼーっと見ていた。
ふと、師匠が「あれ?」と言うので顔を向けると、
テレビにはダイバーによる、どこかの海の海底探査の様子が映っていた。
「この石像って、あ、消えた」
すぐに画面が切り替わったが、一瞬だけ見えた。
地中海のエジプト沖で、海底にヘレニズム期の遺跡が発見されたと、アナウンサーが報じていた。
海底に沈んだ石造りの古代の建造物が、ダイバーの水中カメラに映し出されている。
その映像の中に、崩れた石柱の下敷きになっている石像の姿があったのだ。
なにかの神様だろうそれは、泥の舞う海の底で、苦悶の表情としか思えない顔をしていた。

最初からそんな表情の石像だったとは思えない、不気味な迫力があった。
何ごともなく番組は次のニュースへ移る。
「こんなことって、あるんですかね」と言う俺に、師匠は難しい顔をして話しはじめた。
「廃仏毀釈って知ってる?」
師匠の専攻は仏教美術だ。日本で似たような例を知っているという。
江戸から明治に入り、神仏習合の時代から、仏教にとっては受難といえる神道一党の時代へ変化した時があった。
多くの寺院が打ち壊され、仏具や仏像が焼かれ、
また、神社でも仏教色の強かったところでは多くの仏像が収められていたが、それらもほとんどが処分された。
「中でも密教に対する弾圧は凄まじかった」
吉野の金峰山寺は破壊され、周辺の寺院も次々と襲われたが、その寺の一つで不思議なことがあったという。

僧侶が神官の一党に襲われ、不動明王など密教系の仏像はすべて寺の庭に埋められて、のちに廃寺とされた。
弾圧の熱が収まりはじめたころ、
貴重な仏像が坑されたという話を聞きつけて、近隣の山師的な男がそれを掘り起こそうとした。
ところが、土の中から出てきた仏像は、すべて憤怒の顔をしていたという。
元から憤怒の表情の不動明王はともかく、
柔和なはずの他の仏像までもことごとく、地獄の鬼もかほどではないという凄まじい顔になっていたそうだ。
その怒りに畏れた男は、掘り出した仏像に火をかけた。
木製の仏像は6日間(!)ものあいだ燃え続け、
その間「おーんおーん」という、唸り声のような音を放ち続けたという。
あまりに凄い話に、俺は気がつくと正座していた。

「何年かまえ、人間国宝にもなっている仏師が、外国メディアのインタビューを受けた記事を読んだことがある。
記者が『どうしてこんなに深みのあるアルケイックスマイルを表現できるのでしょうか』と聞くと、
仏師はこう答えた。
『彫るのではない。わらうんだ』
これを聞いたときは痺れたねぇ・・・」
めずらしく師匠が他人を褒めている。
俺は、命を持たない像が感情をあらわすということもあるかも知れない、と思い始めた。
「そうそう、僕が以前、多少心得のある催眠術の技術を使って、面白いことをしたことがある」
なにを言い出したのか、ちょっと不安になった。
「普通の胸像にね、ささやいたんだ。『お前は石にされた人間だよ』」
怖っ。なんてことを考えるんだこの人は。
そしてどうなったのか、あえて聞かなかった。

 

 

『小人の怪談』

189 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/04/27 23:09

 

さて、怪談じゃないけどこんなのはいかかが?

オカルト大好きな俺は、知り合いやサークルの後輩先輩に、節操無く「なんかない?怖い話」と聞きまくる癖がある。
で、俺の歴代の彼女にも聞いてるわけだが、全員1回だけそういう心霊体験をしてるという。
それが変な類似点があって、
一人目が、「おかあさんと一緒に買い物に行った時、道端で小人が踊ってるのを見た」。
二人目が、「北海道に友達と旅行に行ったとき、コロボックルの死骸を見た」。
三人目が、「金縛り中に小人みたいな童女がお腹の上に乗ってた」。

