『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

姫の誕生日が今日からほぼ五ヶ月後の11月26日である事、
「やり直し」の機会を無くすため、誕生日に近くなる程接触や攻撃の可能性が
高くなる事など、詳しい説明が続いた。説明に納得できない点は無かったが
一通り説明を聞いた後で、ふと、一つの疑問が湧いた。本当に軽率だった。
「もし、失敗してLさんがアイツ等の手に落ちたら、
アイツ等はLさんを使って一体何をするつもりなんですか?」
Sさんと姫は顔を見合わせた後少し黙っていたが、やがてSさんが口を開いた。
「それは私も予想できない。でも、ひとつだけ確かなのは、
『もし失敗しても絶対にLをアイツ等に渡してはならない』と言うこと。」
まずい、これはまずい。
とてつもなく嫌な予感と猛烈な寒気が、ザワザワと背中から首に這いあがって来た。
耳の奥がキーンと痛くなり、部屋がぐるりと回転するような感覚に囚われる。
聞くんじゃなかった。何故、これを聞いてしまったんだ。答えは判っていた筈なのに。
「失敗が確実になったら、この手でLを殺す。それが、『上』から私への指示。」
やめてくれ。眼を閉じ、両手で両耳を覆ったままで、もう何も分からなくなっていた。
そうだ。俺はどこかで舐めていた。敢えて眼を閉じ、見ないふりをしていたのだ。
Sさんと姫の鮮烈な言動や立ち居振る舞い、そして命を燃やし尽くすような愛し方は
二人が共に立つ、その極寒の地平を静かに受け入れる覚悟に裏打ちされている。
俺には、この戦いに参加する資格も、覚悟もありはしない。俺は弱い、弱すぎる。

「おい、若いの。」 誰かにいきなり声を掛けられた。
「生意気に狐をタヌキ呼ばわりしておいてそのザマは何だ。裏切りどころか敵前逃亡か、え?」
眼を開くと、闇の中に緑色の燐光が浮かんでいた。そして隣に渦巻く小さな紅い光の渦。
「裏切りは許さんと言った時、『憶えておく。』と、そう言ったな。」
「管さんか。見ての通り俺は駄目だ、どんな報いでも受ける。いっそひと思いに始末してくれ。」
「お前は既に一度、自分が死ねばこの件が解決するのではないかと考えた。」
「その時、○△姫は何と仰せか。忘れたとは言わせん。」
「...俺が、Lさんに似ていると。」
「では何故、その『Lさん』は、お前を愛しつつ今後も生きていこうと考えているのだ?」
「何故○△姫は、『失敗が確実になったら、この手で』と仰せなのだ?」
「おい管。」 「言うな。それ以上、一言も言うなよ。」
全身から湧き上がる激しい怒りが紅蓮の炎となって俺の体を包んでいた。
鼻の奥で火薬の匂いがする。「一言でも言えば。」
「人間風情が生意気な。『一言でも言えば』どうする?おまえの恐れるその言葉。」
「今、此処で聞かせてやろう。お前の大切な『Lさん』を、」
「貴様ぁああああああああああああああああああああああああ」
灼熱の業火が爆発して俺の体を焼き尽くし、意識が急激に薄れていく。
「命が、生きようとして戦うは、それが命であればこそ。限りある人の身なら尚更。」
「ならば何故、お前は戦わぬ?直向で一途な命が、哀しくはないか。」
律儀な声が、いつまでも暗い虚空を漂っている。

 

気が付くと、俺はリビングのソファで横になっていた。
傍の床に横座りした姫が俺の右手を握り、真っ赤に泣き腫らした眼で覗き込んでいる。
「良かった。もし、あのまま...」見る見るうちにその眼から大粒の涙が溢れた。
左手で姫の髪と頬を撫でた。「ゴメンなさい、もう大丈夫、心配ありません。」
そう、心配ない。体を起こし、姫を抱き寄せた。姫も俺を強く抱きしめてくれた。
「顔を洗って来ます。Sさんを呼んで来て下さい。」 「はい。」
リビングに戻ると、Sさんが俺を待っていてくれた。 「心配をかけました。」
「気が付いたのね。良かった。」Sさんの声はほんの微かに震えている。
「話があります。聞いて下さい。」
「熱いお茶を淹れて来ます。」姫はそう言って席を外した。
「弱虫でごめんなさい。」と言うと、Sさんは立ち上がって俺を抱きしめた。
頬を伝う一筋の涙を中指で拭って呟く。「戻ってきてくれて、ありがとう。」
俺は彼女の耳元で囁いた。「貴方のお陰です。○△姫様。」
「どうしてその名を?」 「僕は、どうも白いお狐様とは腐れ縁があるようなので。」
彼女は驚いた顔をしたが、やがて優しく微笑んだ。「覚悟を決めてくれたのね。」

