『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

「じゃ、悪い兆候は?」
「君は、さっきの夢を見てどう思った?正直に聞かせて。」
「...もしあれが真実なら、Lさんを守るのは正しい事なのか、そう思いました。」
「君、本当に優しいのね。『Sさんに騙されているんじゃないか?』って思ったんでしょ?」
「正直、騙されているのかも知れない、とは思いました。済みません。」
「謝る必要は無いわ。細かい事まで全部説明していなかったのは私の方だもの。
でも、結局は君が何を信じるかって所に行き着く。それを承知の上で聞いてね。」
俺は黙って頷いた。
「君の心がLから離れれば、Lは直ぐにそれを感じ取る。そしてLの心は君に出会う以前、
いや、それよりも悪い状態に戻ってしまうし回復の時間も無い。それがアイツ等の狙い。」
「じゃ、その為にはどうすれば良い?」 また、背中にそろそろと悪寒が這い上がってくる。
「1つ、君を誘惑して君の心をLから引き離す。これは予想が簡単、レベルⅠ。」
「2つ、Lを守ることが正しいのかどうか、君の心に疑問を忍び込ませる。これはレベルⅡ。」
「それじゃ、あれは。あの夢は。」 「意識に干渉されて幻視を見せられた。その内容は...
同じテーマで無数のシナリオが書ける、それこそ無数に。だからいちいち否定はしない。」
「でも、直接相手に手を下せない時には、相手の意識に干渉して心のあり方を変えていく。
それがアイツ等の常套手段。相手の記憶も、嗜好も、隠されているトラウマも、それこそ
利用できるものは全て利用する。今後、初恋の相手が夢に出てきたら、用心してね。」

 

「それから、始めに『難しい』といったのは...君と、アイツの意識の共振が強過ぎるから。」
Sさんが「アイツ等」でなく、「アイツ」と単数形で呼ぶのを初めて聞いた。
「侵入したのが誰なのか、判ってるんですか?」 「相変わらず冴えてるわね。」
「そう、99%間違いない。アイツ等の中でも飛び抜けた力の持ち主。
普通の結界ではまず止められないし、意識への干渉力も桁違い。恐ろしい相手。」
「でもね、どんな術師でも、初めての接触で、さっき聴かせて貰った夢みたいに
細部に到るまではっきりしたイメージを相手の意識に送り込むのは無理なの。
最初の接触の段階では、まだ『通い路』が確立できていないから。」
「さっきの話みたいなイメージの場合、登場人物の顔や声は相手の記憶に任せる事が多い。」
「でも、君が見て声を聞いた男性2人は君が知ってる人じゃなかった。私とLだって、恐らく
何年も前の姿だから、君の記憶の中の映像や声じゃない。とくに幼い頃のLについてはね。
いくら有力な術師だとしても、いきなりこんな大掛かりなイメージを共有するなんて、
意識がよほど強く共振して通い路が確立されていなければ不可能だわ。」
「意識の共振というのは?」
「多分、君とアイツには何か共通点があるのね。」 「何故、僕の何処が。」
「具体的にはまだ判らない。でも、Lとアイツには血縁がある。」
「Lが君に強く反応したように、恐らくアイツも君に強く反応している。そして。」
「気を悪くしないでね。」 ちょっとだけためらってからSさんは続けた。
「そして君もアイツに強く反応したから、2つの意識が信じられない程強く共振した。」
「僕は『その人』の姿を見ていないし、声も聞いていません。それなのに。」
「意識は人の内面のエネルギーだから、意識同士の共振に姿や声は関係ないわ。
文字通り、『波長が合う』としか言いようがない。それから、憶えておいて。」
「君はもう、感じているようだけど、アイツは女性。名前はK、年齢は多分21。」
「どんな術でも、そしてそれが強い術であればある程、術には術師の個性が滲み出る。
相手が女性だと判っていれば、術に対応する方法を選択する手がかりになるかも知れない。」
「あの、今後はああいうのが何度も起こるんですか?」 想像するだけで気が滅入る。
「度々『本体』を侵入させたら確実に居場所を特定されるから、
そんなに何度も起こるとは思えない。でも、対応策は必要ね。」

 

その日の午後、姫の勉強の時間に俺も図書室に呼ばれた。Sさんが教えてくれたのは
常に意識の一部をコントロールし、不用意に他人の意識と共振するのを防ぐ方法だった。
「意識の中で、他人との共感、例えば思いやりとか空気を読むとか、そういう事に関わる部分を
コントロールして『鍵』を掛けてしまえば相手との共振は起こらない。」と、Sさんは言った。
姫と2人で、全く会話として成り立たない言葉をやり取りをする実習を何度も繰り返す内に
何とかコツが掴めてきた。相手の話を全く聞かない人同士の噛み合わない会話のイメージ。
しかし、本来は相手との接点を探し、共感を基盤にして会話するのが普通なのに
相手との共感を封印して会話を続けるのは、えらく骨の折れる作業だ。
「君、本当に素質あるのね。今回の件が片付いたら本気で術を勉強してみたら?
きっとそこらの占い師なんかより、沢山お金を稼げるわ。」
Sさんが褒めてくれたので、「考えておきます。」と返事はしたものの
これではとても割りに合わないというのが正直な感想だった。
そしてこの方法は、当たり前だが、俺が寝ている間は効果が無い。
姫の誕生日まで、俺と姫はSさんの部屋で寝ることになった。
当然Sさんと姫は2人でベッドに、俺はソファで寝ることになる。
「ベッドは広いんだから、3人で寝ましょうよ。」と姫は無邪気に言ったが、
こちらの体の都合も有る事なので、さすがにそれは遠慮した。
慌てて断る俺を見て、Sさんは必死で笑いを噛み殺していた。
「特別な結界を張るので、私の傍にいればアイツ等があなた達の意識に直接干渉する事は
出来ない。」とSさんは説明していたが、俺は最初の夜に自分が眠れなかったので、
本当はSさんが夜通し起きていて、アイツ等の干渉から俺たちを守っている事に気付いた。
実際、その翌々日辺りからSさんは目に見えてやつれてきたので、俺はSさんに
昼過ぎから夕方までの間に睡眠を取り、体を休めて貰うように頼んだ。
夕食の準備は俺と姫でやれば良いのだし、長丁場になるなら、最後は体力勝負だろうから。

