『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

報告書には無かったので俺は調査会社の男に「三瀬は、いまどうしているんだ?」と尋ねた。
何度か留年を重ねて大学を卒業した後、三瀬は一旦就職したが、すぐに退職して無職だったようだ。
ユファのヒモを続けていたのだろう。
その後、ユファに逃げられ、覚せい剤取締法違反で逮捕され収監されている。
自己使用だけでなく売人もやっていたようだ。
出所後、更に2度収監され、今でも中毒者ということだった。
俺は、更に報告書を読み進めた。

三瀬から逃げたユファは、迫田というチンピラの情婦になっていた。
迫田は薬物事犯や暴力事犯での逮捕歴が二桁近くある男で、関東の某組から『赤札破門』『関東所払い』を受けて流れて来たようだ。
通常の破門ならば拾ってくれる組もあったのだろうが、『赤札破門』の迫田を拾ってくれる組は無く、当然堅気にも戻れなかった。
迫田はユファを使って『美人局』を行って生計を立てていたようだ。
確かに、読んでいて辛い内容だった。
だが、最後の項目を目にした俺は、激しい怒りに捕らわれた。
信じ難く、許せない内容だった。
李先輩やおばさんが生きていたら、絶対に許さなかっただろう。
俺は、調査会社の男に「これは本当なのか?」と、確認した。
「本当の事だ」
ユファと迫田は、ユファの娘を使って『美人局』を行っていたのだ。

ユファの調査は進めたが、俺はユファと、できれば直接に関わるつもりは無かった。
だが、無視する事は出来なかった。
絶縁したとはいえ、李先輩が生きていて、この事を知ったならば、やはり放置しなかったはずだからだ。
こんな形で、この事を知ったのは先輩の導きかもしれない。
この際、ユファの事はどうでもよかった。
だが、ユファの娘は何とかしたかった。
巡り合わせ次第では、俺の『娘』だったかも知れない子だからだ。
俺はユファ達の棲む町へと向かった。

事に移る前に、俺は地元のヤクザに金を包み、話を通しに行った。
話はすんなりと進んだ。
「ああ、あの胸糞の悪いチンピラと朝鮮ピーだな。
最近調子に乗りすぎていて、目障りだったんだ。好きにしてかまわない。手出しも口出しもしないよ」
そう言って、そのヤクザはユファの娘を拾う方法まで教えてくれた。

ユファの娘が客を拾っていたのは、川沿いのラブホテル街だった。
夜の通りに7・8人の30代から50代くらいまでの中年女性が立っていた。
女を物色していると思われる男たちが、川沿いを何度も往復していた。
往復している男たちに女が世間話を装って話しかけ、見極めたうえで交渉に入るようだ。
俺は男たちに倣って川沿いの道を何往復かしてみた。
ユファの娘らしき女は立っていなかった。
それはそれで構わない。
やがて、一人の女が話しかけてきた。
「お兄さん、さっきからずっと歩いてるよね。夜のお散歩?」
「まあね」
少し雑談していると、女が切り出してきた。
「お兄さん、これから遊びに行かない?」
「遊び?」
「判ってるんでしょ?ホテル代別でショートでイチゴー、ロングなら3だけど、お兄さんならニーゴでいいわよ?」
「今日はいいや」
「お目当ての子が居るの?」
「ああ。この辺に高校生くらいの子が立ってるって、ネットで見てさ」
「ああ、あの子ね。あの子は火曜日か木曜日にしか来ないよ。
その先のローOンの前の橋のところに10時位から立つけど……止めた方がいいわよ」
「なんで?」
「あの子、お客の財布からお金を抜くのよ。それがばれると……判るでしょ?」
「美人局か」
「そうそう!それで、悪い噂が立っちゃって、私たちも迷惑してるのよね」
俺は女と別れて、その日は撤収した。

何度か空振りした末に、俺はユファの娘を捕まえる事に成功した。
「ホテル代別で3。朝までなら5よ」
「お、強気だね」
「嫌なら……別にいいんだよ」
金髪にして、少し荒んだ感じだったが、娘には昔のユファの面影が確かにあった。
まだ幼い顔立ちと、細すぎる肩。
正直、胸が痛んだ。
「OK!5だな。朝まで楽しもうぜ」
俺は、彼女に付いて少し先のラブホテルに入った。
「お金。前金でお願い」
「嫌だね」
「……それなら帰る」
「それも駄目だ」
「……お金、出しておいた方がいいよ?」
「迫田には連絡したのか?まだだったら電話しろよ」
彼女は、驚いてはいたが妙に落ち着いていた。
「あなた、警察の人?」
「いいや。……妙に落ち着いてるんだな」
「そう?……私なんて、どうなっても、……どうでもいいから」
彼女の手首にはリストカットの痕が幾筋も残っていた。
「逃げた方がいいわよ?迫田って、無茶苦茶だから。オジサン、殺されちゃうよ」
「俺が逃げたら、お前が酷い目に合うんじゃないか?」
「そうかもね。でも、殺されはしないだろうし……。
『仕事』をしなくちゃいけないから、そんなに酷くはやられないと思う……」
正直、痛ましくってやっていられなかった。

「どうせ、下の出口にでも待ってるんだろ?とりあえず、ここに呼べよ」
彼女が電話すると直ぐに迫田が上がってきた。
ドアの鍵は開いていた。
室内に入って「てめえ、人の娘に……」と言うか言わないかのタイミングで俺は迫田に襲い掛かった。
虚を衝かれ、怒りに歯止めが利かなくなった俺の暴力に晒された迫田は動かなくなっていた。
まあ、死にはしないだろう。
こんなクズは、死んだところで問題はないが、死んだら死んだで面倒なので生きていた方が都合は良かった。
「こいつ、お前の親父なの?」
「違うよ。母さんのオトコ」
「お前の母さんは、……お前がこんな事をさせられているのを知ってるのか?」
「……うん」
「お前の本当の父親は?」
「良くは知らないけど、母さんを捨てて逃げちゃったらしいよ。私のせいだって」
「……そうか」
「オジサン、何なの?私をどうするつもり?」
「どうもしないよ。俺は、李 ユファの、……君のお母さんの昔の知り合いなんだ。
君のお母さんに会いたい。案内してくれないか?」
「いいよ」

車の中で聞かれた。
「オジサンは母さんの昔の知り合いなんでしょ?
私のお父さん、母さんの彼氏だった人のこと、……どんな人だったか知ってる?」
「さあな。俺は中学生の頃の同級生だから」
「……そうなんだ。ほら、そこの角を右に曲がって……あれよ」
ユファ達が住んでいたのは、三階建てのコンクリート作りの建物が5棟ほど建った古い団地だった。
建物のひとつの階段を上り、二階の右側の鉄扉を彼女が開けるとアルコールと生ゴミの混ざったような悪臭が鼻を突いた。
室内はゴミが散乱していて汚い。
彼女が「ただいま……」と消え入りそうな弱々しい声を発すると、灯りの消えた真っ暗な部屋の奥から女の声が聞こえた。
「あ……ん?早いんじゃない?あの人はどうしたの?一緒じゃないの?」
彼女は俯いたまま、黙って立ち尽くしていた。
「黙っていないで、何とか言え!」
怒号と共に何かが飛んできた。
飲み残しの入ったビールの空き缶だった。
ブチッと、俺の中で何かが切れるのを感じた。
俺は、明かりを点けて部屋の奥に踏み込んだ。
何日も櫛を通していないようなボサボサ髪に薄汚れて犬小屋の毛布のような臭気を発するTシャツ一枚の女が眩しそうに顔をしかめた。

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