いずれも小人が出てくる。不思議だ。

4年くらい前に俺のオカルト道の師匠が、
「最近小人を見るパターンの怪談が増えている。5ミリの女の亜種もこの変形だ。あんまりいい傾向じゃない」
と言っていた。
いい傾向じゃないとどうだというのか分らなかったが、妙に怖かった。
師匠に彼女の話をすると、「次は多分、大きい人を見てるよ」と予言されたのだが、
去年、久しぶりに彼女ができたので聞いてみると、彼女も一回だけ変な体験をしており、
「夜中に窓の外を、異常に大きな人影が通り過ぎて行った」
ヒィー

今にして思うと、あの師匠の方が怖いわ!
5,6人殺してるという噂が流れてたし。怪人だな。
この人にまつわる話も色々あるが、また今度。

 

『どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか』

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?140
790 :どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか:2006/08/28(月) 21:33:50 ID:9j0TgqFm0

 

師匠が変なことを言うので、おもわず聞き返した。
「だから鉄塔だって」
大学1回生の秋ごろだったと思う。
当時の俺は、サークルの先輩でもあるオカルト道の師匠に、オカルトのイロハを教わっていた。
ベタな話もあれば、中には師匠以外からはあまり聞いたことがないようなものも含まれている。
その時も『テットー』という単語の意味が一瞬分からず、二度聞きをしてしまったのだった。
「鉄塔。てっ・と・う。鉄の塔。アイアン……なんだ、ピラァ?
とにかく見たことないかな。夜中見上げてると、けっこういるよ」
師匠が言うには、郊外の鉄塔に夜行くと、人間の霊がのぼっている姿を見ることが出来るという。
どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか。
そんな疑問のまえに、幽霊が鉄塔にのぼるという前提が俺の中にはない。
脳内の怪談話データベースを検索しても、幽霊と鉄塔に関する話はなかったように思う。
師匠は「えー普通じゃん」と言って真顔でいる。
曰くのある場所だからではなく、鉄塔という記号的な部分に霊が集まるのだと言う。

近所に鉄塔はなかったかと思い返したが、子供のころ近所にあった鉄塔がまっさきに頭に浮かんだ。
夕方学校の帰りにそばを通った、高くそびえる鉄塔と送電線。
日が暮れるころにはその威容も不気味なシルエットになって、俺を見下ろしていた。
確かに夜の鉄塔には妙な怖さがある。
しかし、霊をそこで見たことはないと思う。

師匠の話を聞いてしまうとやたら気になってしまい、俺は近くの鉄塔を探して自転車を飛ばした。
いざどこにあるかとなると自信がなかったが、なんのことはない。鉄塔は遠くからでも丸分かりだった。
住宅街を抜けて川のそばにそびえ立つ姿を見つけると、近くに自転車を止め基部の金網にかきついた。
見上げてみると送電線がない。
ボロボロのプレートに『○×線-12』みたいなことが書いてあった。
おそらく移設工事かなにかで、送電ルートから外れてしまったのだろう。
錆が浮いた赤黒い塔は、怖いというより物寂しい感じがした。
というか、日がまだ落ちていなかった。

近所のコンビニや本屋で時間をつぶして、再び鉄塔へ戻った。
暗くなると俄然雰囲気が違う。人通りもない郊外の鉄塔は、見上げるとその大きさが増したような気さえする。
赤いはずの塔は今は黒い。
それも夜の暗灰色の雲の中にその形の穴が開いたような、吸い込まれそうな黒だった。
風が出てきたようで、立ち入り禁止の金網がカサカサと音を立て、
送電線のない鉄塔からは、その骨組みを吹き抜ける空気が奇妙なうなりをあげていた。

周囲に明かりがなく、目を凝らしてみても鉄塔にはなにも見えない。
オカルトは根気だ。
簡単には諦めない俺は、夜中3時まで座り込んで粘った。
『出る』という噂も逸話もない場所で、そもそも幽霊なんか見られるんだろうか、という疑念もあった。
骨組みに影が座っているようなイメージを投影し続けたが、
なにか見えた気がして目を擦ると、やっぱりそこにはなにもないのだった。
結局、見えないものを見ようとした緊張感から来る疲れで、夜明けも待たずに退散した。

