迎えの車が来る前に、俺たちは付き添いのキムさんの用意してくれた黒いスウェットのパンツとトレーナー、
サンダル履きの身一つの状態にされた。
そしてキムさんの車に乗って出発。
高速に乗って二つ先のインターで降りた。
車はインター近くの大型電気店の駐車場に入った。
キムさんは俺たちに便所に行って来いと言った。
車に戻ると後部座席に座らされ、薬を飲むように言われた。
睡眠薬だと言う。
俺たちはキムさんの言葉に従った。薬を飲んで暫くすると睡魔が襲ってきた。
目が覚めたとき、俺たちは工事現場などのプレハブ事務所のような建物の床に転がされていた。
少し離れた所に体格の良い40代位の男が胡坐をかいて座っていた。
この男がマサさんだった。
俺が体を起すとマサさんは無言で冷蔵庫を開けペットボトルの水をわたした。
喉が焼け付くように渇いていた俺は2L入りのペットボトルの半分以上を一気に飲み干した。
やがてPも目を覚ました。
Pが水を飲み終わるとマサさんが始めて口を開いた。
マサ:「カンさんから話しは聞いている。私の方で調べて状況も判っている。
私の指示には絶対に従ってもらうが、判らない事があれば聞いてくれ。
長い付き合いになる、遠慮はしなくていい。仕事に差し支えない範囲で要望も聞こう」
俺:「随分と回りくどい連れてこられ方をしたが、何か意味はあるのか?」
マサ:「君たちに取り憑いているのは一種の生霊だ。
そっちの兄さんの実家とホテルの部屋を浄化した水を君達に飲んでもらった。
キムさんの家に泊まって飯を食っただろう?ガッチリと取り憑いてはいるが、念には念をってやつだ」
P:「ふざけるな、何でそんな真似を!」
マサ:「生霊って奴は案外視野が狭い。取り憑いたら人にせよ場所にせよ、それしか目に入らない。
君等がキムさんの所にいる間にホテルと実家に結界を結んだ。
他に行き場のない生霊は君たちに取り付いているしかないが、君達がここに来るまでの道程も、
帰る道も判らないように、生霊にも間の道はわからない。
とりあえず呪いも祟りも君達止まりで、君等が取り殺されない限りは他に害は及ばないよ。
家族が助かったんだ、問題ないだろう?」
…あまりの言葉に俺たちは絶句してしまった。…問題大有りだろ!
言葉を失ってしまった俺たちにマサさんは服を脱げと言った。
もう、まな板の上の鯉の心境。
俺たちはマサさんの言葉に従った。
マサさんはバリカンと剃刀を持ってきて、俺たちの髪の毛と眉毛を剃り落とした。
そして、筆と赤黒い酢のような臭いのする液体を持ってきて、
腹ばいに寝かせた俺たちの背中に何かを書き出した。
乾いた文字を見ると十字型に並べられた5文字の梵字だった。
P:「何ですか、これは?」
マサ:「耳無し坊一の話は知っているかい?」
俺:「平家の亡霊から姿を隠す為に全身に経文を書いたのでしたよね?
これは俺達に取り憑いた生霊とやらから身を隠す呪文か何かですか?」
マサ:「ちょっと違うね。まあすぐに判る。この液体は皮膚に付くとちょっとやそっとでは落ちないけれど、
これから行く所では護符が消えると命の保障は出来ないよ。薄くなったらすぐに書いてあげるから気を付けてね」
マサさんは俺たちの髪の毛とシェービングフォームを拭き取ったタオル、
着てきた服とサンダルを火の入った焼却炉に放り込むと、腰にタオルを巻いただけの俺たちを車に乗せた。
車に乗ると俺達はアイマスクをさせられた。
暫く走ると舗装道路ではなくなったのだろう、車は酷く揺れた。
砂利道に入って5分もしないうちに車は止まった。
マサさんは俺達に少し待てと言った。
車外からはハンマーで鉄を打つような音が聞こえてきた。
実際、長さ50cm、直径5cm程の鉄の杭を地面に打ったのだという。
鉄杭を打つ事で地脈を断ち切り、外界とこの敷地を切り離しているのだと言う。
この敷地にはこの様な鉄杭が他に7本打たれているとマサさんは語った。
この敷地自体が一種の結界なのだと言う。
俺達はこの敷地から一歩たりとも足を踏み出す事を禁じられた。
敷地の中には普通の民家と大きな倉庫のような建物があった。
民家と倉庫の間に立って、マサさんが敷地の奥の方を指差した。
岩の低い崖の手前に小さな井戸のようなものがある。
実際それは深い井戸らしい。直径は60cm程でさほど大きくはない。
その上には一抱えほどもある黒くて丸い、滑らかな表面をした、直径80cmほどの天然石で蓋がしてあった。
井戸の周りには井戸を中心に直径180cmの円上に八方に先程と同じ鉄杭が打たれていると言う。
マサさんは井戸には絶対に近づくな、出来る限り井戸を見るな、井戸のことを考えるなと言った。
井戸に引かれるのだと言う。そして、もし万が一、井戸に引かれる事があっても鉄杭の結界の中に入るなという。
Pがあれは何だと尋ねた。
マサさんはこう答えた。「地獄の入り口だ」と。
季節はまだかなり暑い時期だった。
山に囲まれてはいるが、それほど山奥と言う感じではない。
まだ日も高く、日差しも強い。
