『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

「あの、俺、Sさんはすごく綺麗な人だと思います。最初にお会いした時、
正直俺は浮かれてましたし、常連になってくれないかなって下心もありました。」
「今日もこの話を聞いた時、結果がどうなっても、これはラッキーじゃないかって
思ったくらいです。でも、絶対そんな筈ありません。どうして俺なんですか?
貴方みたいな人が、こんな地味な男を不倫の相手に選ぶなんておかしいです。
教えてください。本当の目的は一体何なんです?」
何度かNさんが息を呑む気配があったが、そんな事に構っている余裕は無かった。

少しの沈黙の後、Sさんは困ったような笑顔を浮かべて小さく溜息をついた。
「早とちりはRさんらしいけど、説明を聞いていないんですか?」ちらりとNさんを見る。
「まず、これは不倫相手の依頼じゃないし、相手も私じゃありません。」
え、じゃあ一体?俺もNさんを見たが、腕を組んだまま目を閉じて微動だにしない。
「依頼した模擬恋愛の相手はこの娘です。」 Sさんの隣に座っている女性。
俺はその時、それが誰だか気付いた。あの時の、麦藁帽子の女の子。

「この娘の名はLといいます。私はLの後見人、つまり法的には私がLの保護者です。」
「今、全てを詳しく話す事は出来ませんが、この娘は特殊な環境で育てられました。
身近に年の近い男性が全くおらず、もちろん恋愛感情も知らないままでした。
もし、このまま16歳の誕生日を迎えてしまえば、取り返しのつかない事情があります。
そんな時、たまたま転居したこの土地で、この娘の前にRさんが現れたんです。」
「この娘を普通の娘に戻すために、どうか協力して下さい。お願いします。」

俺は改めてSさんの隣に座っている少女を見た。今日は麦藁帽子をかぶっていない。
良く見れば、Sさんとはタイプが違うが、見た事も無いような美少女だ。
大きく、深く澄んだ双眸が、まっすぐに俺を見つめている。
模擬とはいえ、バイト代貰ってこんな女の子とつきあえるなら、それはそれで...

俺は眼を閉じて頭を振った。いや、これではダメだ。相手が替わっただけで
全く意味が分からない状況は何ひとつ変わってはいない。

「済みませんが、どうして相手が俺なのか、やっぱり全然判らないし、
本当は別の目的があるんじゃないかって思えて仕方ありません。
それに、さっきもお話したように、俺は下心アリアリの、ただの下品な男です。
こんな綺麗な女の子と一緒にいて、間違いを起こさないって自信もありません。」

 

その時、細く涼しい声が響いた。あの少女が頬を紅潮させている。
「この話をお願いしたのは私です。それにRさんは下品な人じゃありません。」
そう言ったきり、少女はSさんの右肩に顔を埋めて泣き出してしまった。

少女の背中を撫でながらSさんが話を続けた。
「さっきもお話しましたが、今、全ての事情を説明する事はできません。
でもRさん、あなたを選んだのは、紛れも無くこのL自身なんです。それに。」
小さく深呼吸して、Sさんはまたもや信じられない事を言った。
「それに、これが模擬恋愛でなくなるなら、それこそ私達の望む所です。」
「つまり、二人の同意の下であれば、間違いが起きてもそちらの責任は問いません。」

この人は一体何を言ってるんだろう?絶句する俺の隣でNさんが口を開いた。
「二人の同意の下であればと仰いますが、コイツを選んだのはそのお嬢さんなんですよね。」
「そうです。」Sさんが淡々と応じる。「ですから、同意でないという事態は事実上有り得ません。」
「この模擬恋愛の結果、例えばお嬢さんが妊娠しても、コイツを犯罪者にはしない、と?」
今度は俺が息を呑む番だった。
「そうです。」Sさんがまた淡々と応じる。「それも全て二人の同意の下という事になります。」
「好意を寄せる男性と模擬恋愛の関わりを持ち続けるだけで十分な効果があるはずですが、
もし本当の恋愛に発展すれば効果が永続し、Lを普通の娘に戻せる可能性が高くなります。」

ますます混乱する俺を尻目に、この後はSさんとNさんの間で条件確認が続いた。
二人の連絡用にSさん側が携帯を用意して俺に貸与する。料金はSさん側が全額負担。
月極めの基本給に加え、デートは別計算で一回毎に臨時給を計上する。
この場合の飲食費やガソリン代等はやはりSさん側が全額負担。
契約期間は半年、経過を見て随時更新。更新の判断は依頼主の意向を元にSさんが行う。
如何なる事態が生じても両者同意の下とし、一切の責任を問わない旨の念書を作成・保管。
あれよあれよという間に相談は進み、気が付けば、真新しい携帯がテーブルの上に置かれ
顧問弁護士のA先生が作成したという念書と契約書に署名していた。