 

その週末、背の高い男がSさんを訪ねてきた。季節外れの大きなサングラスをかけていて
表情は読み取れないが、身のこなしや雰囲気からして只者でないのは明らかだった。
男はリビングルームで一時間程Sさんと話してから帰ったが、帰り際に玄関先で
一緒に自転車の手入れをしていた姫と俺を見て立ち止まり、「確かに。」と呟いた。
どこか人を見下したような、珍しい物でもみるような視線を感じる。それに、血の匂い。
バイト先の厨房で大量の魚を捌いた時のような、血と内蔵の匂いがする。不吉だ。
姫は俺のシャツの裾を掴んでしばらく俯いていたが、男の車が遠ざかると
「あの男の人、嫌い。」と呟いて俺の背中に抱きついてきた。俺も嫌いだ、あんな奴。
その日の夕食の後、男の事を尋ねると、Sさんは「あれは『上』との連絡係、大きな作戦だし。
それに、この間の侵入経路を辿ってアイツ等の居場所が特定できそうだから。」と言った。
「居場所が特定できたら、どうなるんですか?」 何か不吉な予感がしていた。
「外法を使う者達は放置できない。 ...今回は『上』が対策班を送り込むでしょうね。
それに、対策班がアイツ等を完全に始末してくれたら、こっちの仕事量も半分以下になる。」
さっきの男から感じた血の匂いの記憶が、ゆっくりと、しかし確かに蘇ってきた。
「あの、始末って...?」 あるいはこれも、軽率な質問だったかもしれない。
「術師も人間だから。居場所さえ判れば、刃物でも銃でも、方法は幾らでもあるって事。」
そう言ったSさんの横顔には、悲しげな翳りが貼り付いていた。

それから数日間は特に変わった事も無く、無事に過ごす事が出来たが、
姫の誕生日まで一週間を切った11月20日、俺は再び干渉による幻視に巻き込まれた。
その日も朝から特に変わったことは無く、ずっと集中して意識をコントロールしていたためか、
夕方になっても異変は無いまま、いつも通りの夜を迎えるのだと思っていた。しかし。
夕食の前に、俺はシャワーの着替えを取りに1人で部屋へ戻った。それがまずかった。
着替えを持って振り返った時、PCデスクの脚に躓いて一瞬意識のコントロールが途切れた。
その刹那、『鍵』が外れて通い路が開き、膨大なイメージが一気に流れ込んできた。

俺は、暗い大きな部屋の中にいる。両手をロープで後ろ手に縛られ床に転がされていた。
部屋の中央のテーブルには燭台が2つあって、大きな蝋燭が3本ずつ燈っている。
さらにその奥のソファには女性が寝かされていた。何とか体を起こして息を呑んだ。
姫だ。間違いなくソファに寝かされているのは姫だ、どうやら意識がないらしい。
ここは何処だ? 俺は気を失っていたのか? 何故こんな事に?
混乱していると、不意に足音がした。部屋に入ってきたのはセーラー服の少女だ。
21才には見えなかったが、何故か俺には判った、この少女がKだ。
「気が付いたようね。思ったより手間がかかって、本当にイライラさせられたわ。」
何時の間にか、少女の傍らに大きな黒い蛇がとぐろを巻いていた。
大きく、燃えるように赤い目玉。あの日、俺の部屋の窓の外にいた奴に間違いない。
少女が近づいてきた。姫に良く似ている。あるいは姫が成長するとこうなるのか、
そう思わせるような美貌だ。しかも年上の分だけ、女性的な魅力は姫を上回っている。
「君がKか?」 「...そうだけど、何故判ったの?」
「相手が若い女性だというのは聞いていたし、それに。」 「それに?」
「この前、干渉された時と同じ感じがする。 とても冷たくて、寂しい感じ。」
少女の右頬が微かに動いた。 「あなた『気紋』が識別出来るの?不思議ね。」
「君に頼み、いや、お願いがある。」 「敵に頼み事って、一体どういうつもり?」
「君はとても強い力を持っていると聞いた。その力でLさんの術を解いて欲しい。」
「あなた、馬鹿なの? 術を解いたら、その場で私たちの計画はお終いじゃないの。」
「そんな計画が実現しなくても、君は自分の好きなように生きられる筈だ。」
「ますます何が言いたいのか解らないわね。」
「君ほど美しく、しかも強い力を持っている女性なら、誰かを不幸にしなくても
生きていけるし、誰にも頼らずに自分の幸福を実現できる。そうだろう?」
「...仲間を裏切れって言うの? 馬鹿馬鹿しい。これは私が生まれる前から
進められてきた計画なのよ。今更私一人の考えで、どうこう出来るものじゃ無いわ。」
「計画したのが君でなくても、術を掛けたのが君なら、解く事も出来るんじゃないのか?」
「解けないなんて言ってない。それに、あんな悪趣味な術、私は使わない。」
「やっぱり、そうか。」 心が乾涸らびて行くような哀しみが、俺の胸を貫いていく。

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