『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

 

夢を見ていた。 暗闇の中、誰かが俺の耳元で囁いている。
女性の声だ。 ああ、俺は知っている。 これは、誰の声だったろう。

「ごめんなさい。2人の意識を同調させたままだったから、
あの時、あなたも引き摺られてしまったのね。でも、もう、戻って。
ここはあなたのいるべき所じゃない。あなたを待っている人の所へ、戻って。」

俺を待っている人? ふと、瞼の裏に姫の顔が浮かんだ。
泣き虫のあの娘は、俺を待っていてくれるのだろうか。
いや、待て。 一体、今日は何日だ?
姫の誕生日は? 姫は無事か?

 

慌てて体を起こすと、俺はベッドの上にいた。 左腕の点滴、真っ白いシーツ。
そして消毒薬の匂い。「病院?」 その時、ドアが開いて何かが落ちた音がした。
床のレジ袋、ペットボトルが回転しながら転がって来る。
「R君!」 病室の入り口にSさんが立っていた。
ベッドの横の椅子に腰を下ろし、Sさんは俺の両手を握った。「良かった。ずっと、待ってた。」
そうだ、思い出した。 Sさんなら、きっと知ってる。 「あの、今日は? Lさんは?」
「大丈夫。確かにKは術を解いてくれていたし、誕生日も無事に過ぎたわ。
とても強い術だから後の手当てが必要だったけど。でも、きっと、もう直ぐ戻れる。」
「それ位ならSさんが。」 Sさんは寂しそうに首を横に振った。「私は、失格だもの。」
「失格?」
「私、あなたを死なせる所だった。あの時、Kが最後にあなたの意識に干渉した時
もう既にKは瀕死の状態で、ただ一途にあなたに会いに来ていたの。
あの干渉にはひとかけらの邪気も無くて、だから私には反撃の方法が無かった。
もし、Kが本当にあなたを連れて行く気だったら、私には止められなかった。
あの時、あなたが連れて行かれていたら、私は。」
一気にそこまで喋るとSさんは黙った。そして俺の両手を握ったまま俯いている。
いつも背筋を伸ばして「うん、良い返事。」と言うSさんらしくないのが、とても哀しかった。
「軍師の作戦を信じたのに、僕は犬死にの、死に損ないですか?」 「え?犬死にって。」
「Sさんを信じて、自分を信じて、僕は必死でした。ただ、Lさんを助けるために。
その為なら死んでも良いと思って頑張ったのに、軍師が自分の作戦を間違ってたと言ったら
作戦を信じて、戦って死んだ兵士はそれこそ犬死にです。
それでもあの作戦が間違っていたと言うんですか。あれが最善の策では無かったと?」
「...あの時の事で、あれ以上の結果は望めなかった。でも、それはあなたが。」
「結果が良かったのなら、作戦が正しかったという事です。作戦が正しかったからこそ
僕は、今ここで生きてます。Sさんのお陰です。失格だなんて、言わないで下さい。」
「ありがとう。でも、『上』に頼んで、暫く休むことにしたの。もう、哀しいだけの戦いは嫌。」
Sさんは何だかとても疲れているように見えた。

俺が昏睡から覚めたのは12月1日だった。月が替わっていて、何か損した気分になった。
担当医からは、俺があの日からずっと昏睡状態で体力はかなり消耗しているが、
意識さえ戻れば特に問題は無いという診断が出ていたそうで、直ぐに退院の許可が下りた。

 

