『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

 

姫の後にシャワーを使わせてもらい、買った服に着替えて出て来ると
ダイニングルームのテーブルに豪華な夕食が並んでいた。
「ね、Sさんは料理が上手でしょ。」 「はい、レストランのフルコースみたいです。」
本当は料理のあまりの見事さに死ぬほど驚いたのだが、料理の出来を褒め過ぎて
昼間のような災難(?)の種になると困るので、極力控えめな表現にしておいた。
でも、最近続いている妙な出来事のせいで体力を消耗している俺にとって
Sさん手作りの美味しい夕食はまさに天の恵みで、本当に有り難かった。

食事が終わり、姫と2人でワイワイ言いながら食器を洗って片付けている間に
Sさんがリビングルームに食後のコーヒーとデザートを用意してくれていた。
ソファに姫と並んで座り、デザートのケーキを姫に半分進呈してコーヒーを飲んでいると
向かいのソファに座ったSさんが少し言い難そうに切り出した。
「さて、じゃあ一通り事情を説明しようかな、ダイジェストで。」
「是非宜しくお願いします。」 「色々と、信じ難い事もあると思うけど。」
う~ん、信じ難いといえば、既に今この事態がかなり信じ難いのですが。

「まず、車を交換してもらった事だけど。」 「はい。」
「君とLがデートしている間に、君の車に結界を張らせて貰いました。」
これ、どんな顔で聞けばいいんだ? 「結界って、あの、吸血鬼撃退用とかの、あれですか?」
「昨夜、君が窓の外で見たものと関係があると言ったら、少しは信じてもらえるかな?」
いきなり心臓を冷たい手で鷲掴みされたように体全体がゾクッとして、思わず立ち上がった。
「ちょっと待って下さい。何故あなたがそれを、あれは一体!」
姫が俺のTシャツの裾を掴んで、心配そうに俺を見上げている。
「少し落ち着いて。順番に説明するから。」 「...はい。」仕方なく腰を下ろした。
「実は、Lが君を好きだと分かった時から、式を飛ばしてずっと君の部屋を監視してたの。」
「そして無事に契約が成立したから、まず式を使って君の部屋に結界を張らせて貰いました。」
「遅かれ早かれ、アイツ等が君の存在に感づくのは分かってたから。」
この人は何を言ってるんだろう? 「あの、式って、アイツ等って、一体何ですか?」
「君、見えたんでしょ?君の部屋に飛ばした式はあれ。」
Sさんの視線の先、ソファの端に、一瞬だけ白い毛の塊が見えた気がした。
「フェレットじゃなくて管(くだ)っていうんです、管狐。可愛いでしょ?」姫が微笑む。
以前あれをフェレットみたいだと思ったのが、既に姫には伝わっていたようだ。
「アイツ等っていうのは、Lの体を手に入れようとしている人々と、その式達。」
とても信じられないが、俺が一言も喋っていないのにSさんは既に俺が見たものを知ってる。
窓を開けて入ってきた白くて小さいフェレットみたいなもの。そして窓の外に浮かぶ目玉。

 

