「とにかく、気にしすぎだと思うぜ?
どうしてもと言うなら御祓いの紹介くらいはするけど。
気になって眠れないとかなら、心療内科でカウンセリングでも受けた方が良いよ。
御祓いなんて、所詮、気休めでしかないからな」
そう言って、俺は藤田と別れた。
後日、Pに会ったとき、多少の抗議を込めて藤田と彼に聞いた事を話した。
睨む様な目付きでPは俺に向かって言った。
「お前は、その時、何も気付かなかったのか?」
「何のことだ?」
「俺は藤田にお前のことを話したりはしていない。
それは無理な相談だからな。
藤田は、ずいぶん前に死んでいるよ」
「……本当か?」
「本当だ。俺達が高校に進学して直ぐだよ。首吊り自殺だ。
藤田のお袋さんは、ウチの店でずっとパートで働いていたからな。通夜にも行ったよ」
俺は言葉を失った。
Pは、彼の知っている事情を話し始めた。
藤田と川村、青木は幼稚園の頃からの幼馴染だったらしい。
俺に藤田についての記憶が無いのは無理の無いことだった。
藤田は1年生の3学期から不登校となり、その後、1度も登校していないからだ。
藤田の不登校の原因は、川村、青木を中心とするグループによる『いじめ』だった。
いじめグループにはユファも居たそうだ。
クラス内で求心力のあった川村たちの行動に異を唱える者はいなかった。
藤田へのクラスメイトのいじめはエスカレートして行った。
そんなクラスメイト達の行動を諌めた者が一人だけいた。
ユファの幼馴染、菅田ミユキだった。
だが、菅田の諌言は、いじめグループの行動の火に油を注ぐ結果となった。
藤田は、菅田の目の前で下半身を裸にされて、射精するまでセンズリを扱かされたらしい。
耐え難い、惨い虐めだ。
菅田の前で藤田にセンズリを扱かせようと提案したのはヒロコだったそうだ。
翌日から、藤田が登校することは二度と無かった。
藤田が不登校になると『いじめ』のターゲットは菅田に変わったようだ。
1学年11クラスあった中での他のクラスの事でもあったし、当時の俺は全く気付かず、今、Pに聞いて初めて知った事実だった。
「待てよ、それじゃ、藤田が『エンジェル様』に参加するのは……」
「まあ、常識的に考えて無理だろうな。でも、お前の話は大筋で合っているよ。
ところで、お前さ、『エンジェル様』のルールって知ってる?」
「知らない。やったこと無いからな」
「他ではどうだか知らないけれど、俺達の学校で流行った『エンジェル様』は、必ず5人でやるんだよ。
それ以上でも、それ以下の人数でも駄目なんだ」
「えっ?……川村、青木、ヒロコ、菅田、ユファで5人だぞ?」
「……或いは、エンジェル様の鉛筆を藤田が動かしたと言う話は、本当なのかもしれないな」
俺は気になって、Pに疑問をぶつけた。
「お前、随分と事情に詳しいんだな?」
Pは、これまでの長い付き合いで始めて見せるような、苦い表情で言った。
「いま、俺が関わっている案件のクライアントに関わることだからな……。
中学時代の同級生を当たって調べたんだよ。
お前の為にも、クライアントの為にも、お前だけには知られたくは無かったんだ。
だが、こんな形でお前に知れるのは、何かの縁なんだろうな」
思いもしなかった形で、過去の黒い影が俺を捉えた瞬間だった。
後日、俺はPのクライアントに引き合わされた。
高校時代、俺の彼女だったユファの幼馴染で、中学時代の同級生だった菅田ミユキだった。
ミユキが現れたことも驚きだったが、俺を見た彼女の反応は更に俺を驚かせた。
「P君、なんでXX君を連れてきたの!」
物凄い剣幕だった。……女のヒステリーは苦手だ。
俺は彼女に嫌われるようなことをしていたかな?
少々怯み気味に俺はミユキに言葉を掛けた。
「久しぶり……その、なんだ、俺がここに来ちゃ不味かったのかな?」
Pはミユキを宥めながら、俺がここに来た理由、藤田と『エンジェル様』に関わる話を説明した。
Pの説明の後、俺はミユキに尋ねた。
「何があった?」
Pは一通のミユキ宛の封書を取り出した。
中には紙が一枚。
『エンジェル様』の文字盤だ。
文字盤には赤いペンで、このような文句が書かれていた。
「呪。****」
ミユキによると、****とは、川村が呼び出したと言う、彼女専用の『天使』の名前だそうだ。
「私、藤田君に恨まれているのかな?」
「藤田の不登校の原因になった『あれ』か?
お前は、他のクラスメイト達を諌めて止めようとしたんだ。
『あれ』は、その結果に過ぎない。恨むならもっと恨むべき人間がいるはずだ。
それとも、他に何かあるのか?」
「うん。あのことがある少し前、私、藤田君に告白されたんだ。
嬉しかった。……でも、断ったの。私、他に好きな人がいたから」
「……そうか、でも、それは仕方の無いことだろ?」
「でもね、その事で藤田君、クラスの皆にからかわれていたから。
私が原因なのに、私が余計な口出しをしたから、あんな酷いことをされて……」
「でも、それで藤田がお前の事を恨むとかは無いと思うぞ?」
「そうかな?……そうだと良いのだけど。
……藤田君、死んじゃったんだね。わたし、全然知らなかった」
ミユキはボロボロと涙を流しながら嗚咽を漏らした。
俺は、ミユキが泣き止むのを待って質問した。
「封書の差出人に心当たりはあるの?」
ミユキは中々答えようとしない。
答えないミユキに代わってPが口を開いた。
「お前には知られたくなかったが……由花(ユファ)だよ」
「ユファが何故?お前たち、仲が良かったんじゃないのかよ?」
ミユキは興奮気味に言った。
「私たちが仲が良かったって?本気で言ってる?
XX君って、素直って言うか、本当に昔から鈍いよね。
だから、ユファに裏切られていたことにも気付かなかったんだよね」
ミユキの言葉は俺の胸にチクリと突き刺さった。
「……ごめん。でもね、ユファと私は仲良しなんかじゃない。
私は、小さい頃からユファの奴隷だったわ。
昔からユファは私の持っているものを何でも欲しがって、全て奪って行ったわ」
そう言えば、ミユキは藤田が不登校になった後、ユファ達からいじめを受けていたのだ。
俺やPと同じ高校に進学するはずだったミユキは、県外の私立に進学していた。
いじめが原因……いや、ユファから逃げるためだったのか?
「ねえ、XX君、覚えているかな?
わたし、中3の2学期に入院したことがあったでしょう?」
「ああ、盲腸だったっけ?
内申書の成績が出る一番大事な時期だったからな。
その所為で、県外の私立を受けることになったんだと思っていた。
ほら、お前もH高を受けるとばかり思っていたからさ」
「……私の初体験の相手はトイレのモップの柄だったわ。
力任せに突っ込まれたから、お陰で一生子供の産めない体にされちゃったけどね」
無表情に酷く冷たい目をしながらミユキは語った。
思いがけず聞かされた、余りにエグイ話に俺は言葉を失った。
「ユファに……なのか?」
「ええ……。それと、ヒロコたちね」
俺の中で、楽しかったはずの中学時代の思い出がドロドロとした真っ黒なものに変色していった。
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