俺はその日からお屋敷で暮らす事を決めた。
翌日の日曜日まではたっぷり食事と睡眠を取って体調を整える。日曜の夜はバイト。
そして月曜日は朝から夕方遅くまであちこちを飛び回り、とても忙しい一日になった。

実家に電話し、大学を休学して半年程外国を旅行するから今年中は帰れないと伝えた。
俺の性格を熟知している母は、特に不審がる事も無く「じゃ父さんにもそう言っとくから、
戻ったら直ぐに知らせなさいよ。」と言ってあっさり電話を切った。相変わらずだ。

大学には後期始めからの休学届けを出し、親しい友人には「人生について考えたいから
田舎へ帰る。当分戻らないと思うが心配無用。」とメールを出しておいた。

何でも屋のNさんには、事務所で「何か失敗するとマジでヤバイみたいなので、
半年間はこの仕事に専念します。」と伝えた。Nさんは「済まんな、俺達は何も出来んが
これは半年間の資金だ。取っとけ。」と俺の尻ポケットに厚い紙封筒をねじ込んだ。
丁寧に礼を言い、後で開けてみると30万入っていた。これは正直とても助かった。

バイト先には「一度田舎に帰って見合いするんです。」と言い、近々バイトを辞めると伝えた。
店主は「そうか、見合いがまとまらなかったらいつでも戻って来いよ。」と言ってくれた。

荷物を整理しながら、バイト先の更衣室やトイレ、大学の教室や食堂やトイレなど
思いつくあらゆる場所に俺の身代わりを隠した。物好きな誰かが見つけて処分するまで
アイツ等の式を撹乱して俺の居場所を判り難くしてくれるだろう。

そして最後に、当座の荷物をまとめてアパートを出た。賃貸契約自体は残しておくが
少なくとも半年間は、あのお屋敷に居候だ。もちろんあらゆる場所に身代わりを隠してきた。
Sさんは毎晩式を飛ばすと言っていたが、管さんが毎晩俺の身代わりを守るのだろうか。
しかも半年間。ちょっと可哀想になったが、同時に少しだけ「良い気味だ。」とも思った。

その夜、遅い夕食を済ませてからコーヒーを飲んでいると、姫がポツリと言った。
「Rさんに、ここまでして貰って、何だか悪い事をしている気がします。」
「最初は、Rさんが私のために色々頑張ってくれて、嬉しいと思ってたんですけど。」
「ご両親や、大学まで...」 そこまで言うと、涙が溢れて止まらなくなった。
Sさんは、そんな姫の姿を見て優しい笑顔を浮かべている。でも、声は掛けない。
俺はSさんの顔を見た。Sさんは眼を閉じ、黙って小さく頷いた。
「Lさん、昨日、僕は貴方が一番好きだと言いましたよね。」
「はい。」 涙を拭きながら、姫は小さい声で答えた。
「好きな人のために僕にも出来る事がある、そう思うと今日はすごく幸せでした。」
「でも、もうひとつ、出来る事があるのかなぁと思ってます。聞いてくれますか?」
「はい。」 姫はまた、小さい声で答えた。Sさんは黙って眼を閉じたままだ。
「もし、術を無効に出来なくて貴方が空っぽになっても、僕は一生貴方を守ります。」
「それが駄目ならSさんに頼んで、僕をLさんと一緒に殺してもらいます。」
「絶対に、僕がいない所で貴方を死なせたくないんです。」

「Rさんの腕の中で死ねるのなら、それはとても幸せだと思います。でも。」
まだ眼は赤かったけれど、姫はもう泣いていなかった。俺を真っ直ぐ見つめている。
「Rさんの腕の中で私が死ぬような事態は、絶対に起こらないと思います。」
「Rさんが空っぽの私を守らないといけないとしたら、私の心が死んでしまった時だけど、
Rさんを好きでいる間、私の心は死なない。だから、Rさんが私の抜け殻を守る必要は無い。
Rさんの心が私から離れてしまったら、私の心は死ぬかもしれないけれど、
その時はRさんが私の抜け殻を守る理由がありません。」
「あ~あ。」Sさんの声だ。
「貴方たち、本当に良く似てるわね。羨ましくて、ちょっと嫉妬しちゃう位。」
「え?」姫は眼を丸くしている。
「RさんはSさんが好きなのに、なぜ嫉妬するんですか?」
Sさんは暫く唖然としていたが、やがて笑い出した。本当に楽しそうだった。
つられて俺も笑ってしまった。「そう言えば、確かに僕はSさんが好きですね!」
「何で笑ってるんですか? 私、何か変なこと言いましたか? もう、2人とも!!」

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