「そして予想してたよりずっと早く、アイツ等は君の存在に気付いて部屋を突き止めた。
君がLを大事に思う気持ちが強かったから、メールの電波を辿られたのかもしれない。」
「じゃあ昨夜、窓の外に浮かんでた目玉は?あれがアイツ等の式なんですか?」
「あれは朽縄(くちなわ)、簡単にいうと蛇の化け物。かなり厄介な部類の式ね。
結界があるから部屋には入れないけど、あなたが部屋から出たらかなり危ない。
特に車で移動している時には狙われやすいの。注意力が運転に向いてるから。」
「だから僕の車に結界を ...今日の車には前もって結界が張ってあったんですね?」
「今日は今朝から管を護衛に着けたけど、毎度毎度それじゃ管の力が活かせない。」
「決まった『場所』を護る方が得意なんですか?」 「君、中々勘が良いわね。」
「寝不足が続くと体調を崩しやすいし、結界越しでも妖気は身体に悪いそうですよ。」
姫は俺の右肩にもたれて眼をぱちぱちしながら喋っているが、かなり眠そうだ。
「君が此処で暮らしてくれれば楽なんだけど、いきなりそれは抵抗あるでしょ?
明日の夜までにはできるだけの手を打っておくつもりだから一応は大丈夫。
でも、いよいよって時には此処で暮らしてもらう事になるわ。覚悟はしておいて。」
姫の頭が俺の右肩からかくっとズレた。もう意識が朦朧としているようだ。
「L、もう寝なさい。久し振りに遠出したし、人ごみも歩いたから疲れてるんでしょ。」
「は~い。Rさん、おやすみなさい。」 俺の頬に軽くキスして立ち上がると
危なげな足取りで姫はリビングを出て行く。その後ろを小さな白い影が追いかけていった。

Sさんは姫を見送ると優しく笑い、テーブルの上にお酒と氷、
炭酸水の瓶、そしてグラスを2つ並べた。そして小さな溜息をつく。
「ふう、たまに沢山喋ると喉が渇くわ。お酒、付き合ってくれるでしょ、もう大人の時間。」
Sさんは慣れた手つきでグラスに氷を入れ、ウイスキーを注いだ。
「あ、俺がやります。」 「変な気を使わないで座ってなさい。」 「はい。」
炭酸水でグラスを満たして軽くステアする。プレーンなハイボールだ。
マニキュアをしていない細い指先が美しい。思わず見惚れてしまう。
「ますます、訳が分からないと思うけど、説明を続けます。」 「お願いします。」
「私とLは、古い陰陽道の家系に生まれたの。陰陽師、知ってる?」 「一応映画とかで。」
「自分達で言うのもなんだけど、結構力がある家系です。え~っと、術の方面だけじゃなく
なんていうか、社会的な影響力という面でも。」 はい、それは先日身を以って知りました。
グラスのハイボールを一口、ぐっと飲んでSさんは話を続けた。俺にもグラスを勧める。
「Lの母親は特に強い力を持っていたけれど、Lを産んで暫くして亡くなったの。
もともと体が弱くて、強すぎる力とLの出産に耐えられなかったから。Lが成長して
母親の力の一部を受け継いでいる事が判ると、アイツ等がLを狙って動き出した。
アイツ等はうちとは分家筋にあたる一族だけど、外法に手を染めてから交流は絶えてた。
それは、もう何十年も前の事だったから、皆、油断してたのね。
でも、Lの父親が殺されてLが奪われた時、それがアイツ等の仕業だと判った。」
「陰陽師はそんな簡単に人を殺す、というか、人を殺せるんですか?」
「あら、もしLを弄んで泣かせるような男がいたら、私も躊躇なくソイツを殺すけど。」
ハイボールをもう一口飲んでSさんは微笑んだ。
あの、眼が笑ってませんよ。やっぱりそれって、俺への警告なんですよね。
「冗談よ、今日はLを大事にしてくれたし。」
「もちろん、これからもLさんを大切にします。」 俺もハイボールを一口飲んだ。

