『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

「今できる説明はこれでお終い。他に質問は?」 「いいえ、ありません。」
グラスに少し残っていたハイボールを一気に飲み干してSさんは立ち上がった。
「じゃ、5分後に此処で。寝室に案内するわ。洗面所の場所は分かるでしょ。」 「はい。」
頭の中を整理しながら顔を洗い、念入りに歯を磨く。鏡を見た、「酷い顔だな。」
窓の外にあの目玉が現れないとしても、やっぱり今夜は眠れない。そんな気がした。

リビングに戻ると、紺色のパジャマに着替えたSさんが待っていてくれた。
「こっちよ。」
階段を上る。それにしても大きな家、オカルト映画に出てくる貴族のお屋敷みたいだ。
明日の朝、案内無しで歩いたら迷子になってしまうかも。何だか可笑しくなった。
「はい、どうぞ。」Sさんがドアを開けてくれる。「失礼します。」と言って中に入った。
綺麗に片付いた部屋の壁にカレンダー、その横に女物のコート、えっ!?
慌てて振り向いた。「あの、此処は?」 「私の寝室、さっき言ったでしょ。」
「今夜は私と此処で寝て貰います。もちろん朝まで。」 「いや、だってそれは。」
Sさんは左手の薬指を舐め、何か小声で呟きながらその指で俺の額に触れた。
途端に体が硬くなる。 体が金縛りのようになって自由に動かない。
「あの日、私の事を『綺麗だ』って言ってくれたでしょ。『下心もあります』って。」
「そりゃ言いましたけど。」 俺はゆっくりとベッドに引き倒された。
Sさんもベッドに潜り込み、俺を見つめて艶やかに微笑んだ。
「君、『妹(いも)の力』って知ってる?」

「知りません。」 やっとの思いで答えると、Sさんはまた微笑んだ。
「こうして一晩、一緒に過ごす事で、私の力の一部を君に分ける事が出来るの。」
「いくら強力な式を使っても、場所を特定しなければ効力が弱まるし、
だからと言って君の活動範囲全体に結界を張るのは現実的じゃない。」
「それなら君の体そのものに結界を張るしかない。つまりこれが、最善の方法。
さっき、全力で君を守るって約束したでしょ。」
「でも、だからって好きでもない男と、一晩過ごす、なんて。」
「あら、私も君が好きよ。あんなに大切にされて、正直あの娘が羨ましいもの。」
「でも、こんな事。Lさんに知られたら。」 姫の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「今夜一緒に寝る事はあの娘にも話してあります。」
「何をするか詳しく話した訳じゃないけど。それに。」 Sさんは悪戯っぽくウィンクした。
「私への『好き』より、あの娘への『好き』の方が大きいなら、何も問題無いでしょ?」
一気に顔に血が上る。 「何故それを。」 それでもやっぱり体が動かない。
Sさんは問いには答えず、俺の耳元で囁いた。「だから余計に羨ましいの。」

 

暗闇の中で全身にSさんの体温を感じている。
Sさんの肌はしっとりと滑らかで、百合の花に似た良い香りがした。

「ね、朝よ。もうすぐLが起きるわ。」 そして右の肩を優しく揺する感触。
飛び起きると、既に着替えてぱりっと身支度を整えたSさんが枕元で微笑んでいた。
「良く眠れた?」 「はい、とても。」 「そう、良かった。じゃ朝食を食べる支度して。」
「あの、昨夜は。」 Sさんは唇に人差し指を当てて片目を閉じた。
「私が良いというまで、その話は禁止。ОK?」 「はい。」 「うん、良い返事。」
本当に温かくて、優しくて、少女のように華やかな笑顔を見送りながら
俺は心の奥に溜まっていた大学入学以来の疲れやストレスが、
すっかり解けて流れていくのを感じていた。

リビングで待っていると、暫くして姫が起きてきた。
立ち上がって姫を迎え、そっと抱きしめておでこにキスをした。 「おはよう。」
「おはようございます。夢じゃ無くて良かった。」 姫も俺の頬にキスしてくれた。
「昨日の事が、夢だと思ったんですか?」 「夢だったら寂しい、と思いました。」
もう一度、今度は少し強く姫を抱きしめた。「ほら、夢じゃないです。」 「...はい。」
疚しさや後ろめたさは無く、真っ直ぐ姫の眼を見て話すことが出来る。
そうだ。姫も、Sさんも、既に俺の中でかけがえの無い存在になっている。
それだけで良い。他に望むものなど、ある筈も無かった。

皆で朝食を食べ、後片付けが終わって暫くすると
Sさんは「はい、勉強の時間。」と言って姫と一緒に図書室(?)に入っていった。
駄々をこねそうな姫の背中を押し、「頑張って下さい。」と見送ってから
俺は不足している睡眠時間を取り戻すため、リビングのソファで仮眠を取った。

 