翌日、さっそく報告すると、師匠は妙に嬉しそうな顔をする。
「え?あそこの鉄塔に行った?」
なぜか自分も行くと言いだした。
「だから、何も出ませんでしたよ」と言うと、「だからじゃないか」と変なことを呟いた。

よくわからないまま、昼ひなかに二人してあの鉄塔に行った。
昼間に見るとあの夜の不気味さは薄れて、ただの錆付いた老兵という風体だった。
すると師匠が顎をさすりながら、「ここは有名な心霊スポットだったんだ」と言った。
頭からガソリンをかぶって焼身自殺をした人がいたらしい。
夜中この鉄塔の前を通ると熱い熱いとすすり泣く声が聞こえる、という噂があったそうだ。

「あのあたりに黒い染みがあった」
金網越しに師匠が指差すその先には、今は染みらしきものは見えない。
「なにか感じますか」と師匠に問うも、首を横に振る。
「僕も見たことがあったんだ。自殺者の霊をここで」
そう言う師匠は、焦点の遠い目をしている。
「今はいない」
独り言のように呟く。
「そうか。どうして鉄塔にのぼるのか、わかった気がする」
そして、陽をあびて鈍く輝く鉄の塔を見上げるのだった。
俺にはわからなかった。聞いても「秘密」とはぐらかされた。

師匠が勝手に立て、勝手に答えに辿りついた命題は、それきり話題にのぼることはなかった。
けれど今では鉄塔を見るたび思う。
この世から消滅したがっている霊が、現世を離れるために、
『鉄塔』という空へ伸びる、シンボリックな建築物をのぼるのではないだろうか。
長い階段や高層ビルではだめなのだろう。
その先が人の世界に通じている限りは。

 

 

『海』

死ぬ程洒落にならない怖い話をあつめてみない?151
386 :海  ◆oJUBn2VTGE:2006/12/02(土) 14:22:40 ID:Q8VwWIU/0

 

大学2回生の夏。
俺は大学の先輩と海へ行った。
照りつける太陽とも水着の女性とも無縁の薄ら寒い夜の海へ。
俺は先輩の操る小型船の舳先で震えながら、どうしてこんなことになったのか考えていた。
眼下にはゆらゆらと揺らめく海面だけがあり、その深さの底はうかがい知れない。
ときどき自分の顔がぐにゃぐにゃと歪み、波の中にだれとも知れない人の横顔が見えるような気がした。
遠い陸地の影は不気味なシルエットを横たえ、
時々かすかな灯台の光が緞帳のような雲を、空の底に浮かび上がらせている。
「海の音を採りに行こう」という先輩の誘いは、抗いがたい力を秘めていた。
オカルト道の師匠でもあるその人のコレクションの中には、あやしげなカセットテープがある。
聞かせてもらうと、薄気味の悪い唸り声や、すすり泣くような声、どこの国の言葉とも知れない囁き声、
そんなものが延々と収録されていた。
聞き終わったあとで「あんまり聞くと寿命が縮むよ」と言われてビビリあがり、もう二度と聞くまいと思うが、
しばらくすると何故かまた聞きたくなるのだった。
うまく聞き取れないヒソヒソ声を、「何と言っているのだろう」という負の期待感で追ってしまう。
そんな様子を面白がり、師匠は「これは海の音だよ」と言って、夜の海へ俺を誘ったのだった。

知り合いのボートを借りた師匠が、慣れた調子でモーターを操って海へ出た頃には、すでに陽は落ちきっていた。
フェリーならいざ知らず、こんな小さな船で海上に出たことのなかった俺は、初めから足が竦んでいた。
「操縦免許持ってるんですか?」と問う俺に、
「登録長3メートル以下なら、小型船舶操縦免許はいらない」と嘯いて、師匠は暗く波立つ海面を滑らせていった。

