『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

俺は、療養中のユファに面会に行った。
精神医療のことは全く判らないので、医師の指示に従うしかなかったのだが、マミはユファには会わせない方が良いらしい。
死相の浮かんだユファは、痩せこけて老婆のようだった。
俺は、カサカサで骨張った小さな手を握った。
俺が手を握ると、ユファが目を覚ました。
暫く無言の状態が続いたが、俺は特に答えを聞くつもりもなく言った。
「俺たち、なんでこんな風になっちまたのかな……」
ユファが俺を見つめながら言った。
「あなたの妹さん……久子ちゃんって言ったかしら?
あの子に言われたのよ……お兄ちゃんは、ずっと無理をしているって。
私と付き合うようになってから、あなたが全然笑わなくなったって……
お兄ちゃんのことが好きじゃないなら、もう解放してあげて下さいってね。
泣きながらよ?……ブラコンよね、重症の」
「ブラコンについては、お前は人のことは言えないだろ?」
「そうかもね。でもね、妹さんに言われて、納得したわ。
私、付き合っている間、あなたの笑顔を見たことなかったもの。
子供の頃、お兄ちゃんやミユキたちと遊んでいた頃は、あなたはよく笑っていたのにね。
私、あなたの笑顔が大好きだったの」

「無理をしていると言えばそうだったかもな。
臭い言い方をすれば、お前は俺にとっては眩しすぎたから。
周りの連中にも言われていたけれど、俺は、お前とは釣り合っていないってね。
妙なコンプレックスを感じていたのは確かだよ。
結局、俺はお前と向き合うことから逃げていたんだよな」
「馬鹿ね。私から、あなたに告白したのよ……周りから何を言われても関係ないじゃない?
何も気にしないで、私だけ見てくれていたら良かったのにね」
「そうだな」
「あのクリスマスの夜……なんで、途中で止めて、何もしないで帰っちゃったの?すごく、悲しかった」
「お前に拒絶されたと思って……判っているよ、俺がヘタレだったんだよ。
妙なコンプレックスを持っていて、萎縮してしまったんだ」
「私たち、付き合うのが少し早すぎたのかもね……もう少し、大人になってから付き合えば、幸せになれたかも。
少なくとも、マミをあんな風にはさせなかった……あの子を愛してあげられたかも知れないのにね」
「……」
「あの子が、あなたの子だったら……」

「苦労することが分かっていても、お前はあの子を産んだ……堕ろすって選択肢だってあったのにな。
それに、あの子を産んだあとだって、捨てると言う選択肢があったはずだ。
でも、お前はそうしなかった。……それは、心の底では、お前があの子を愛してるってことじゃないか?
そうでなければ、俺は今日、お前に会いに来ることはなかったよ」
「でもね、あの子を見ていると、お兄ちゃんやミユキ、それにあなたを裏切った自分の愚かさを突き付けられるのよ。
自業自得なのは分かっているの。それなのに……何の罪もないあの子を傷つけてしまうのよ。
わたし、あの子の笑ったところを一度も見たことがない……」
ユファは泣き始めた。そして、言った。
「こんなことを頼めた義理ではないのは判っている。
でも、私にはあの子の事を見届ける時間はないと思うから……あの子のことをお願いします」

その後、色々とあったが、俺と妹が両親に頼み込み、弁護士の友人や、その他多くの人々の働きがあって、マミは俺の実家に身を寄せることになった。

夕食のあと、俺は父の書斎に行った。
そこで、両親に切り出された。
「マミちゃんの事なんだが……素子と久子の了解はとってある。
後は、お前の了解を得るだけなんだ」
「……なんだよ」
「あの子の事情は、全て知っている。
その上での事なんだが、お前さえよければ、あの子を養女に迎えたいんだ。
私と母さんが生きている間にあの子を嫁にでも出してあげられれば良いのだけど、父さんも母さんも、もう年だからな」
「いい話じゃないか。俺に異存はないよ。ありがとう」
「そうか!あの子の前で揉めるのは避けたかったんだ。それじゃ、あの子に話してみるよ」

思いがけない形で、俺の心残りだった懸案は片付いたようだ。
思い残すことは、もうない。
これまでのマミの人生はあまりに辛く、酷いものだった。
すぐには無理かもしれないが、人並みに学び、人並みに遊んで、人並みに恋をして、泣いて、そして笑って欲しいのだ。
マミが幸せで、いつも笑顔でいてくれるなら、俺のこれまでにあったこと全てに意味が見出せるだろう。
例え、明日『定められた日』が来ても、俺は満足できるに違いない。

[完]

 

1 / 4 話:黒猫』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

2/ 4 話:『呪いの井戸』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

3/ 4 話:『日系朝鮮人』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

4/ 4 話:『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

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