しかし、この敷地に入って車から降りた時から何かゾクッとする寒気のようなものを感じた。
流石に、俺にもPにも判っていた。
この土地の「寒気」の中心があの井戸であることが…
まあ、この時には聞かなくても判っていたのだが、俺はマサさんに聞いた。
「背中の護符はあの井戸の中身から俺達の身を守るものなのですね?」
マサ:「そうだ。けれども、あの井戸があるから、君らに憑いた悪霊も君達に手出しする事は出来ないのだ。
君達を取り殺して、結界の中で一瞬でもあの井戸の前に晒されれば、たちまち取り込まれて、
井戸の中の悪霊と一体化してしまうからね。井戸の悪霊は君達の中の悪霊を取り込もうとして引き付ける。
一緒に引き込まれないように気を付けてくれ」
民家はマサさんの居宅だった。
家の中で俺たちは藍染めの作務衣のような服を渡されて着た。
マサさんは妙に薬臭いお茶を飲ませてから俺達に言った。
「その傷を何とかしなくちゃな」
傷の事を言われて始めて気がついたのだが、不思議なことに、この禍々しい土地に入ってから、
あれほど痛んだ傷の痛みはそれほどでもなくなっていた。
俺はそのことをマサさんに話した。
Pも「実は俺もだ」といった。
マサさんは言った。
本来、霊には生霊も死霊も生きている人間の肉体を直接傷付ける力はない。
殆どが怖い「雰囲気」を作るだけ。
相当強い「念」を持った霊でも「幻影」を見せるのが精一杯なのだと言う。
「祟り」で病気になったり、事故に遭ったりするのは祟られた人間の精神に起因する。
「雰囲気」に飲み込まれた人が抱いた「恐怖心」が核になり、雪だるまのように負の想念が大きくなって、
そのストレスにより精神や肉体、或いはその行動に変調を来した状態が「霊障」と呼ばれるものの大部分なのだと言う。
こういった「霊障」の御祓いは、所謂「霊能力者」や正しい儀式でなくとも、
「御祓い」を受ける被験者に信じ込ませる事が出来れば誰にでも出来る催眠術の類らしい。
しかし、俺達の場合は違うのだと言う。
マサさんは俺がユキに斬られた晩の話を聞き、ホテルの部屋を確認したという。
そして、フローリングの床を確認した。
ユキが刀の切っ先をめり込ませた作った傷があり、
俺が投げたライターか灰皿が当って出来たであろう部屋の入り口のドアの小さな凹みと塗装のはがれも発見したと言う。
出しっぱなしになっていたシャワーや小便の水溜りがあった話から、俺達の傷は所謂「霊体」に深手を負わされ、
それが肉体に反映したものだと判断したのだと言う。あの晩の出来事も、Pの体験も夢ではなかったのだ!
そして、そのことから、俺たちの霊体を斬った生霊の背後には「神」とでも言うべき霊格の高い存在が付いているのが判るのだと言う。
でなければ、肉体に外傷として現れるような深手を生きた人間の霊体に負わせることは不可能なのだ。
こういった霊格の高い存在が背後にある場合、祟られたのが朝鮮人の場合、
ごく例外的な場合を除いて通常の除霊も浄霊も不可能なのだと言う。
朝鮮人は「神」の助力を、特に日本国内では得られないのだという。
「個」や「家」ではなく、「血族」を重視する朝鮮人は祖先の「善業」も「悪業」も強くその子孫が受け継ぐのだそうだ。
朝鮮は遥かな過去から大陸の歴代王朝や日本の支配を受けてきた。
そして、同族を蹴落としながら支配者に取り入りつつ、その支配者に呪詛を仕掛け続けてきたのだ。
「恨」という朝鮮人の心性を表す言葉は、朝鮮人の宿業でもあるのだ。
自らを「神」として奉る民族や国家、王朝を呪う者に助力する「神」はいない。
そのような者への助力を頼めば逆にその神の逆鱗に触れかねない。
Pが、御祓いを頼みに行った祈祷師たちに悉く拒絶されたのはその為だったらしい。
「まあ、そのお陰で私の商売も成り立つのだけどね」とマサさんは笑った。
朝鮮人を守ってくれる神様はいないのですか?とPが聞いた。
マサさん曰く、「神」の助力を得るには長い時間をかけた「信仰」ってヤツが必要なのだそうだ。
いや、長い時間を重ねた信仰が「神」を作ると言ってもいい。
朝鮮は支配王朝が変わるたびに文化を変え、信仰まで変えてきた。
しかも、同族同士で呪詛を掛け合っても来た。
民族の「神」がいない訳じゃないけれど、その霊格は高くなりようがない。
儒教は厳密な意味で宗教ではない。
キリストは「神」だけれど、孔子は「神」ではない。
日本や中国と同じ神仏の偶像はいっぱいあるけれど「神」には「なっていない」。
だから朝鮮では、生贄を利用する蟲毒のような「呪詛」、
地脈や方位を巧みに操って大地の「気」を利用する「風水」が発達したのだという。
そして、民族全体が共通して信仰する霊格或いは神格の高い「神」を持たないが故に、
生きた人間が神を僭称し、時に多くの民衆の信仰を集めてしまうのが朝鮮の病弊なのだ。
朝鮮人はある意味、異常な民族なのだという。
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