どれくらい沖に出たのか、師匠はふいにエンジンを止めて、持参していたテープレコーダーの録音ボタンを押した。
風は凪いでいた。
モーターの回転する音が止むとあたりは静かになる。
いや、しばらくするとどこからともなく、海の音とでもいうしかないザワザワした音が漂ってきた。
潮に流されるにまかせてボートは波間に揺れている。
船首から顔を出して海中を覗き込んでいると、底知れない黒い水の中に、
魚の腹と思しき白いものが、時々煌いては消えていった。
師匠は黙ったまま水平線のあたりをじっと見ている。横顔を盗み見ても何を考えているのかわからない。
微かな風の音が耳を撫でていき、
船底から鈍く響いてくるような海鳴りが、どうしようもなく心細く孤独な気分にさせてくれる。
「採れてるんですかね」と言うと、口に指を当てて「シッ」という唇の動きで返された。
何か聞こえるような気もするが、はっきりとはわからない。
そもそも、海の上でいったい何があのテープのような囁きを発するのか。
俺はじっと耳を澄まして、闇の中に腰をおろしていた。

どれくらいたったのか、ざあざあという生ぬるい潮風に顔を突き出したままぼーっとしていると、
ふいに人影のようなものが目の前を横切った。
思わず目で追うと、たしかに人影に見える。漂流物とは思わなかった。
なぜならそれは、子供の背丈ほども海面に出ていたからだ。
俺は固まったまま動けない。
ただゆらゆら揺れながら遠ざかっていく暗い人影から目を離せないでいた。
海の只中であり、樹や、まして人間が立てるような水深のはずがない。
視界は狭く、ゆっくりと人影は闇の中へ消えていったが、俺は震える声で「あれはなんでしょうか」と言った。
師匠は首を振り、「海はわからないことだらけだ」とだけ呟いた。
懐中電灯をつけたくなる衝動にかられたが、なにか余計なものを見てしまう気がして出来なかった。
ガチンという音がして、アナクロなテープレコーダーの録音ボタンが元にもどった。
自動的に巻き戻しがはじまり、シャァーという音がやけに大きく響く。
師匠がテレコの方へ移動する気配があり、わずかに船が揺れた。
「聞いてみる?」
そんな声がした。
ここで?
俺は無理だ。俺や師匠の部屋ならいい。いや、あえていえば、普通の心霊スポットくらいなら大丈夫だ。
しかしここは、陸地から離れて波間に漂うここは、海面より上も下も人間の領域ではないという皮膚感覚があった。
『三界に家無し』という単語がなぜか頭に浮かび、頼るもののない心細さが猛烈に襲ってきた。
なにかが気まぐれにこの小さな船をひっくり返しても、この世はそれを許すような、そんな意味不明の悪寒がする。
そんなことを考えながら、船のヘリを渾身の力で掴んだ。
そんな俺にかまわず、師匠はガチャリとボタンを押し込んだ。

思わず耳を塞ぐ。
バランスが崩れないよう足を広げて踏ん張ったまま、俺の世界からは音が消えて、
テレコの前に屈みこんだままの師匠が、停止ボタンを押されたように動かなくなった。
俺はその姿から目を離せなかった。
胸がつまるような潮の生臭さ。板子一枚下は地獄。
ああ、漁師にとってのあの世は海なんだな、と思った。
波に合わせて揺れる師匠の肩口に、人影のようなものが見えた。
ふたたび海に立つ影が、船のすぐ真横を横切ろうとしていた。
顔などは見えない。どこが手で、足でという輪郭すらはっきりわからない。
ただそれが、人影であるということだけがわかるのだった。
師匠がそちらを向いたかと思うと、いきなり何事か怒鳴りつけて船から半身を乗り出した。凄い剣幕だった。
船が一瞬傾いて、反射的に俺は逆方向に体を傾ける。
人影は立ったまま闇の中へ消えていこうとしていた。
師匠は乗り出していた体を引っ込め、船尾のモーターに取り付いた。
俺はバランスを崩し、思わず耳を塞いでいた両手を船の縁につく。
なんだあれ、なんだあれ。
師匠は上気した声でまくしたて、エンジンをかけようとしていた。
回頭して戻る気だ。そう思った俺は、その手にしがみついて「ダメです帰りましょう」と叫んだ。
師匠は俺を振りほどいて言った。
「あたりまえだ、つかまってろ」
すぐにエンジンの大きな音が響き、船は急加速で動き始めた。
塩辛い飛沫が顔にかかるなかで、俺は眼鏡を乱暴に拭きながら、かすかに見える灯台の光を追いかける。
後ろを振り返る勇気はなかった。