「何とかLを取り戻したけれど、あの娘には既に厄介な術が仕込まれていた。
16歳になるまでに術を無効にしないと、Lはアイツ等の傀儡として代にされてしまう。」
「あの、それは...」 「16歳になった瞬間からLの心は術に喰い尽くされていって、
空っぽになったLの体が、凶悪な鬼神をこの世に呼び出すための媒体に使われるって事。」
また思わず立ち上がった。「ちょっと待って下さい。その術はどうしたら!」
「だから落ち着いて。ちゃんと説明するから。」 「...はい。」今度も仕方なく腰を下ろした。
「16歳までにLを普通の女性に戻せば良いの。そのために君達と契約した。」
「あの、Sさんの力でLさんの術を解いてあげられないんですか?
それにLさんの相手は僕でなくても良かったのでは?」
「そんなに簡単なら、こんな苦労はしません。」
Sさんはグラスを揺らしながら溜息をついた。氷がカラカラと音を立てる。
「効力が長期間持続するような術を使う時には、あるものを代に使うの。
人型だったり水晶だったり、ね。術の元になる『力』を代に封じて術の効力を持続させる。
人の体内に仕込むような10年単位の術では特に代が重要。
それを壊すか燃やすかした後でないと術を解く事は出来ない。
でもLの体に仕込まれた術の代は回収されていないし、回収の見込みも無い。」
「だからあの子が誰かに恋愛感情を持ってくれる以外に術を抑える方法が無かった。
それで色々と手を尽くしたけれど、全然駄目。あの子は異性に全く反応しなかったから。」
「仕込まれた術の影響でLの体は女性的な機能の発達が抑えられてるし、精神的にも
異性に関する感受性とか、性的な事に関する興味は、ほとんど欠落してた。」
「皮肉な話だけど、あの娘が反応したのは君が初めてだったの。それが何故かは判らない。」
「でもLが君を好きでいる間その術は無力だし、妊娠経験者を代に使うことは出来ないから
もしあの娘が母になれたら、その場で術は解ける。今のLの体では妊娠は無理だけど
君を好きでいる間に時間を稼げれば、Lの体も心も普通の女性に近づいていくはず。」
「術が完全に解けるまでは、16才になった後でも安心は出来ない、という事ですか?」
「本当に勘が良いのね。君、素質あるかも。」

 

「君をこんな事に巻き込むのは心苦しいけど、例えばアイツ等が今君を殺したら
Lが君を慕う気持ちが、より強固な状態で、おそらく何年間かは固定されてしまう。
だから、多分アイツ等は君に直接的な危害を加える事は無いと思う。
せめて、これからの半年間、術の最初の期限が過ぎるまでは、契約通り
あの娘の模擬恋愛の相手を続けてもらって、その間に次の手を考えたいの。
君とLが自然に再会して恋愛に発展って筋書きに出来れば良かったけれど、
それじゃどれだけ時間がかかるか分からないし上手くいく保証もない。
だから『模擬恋愛の相手』なんて、少し、ううん、かなり強引なやり方しか無かった。」
「一緒に過ごしたのは1日だけですが、僕は今、Lさんが好きだし、とても大切に思っています。
だから僕の中では、もうこれを『模擬恋愛』だとは思っていません。」
「もし、このまま2人の関係が進展してくれたら、とても有難いと思ってるわ。」
「だからこそ、一応聞いて置きたいんですが。」
「この際だから何でも聞いて頂戴。」
「アイツ等が、僕に直接の危害を加えないだろうという事は解りました。
でもSさん達にとって、確実に目的を達成したいのなら、むしろ僕を」
「やめなさい!」
突然Sさんが俺の言葉を遮った。
「何て事を...」
それから力無くソファの背もたれに体を沈め、深呼吸をしてから静かに呟いた。
「君は、Lに似てる。」
「正直、一族の中には、そういう考え方の者もいる。それは否定しない。
でも、私はそれが根本的な解決方法だとは思っていないし、第一、そんな事したくない。
それに、Lが君の事を好きなままで君を放置すれば、遅かれ早かれアイツ等が君に辿り着く。
そうなれば間違いなく君にも悪影響があるから、そのまま放置する訳にもいかなかった。」
Sさんはもう一度グラスを揺らした後、少しだけハイボールを飲んだ。
「Lはこれまで、あまりに理不尽な不幸を背負わされてきた。だから私は、出来れば
将来あの娘が幸せな女性として暮らせるようにしてやりたいと思ってるの。」
「どんな形であっても、これ以上Lさんに辛い思いはさせたくないという事ですね。」
「そう、だから私は全力で君を守る。信じてくれる?」
Sさんの弱さを見たのは初めてだった。
「もちろん信じます。」

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