「おい、若いの。」 いきなり誰かに声を掛けられた。
体を起こすと、ソファの背もたれの上に白いフェレット、じゃなくて管狐が丸くなっている。
「管狐さん、で良いんですか?」 「管さん、の方が良いかな。どちらかと言うと。」
「じゃ、管さん。これまで僕を守って下さってたみたいで、ありがとうございます。」
「お前に義理はないが、これが俺の仕事だからな。」
「ずっとSさんに仕えておられるのですか?」
「敬語とは、何かこそばゆいが。○△姫にお仕えして、もう12年目になる。
○△姫が13歳になられた年だった。」
「それで管さんは、私に何か大事な話があるのでしょうか?」
「確かにお前、勘の良い奴だな。」
「実は折り入って頼みがある。○△姫は、そのお力ゆえ常に重い荷を背負ってこられた。」
「感情を押し殺し、ひたすら役目を果たされる御姿をして『氷の姫君』と揶揄する者も多い。」
「しかしこの件ではその清き御心を露にし、まるで少女の如くであられる。」
「その鍵はおそらくお前だろう。だからこの件が済んだ後も、あのお方を支えて貰いたい。」
「僕はSさんが好きですから異存はありませんよ。この件が無事に済んだら、の話ですが。」
「心配無用。わし等も力の限りお前を守る。おそらく良き理の御加護もあるだろう。」
「しかし、忘れるな。恐れ多くも○△姫の寵愛を受けておきながら
万が一にも裏切るような事があれば、絶対に許さん。
その身八つ裂きにして、魂ごと灰も残さず焼き尽くしてくれる。」
「憶えておきます。それはそうと、僕も管さんに質問があるのですが。」 「何だ?」
「昨夜の事を知っているのは当然として、」 管さんの姿が急速に薄れ始めた。
「Lさんと僕の会話がSさんに筒抜けなのは、あ、ちょっと」 消えた、跡形も無く。
「それも仕事の内だ。許せ。」 あのタヌキ野郎、逃げたな。
「狐、だ。」
妙に律儀な声だけが、あたりにふわふわと漂っていた。

仮眠から醒めた後も、「○△姫」という名前を覚えていたが、俺みたいな者が
軽々しく口にしてはいけない名前だという気がして、聞いてみるのはやめた。
「Rさん、お昼ご飯です。今日は私が作ったんですよ。」
姫が嬉しそうに呼びに来てくれたので、一緒にダイニングに移動した。
パスタとサラダにスープが添えてある。「うわ、Lさんも料理が上手なんですね。」
「ふふふ、Sさんに教えて貰っているのです。先生が良いのですよ。」
「何言ってんの、R君に食べて欲しいから久し振りにやる気になったんでしょ。」
Sさんが入ってきて、元気良く宣言した。 「さっさと食べて今後の作戦会議!」
姫がそっと囁いた。「これからは一杯やる気出しますから。」 「期待しています。」

作戦会議はリビングで開かれた。
「L、まずはアレを持ってきて。」 「はい、ただいま。」
クッキーの空き缶に白い紙で作られた人形が沢山入っている。
姫が神妙な顔で言う。「今日の勉強の時間に私が作りました。24体あります。」
Sさんが指示を出す。「これはR君の『身代わり』、これを色々な所に配置して貰います。」
「アパート、バイト先、大学、車の中、その他君が立ち回る所に数体ずつ。」
「見付かり難い所に配置しておけば、アイツ等の式達を撹乱できるから。」
「これ、髪の毛とかを入れて作るヤツですか、藁人形みたいに?」
「髪の毛じゃないけど、君の一部を使わないと効果が弱いし。」
何を使ったのか聞こうかと思ったが、イヤな予感がしたので止めておいた。

アイツ等からの接触・攻撃方法とその対応策に話題が移った。
Sさんの指示が淡々と続く。「氷の姫君」という言葉が脳裏をよぎる。
「Lの場合、絶対に殺されることは無いし、薬物の使用や式の憑依は
代としての器を損なう。だから、この家にいる間はまず安全。
外出した時に拉致して、私たちの手の届かないところに監禁しても、
Lの気持ちが変わらなければ何の意味もない。考えられるのは
意識に干渉してLの気持ちを変えようとする事くらい。」
姫は平然としていた。鈴を振るような声に身が引き締まる。
「たとえ何をされても、私の気持ちは変わりません。絶対に。」
「そうね。Lは強いから、きっと大丈夫。でも、気を緩めちゃ駄目よ。」 姫が頷く。
「R君の場合はかなり難しい。まず、君と関わる沢山の人々のうち、どのルートから
アイツ等が接触してくるのか予想できない。大学の同期生経由かもしれないし、
バイト先の同僚経由かもしれない。それよりもっと判り難いルートかもしれない。」
チラリと俺の顔を見て、Sさんは話を続けた。
「ただし、逆にLの気持ちを強固にしてしまう可能性もある訳だから、
R君を殺そうとするとは思えない。何とかして誘惑しようとするでしょうね。」
「僕に浮気させて、Lさんの気持ちを僕から離すのが一番簡単な方法なんですね?」
「そう、その為には君に薬を盛ったり式を憑依させたり、何でもやると思う。」
姫が心配そうに俺を見つめている。「大丈夫、何とか頑張りますよ。」
そう、大切な姫のために、自分の気持ちをしっかり持っていなければ。

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