そこまで来て、初めて俺は何かがおかしいと感じた。ちょっと待て、何か変だ。
ここにこの携帯があるって事は、事前に手配が済んでいたって事だよな。
何でこんなに手際が良いんだ?もしかして俺はハメられたのか?
あまりに非現実的な事態に呆然としていると、Nさんがニコニコ笑いながら言う。
「こっちの相談もあるから、後は若い者同士で、な。」SさんとNさんが応接室を出た。
くそ、これじゃまるで見合いじゃないか...え、見合い?
そう、応接室には俺と少女、二人だけが取り残されていた。

 

再び応接室に細く涼しい声が響く。少女はもう泣き止んでいた。
「いきなりこんな面倒な話を持ち込んでしまって、ホントにごめんなさい。」
そしておずおずと続けた。「でも、引き受けてくれて、嬉しいです。」
ほんのり頬を染めた綺麗な女の子が俺の目の前で一生懸命喋ってる。
この事態に萌えずして、一体何に萌えるというのか。
まずい、もう間違いを起こしそうだ。だから俺は駄目だと言ったのに。

しかし、次の言葉で俺は現実に引き戻された。

「あの、今日は私からRさんに連絡をした方が良いですか?
それともRさんからの連絡を待っていた方が良いですか?」

ああ、そうなのだ。同年代の男性と接触した事が無いというこの少女は
事もあろうに、この俺に理想の男性像を重ねて見ている。
俺の部屋、PCの傍に積まれたアダルトDVDの山なんか知らないだろう。
もし、PCのあの画像・動画フォルダの中を見たらどう反応するだろうか。
幻想の恋愛しか知らない少女が「妊娠」なんて言葉に実感を持ってる筈もない。
それに、一緒に街を歩けば、もっとマシな男がぞろぞろいるのがイヤでも判る。
そしたら彼女の幻想は一瞬で...また、数々の惨めな記憶が甦ってきた。
これから半年間、どうやって彼女の幻想を守れば良いというのか。
それにもし、失敗したら俺はどうなる?Nさんは?この何でも屋は?
耐え難い重圧が、ずしりと肩にのしかかって来るのを感じた。

「今日はこれからバイトなので、終わってから連絡します。多分10時頃です。」
とりあえず時間を稼いで、今後の方針を考えなきゃならない。
「はい。私、待っています。」無邪気な、嬉しそうな笑顔。
「では、これで失礼します。」 貸与された携帯をポケットにしまい
応接室のドアを閉めながら、重圧に押しつぶされそうな自分を感じていた。
事務室のソファでは、SさんとNさんがまだ何事か話をしている。
会釈するとSさんは笑顔で応えてくれたが、笑い返すことはできなかった。
「あの人は、なぁ、怖いぞ。」帰り道、軽自動車を運転しながら
耳の中でNさんの台詞が何時までも響いていた。

 

送信日時 6/19 22:05:18
Lさんへ Rより
こんばんは、Rです。少し遅くなってご免なさい。
電話にしようかとも思いましたが、緊張して話ができないと困るのでメールにしました。
実は、僕は今まで女性ときちんとお付き合いしたことがないのでかなり戸惑っています。
もう少し落ち着くまで、メールでの連絡という形にさせてください。
それから、一日一個で良いので、Lさんの事を知るために質問に答えて欲しいんです。
ОKもらえたら最初の質問を送信します。それでは。

いきなり電話して想定外の話題に飛んだら対応できず、馬脚を現しかねない。
話題を限定し、返信までに時間を稼げるメールでの連絡は最善の策だろう。
そしてしばらくの間はメールでの質問であの娘についての情報を得る。
それが3時間あまり考えて捻り出した、俺なりの戦略だった。

着信日時 6/19 22:25:51
Rさんへ Lより
こんばんは、Lです。メールありがとうございます。すごく嬉しいです。
待っている間、電話でちゃんと話せるか心配で私もドキドキしていたので
しばらくメールで連絡を取り合うのは良い考えだと思います。
もちろんRさんからの質問には出来るだけお答えします。
それでは失礼します。

送信日時 6/19 22:34:03
Lさんへ Rより
こんばんは、Rです。返信ありがとうございます。
じゃ、早速最初の質問いきますね。→質問 Lさんは僕のどこが気に入ったのですか?
何故僕が選ばれたのか今でも判らなくて、半信半疑。夢でも見てる気分です。
質問の回答は明日でも構いません。もう遅いので今日はこれで最後のメールにしますね。
明日は今夜より少し早く、9時頃にはメールできると思います。それでは。

着信日時 6/19 22:55:12
Rさんへ Lより
こんばんは、Lです。ご質問にお答えします。
私はRさんの魂が好きです。心、と言った方が良いかもしれません。
私は他者の心を感じ取れます。
自転車の修理をしてもらったとき、Rさんの温かくて穏やかな心を感じました。
だから私がRさんのことを好きなのは現実です。夢なんかじゃありません。
Rさんの心遣いに感謝して、私ももう寝ます。私、実は寝呆助なんです。
明日のメール待ってます。今日は本当にありがとうございました。
それではおやすみなさい。

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