後日、師匠が「あのときの録音テープを聞かせてやる」と言った。
結局、俺はまだ聞いてなかったのだ。喉元すぎればというやつで、ノコノコと師匠の部屋へ行った。
「ありえないのが採れてるから」
そんなことを言われては聞かざるを得ない。
テーブルの上にラジカセを置いて再生ボタンを押すと、くぐもったような波の音と風の音が遠くから響いてくる。
耳を近づけて聞いていると、そのなかに混じってなにか別の音が入っているような気がした。
ボリュームを上げてみると確かに聞こえる。
ざあざあでもごうごうでもない、なにか規則正しい音の繋がり。それが延々と繰り返されている。
もっとボリュームを上げると、音が割れはじめて逆に聞こえない。
上手く調整しながらひたすら耳を傾けていると、それは二つの単語で出来ていることがわかった。
人の声とも自然の音ともとれる、なんとも言えない響き。
その単語を聞き取れた瞬間、俺は思わず腰を浮かせて息をのんだ。
それは紛れもなく、俺と師匠の名前だった。

 

『怖い夢』

死ぬ程洒落にならない怖い話をあつめてみない?151
391 :怖い夢  ◆oJUBn2VTGE:2006/12/02(土) 14:30:15 ID:Q8VwWIU/0

 

幽霊を見る。大怪我をする。変質者に襲われる。
どんな恐怖体験も、夜に見る悪夢一つに勝てない。
そんなことを思う。
実は昨日の夜、こんな夢を見たばかりなのだ。

自分が首だけになって、家の中を彷徨っている。
なんでもいいから今日が何月何日なのか知りたくて、カレンダーを探している。
誰もいない廊下をノロノロと進む。
その視界がいつもより低くて、ああ自分はやっぱり首だけなんだと思うと、それがやけに悲しかった。
ウオーッと叫びながら台所にやってくると、母親がこちらに背を向けて流し台の前に立っている。
ついさっきのことなのに何故かもう忘れてしまったが、俺はなにか凄く恐ろしいことを言いながら母親を振り向かせた。
するとその顔が、   だった。

という夢。
こんな夢でも、体験した人間は身も凍る恐怖を味わう。
しかし、それを他人に伝えるのは難しい。
4時間しか経っていないのに、すでに目が覚める直前のシーンが思い出せない。
けれど、怖かったという感覚だけが澱のように残っている。
そんな恐怖を誰かと共有したくて、人は不完全な夢の話を語る。
しかし上手く伝えられず、『怖かった』という主観ばかり並べ立てる。
えてしてそういう話はつまらない。もちろん怖くもない。
それを経験上わかっているから、俺はあまり怖い夢の話を人に語らない。
いや、違うのかもしれない。
怖い夢を語るというのは、人前で裸になるようなものだと、心のどこかで思っているのかもしれない。
それは情けなく、恥ずべきものなのだろう。
夢の中の恐怖の材料は、すべて自分自身の投影にすぎない。
結局、自分のズボンのポケットに入っているものに怯えるようなものなのだから。

大学2回生の春。
俺は朝からパチンコに行こうと身支度を整えていた。目覚まし時計まで掛けて、実に勤勉なことだ。
その情熱のわずかでも大学の授業へ向ければ、もっとましな人生になったかと思うと少し悲しい。
ズボンを履こうとしているときに電話が鳴り、一瞬びくっとしたあと受話器をとると、『すぐ来い』という女性の声が聞こえてきた。
オカルト仲間の京介さんという人だ。『京介』はネット上のハンドルネームである。
困りごとがあってこっちから掛けることはよくあったが、あちらから電話を掛けてくるなんて実にめずらしかった。
俺はパチンコの予定をキャンセルして、京介さんの家へ向かった。