翌日俺は退院して、Sさんの車でお屋敷に帰った。木々の中にそびえる大きな建物は、
初めて此処に来た時と全く変わっていなかった。それが何だかとても、懐かしかった。
あの白いスポーツカーで俺を迎えに来てくれたSさんは幾らか元気になっていて、
消耗した俺に気を使い、入浴や食事、色々と世話を焼いてくれて有難かった。
その夜、Sさんはベッドの中で一晩中俺に寄り添っていてくれたが
何かの拍子に小さくすすり泣く声が聞こえて、あの時に受けたSさんの心の傷が
癒えるのには、まだまだ長い時間が必要なんだろうなと思った。
きっと『あの人』の最後の姿が、Sさんの考え方を変えつつあるのだろう。
でも、俺にはそれが悪い変化だとは思えなかった。
明け方、Sさんが眠ったままで涙を流した時、
昔、母が歌ってくれた子守唄を口ずさみながら、俺はSさんの髪を撫でた。
この優しい人が、せめて暫くの間でもゆっくり休めると良い。そう思いながら。

翌朝、遅い朝食を食べていると、Sさんが「Lは明日帰れるって。」と教えてくれた。
俺の意識が戻って直ぐに知らせたけれど、誕生日から一週間は様子を見てからでないと
帰れないらしい。「『直接話すと帰りたくなるから電話は繋がないで』って言ってたわ。」
「あの娘らしくて、可愛いわね。」とSさんは笑った。 また少し元気になっていた。

姫がお屋敷に帰ってきたのは、12月3日の午後だった。
車の音に気付いて玄関まで迎えに出ると、
脱いだ靴を揃えて立ち上がり、振り向いた姫と眼が合った。
わずか10日余りの間に見違える程大人っぽくなり、
既に大人の女性としての魅力を漂わせ始めていた。そして、
その姿は否応なく『あの人』の記憶を呼び覚まし、俺の胸は痛んだ。

Sさんが姫の荷物を持ってさっさと奥へ引っ込んでしまったので、
何となく気まずい雰囲気の中、2人、玄関先で見つめ合っていた。
黙っているのに耐えられなくなって、俺が先に声を掛けた。
「お帰りなさい。」 「...ただいま。」 ぎこちない会話だが、それは仕方無い。
「無事に帰って来てくれたんですから、あの時の事で言い訳する必要は無さそうですね。」
「馬鹿っ!」
平手が飛んで来た。左頬が派手な音を立てる。
「痛。」

「『あの人』を、あんなに優しく抱き締めて。」
「私を、置いて行こうとして。」
「『あの人』に、最後はあんな言葉を囁いて。」
「誕生日も、一緒にお祝いしてくれなくて。」
「こんなに長く、私を独りぼっちにして。」
「こんなに、心配させて。」
「ちゃんと...言い訳して下さい。」

姫の大きな目に、涙がいっぱい溜まっていた。
俺は姫を抱き寄せた。姫は俺の首に両腕を廻し、声を殺して泣いている。
小さくしゃくりあげる泣き声が、愛しくて愛しくて堪らなかった。

 

「あの時、僕に出来た全ての事を誇りに思っています。後悔はありません。
最初から、『あの人』が貴方の術を解いてくれるなら、何でもすると決めていました。
『あの人』の姿と言葉に心が動きましたが、それを疚しい事だとは少しも思いません。
僕はそうするべきだったし、心からそうしたいと思っていましたから。
そして、貴方が『一番好き』だからこそ、あの時、僕にそれが出来たと思っています。」

姫は両腕を離して真っ直ぐに俺を見つめた。涙に濡れた、澄み切った綺麗な瞳。
その瞳は今、俺の心の中を見ている。じぃん、と、俺と姫の心の一部が重なる。
「本当に私が『一番好き』ですか?」 「はい、貴方が一番好きです。」
「私を置いて行きませんか?」 「はい、何処にも行きません。」

「ごめんなさい、私、Rさんの...信じるって...」
また、姫の目から大粒の涙が溢れてきた。
「謝る必要なんてありません。」俺はもう一度姫をしっかり抱きしめた。
「僕の心を覗いても、貴方が悲しむ事は無いと言った筈です。言ったとおりでしょ?」
姫は俺の左肩に顔を埋めたまま何度も何度も頷いた。
温かく、柔らかな感触。もうこの人と離れる事は無い、そんな予感がした。

 

 

出会い 完

 

藍物語シリーズ【全40話一覧】

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