何度か足を踏み入れたマンションのドアをノックすると、禁煙パイポを咥えた京介さんがジーンズ姿で出てきた。
いったい何事かとドキドキしながら、そして少しワクワクしながら部屋に上がり、ソファに座る。
「まあ聞け」と言って京介さんは、テーブルの椅子にあぐらをかき語り始めた。
「すげー怖いことがあったんだ」
声が上ずり落ち着かないその様子は、いつもの飄々とした京介さんのイメージとは違っていた。

「一人でボーリングしてたら、やたらガーターばっかりなんだ。
なんでこんな調子悪いかなと思ってると、トイレの前で誰かが手招きしてるんだよ。
なんだあれって思いながら続けてると、またガーター連発。
知らないだろうけど私、アベレージで180は行くんだよ。ありえないわけ。
それでまたちらっとトイレの方を見たら、誰かがすっと中に消えるところだったんだけど、
その手がヒラヒラまた手招きしてる。
気になってそっちへ行ってみたら、清掃中って張り紙がしてあった。
でも確かにナカに誰か入っていったから、かまわずズカズカ乗り込んだら、ナカ、どうなってたと思う。
女子トイレだったはずなのに、なぜか男子トイレで、
しかもゾンビみたいなやつらが、便器の前にずらっと並んでるわけ。それも行列を作って。
パニックになって私が叫んだら、そいつらが一斉にこっちを振り向いて、
『見るなコラ』みたいなことを言いながら、こっちに近づいて来ようとし始めたんだよ。
目なんか半分垂れ下がってるやつとかいるし。
そいつらがみんな皮がズルズルになった手を、こう、ぐっと伸ばして・・・・・・」

そこまで聞いて、俺は京介さんを止めた。
「ちょっと、ちょっと待ってください。それってもしかして、ていうか、もしかしなくても夢ですよね」
「そうだよ。すげー怖い夢」
京介さんは両手を胸の前に伸ばした格好のままできょとんとしていた。
そのころから、他人の夢の話は怖くないという達観をしていた俺は、
尻のあたりがムズムズするような感覚を味わっていた。

自分の見た怖い夢の話をする人は、相手の反応が悪いとやたら力が入りはじめ、余計に上滑りをしていくものなのだ。
「まあ聞けよ。そのゾンビどもから逃げたあとが凄かったんだ」
話を無理やり再開した京介さんの冒険談を、俺は俯いてじっと聞いていた。
この人は朝っぱらから、自分の見た怖い夢を語るために俺を呼び出したらしい。
まるっきりいつもの京介さんらしくない。いや、京介さんらしいのか。
夢の話は続く。

俺は俯いたまま、やがて涙をこぼした。
「……それで、自分の部屋まで逃げてきたところで、て、おい。なんで泣く。おい。泣くな。なんで泣くんだ」
俺は自然にあふれ出る涙を止めることができなかった。
視線の端には水が抜かれた大きな水槽がある。京介さんを長い間苦しめてきたその水槽が。
「泣くなってば、おい。困ったな。泣くなよ」
俺はすべてが終わったことを、そのとき初めて知ったのだった。
去年の夏から続く、一連の悪夢が終わったことを。
結局俺は最後は蚊帳の外で。なんの役にも立てず。
京介さんや彼女を助けた人たちの長い夜を、俺は翌朝のパチンコをする夢で過ごしていたのだった。
「まいったな。泣くほど怖いのか。こどもかキミは」
泣くほど情けなくて、恥ずべきで、
そして、ポケットに入れた魔除けのお守りをすべて投げ出したくなるほど嬉しかった。
京介さんが夢を見た朝が、どうしようもなく嬉しかった。

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