『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

姫はベッドに横たわっていた。顔がいつにも増して蒼白く見える。
俺は姫のベッドに駆け寄った。寝ているだけか、息はしているか。
俺の頬に姫の吐息を感じた、息をしてる。大丈夫、なのか?
「息をしてます。」 「そうね、良かった。」 姫が身じろぎをして眼を開けた。
「あれ、Rさん。Sさんも。私、寝過ごしちゃいましたか?」
「L、あなた何ともない?」 Sさんの顔はまだ緊張したままだ。
「本を読んでいたら急に眠くなって、いつの間にか寝ちゃいました。
でも、何だかすごく良い気分です。」 姫は小さく伸びをして体を起こした。
「とってもお腹がすきました。昨日のケーキ、残ってましたよね。」
俺とSさんは顔を見合わせた。Sさんは一言だけ「どういう事?」と呟いた。

俺とSさんはホットコーヒー、姫はミルクティーと大きく切り分けたケーキ。
お茶の時間を終えて暫くすると、いよいよ俺たちはリビングで臨戦態勢に入った。
姫は未だ眠気が完全に覚めていないのか、時々小さく欠伸をしていたが、
Sさんの指揮の下、皆で「気配」が侵入してくるのを待ち続ける。
意識をコントロールする時間、コントロールを外す時間。ランダムに繰り返す。
ひたすら繰り返し、そしてKが干渉してくるのを待つ。只、じっと待つ。
何度それを繰り返したのか、不意に姫がSさんを人差し指でそっと突付いた。
「さっきから微かに気配を感じます。それに、段々気配が濃くなってる気がします。」
「多分、間違いない。...R君、あと2分経ったらコントロールを外して。」 「了解。」
Sさんが眼を閉じて深呼吸をする。意識を集中し、『力』を貯めているのが分かる。
じりじりと時間が過ぎていく。あと1分30秒、1分、30秒、20秒、10秒。
時計の秒針が直立した瞬間、俺は辺りに漂う気配に注意を向ける。『鍵』を外した。
通い路が開き、イメージが一気に流れ込んで来る。
その時、Sさんが叫んだ。「駄目、『鍵』を掛けて!アイツはもう」 しかし、遅かった。

 

そこは暗い部屋の中ではなく、草原の中の小さな公園だった。青い空が眩しい。
目の前に彼女、Kが立っていた。白いワンピースに麦藁帽子、
両手を腰の後ろで組んで、黙って俯いている。
「そうしていると、区別がつかない。君はあの娘と、どんな関係なんだ?」
麦藁帽子を取り、彼女はゆっくりと顔を上げた。真っ直ぐに俺を見つめている。
前回の少女の姿ではなく、成人した大人の女性の姿だ。言葉を失うほど美しい。
「今日も私を、『君』と呼ぶのね?」
「年下の女性は皆、『君』と呼ぶ事にしてる。今日は年上みたいだけど。」
「年上でも年下でも、私はあなたの敵なのよ。」
「この前は済まなかった。つい、逆上した。
でも、それぞれの生まれを選べない以上、敵対するしか無かった。」
「生まれが違っていたら、敵対する事は無かったと言うの?」
「絶対無かったなんて言えない、でも、出来れば君とは敵対したくない。
この前、君の肌に触れ、涙を見た時に、俺はそう思った。君は?」
彼女は傍らのブランコに乗り、もう一度俯いた。ブランコが静かに揺れる。
「何故、私はこんな風に生まれたのかしら?」
「何故、あの娘はあんな風に、生まれたのかしら?」
「何故、あの娘だけが、あなたに守られて、幸せに、なるの、かしら?」
「今の、あの娘の状態は、君が一番良く知っている筈じゃないのか?
あの娘だって、長い長い不幸な時間を過ごして」
「止めて!」
「あの娘は、あなたに会えたし、あなたに愛された。 私は、会えなかった。」
「私は、愛され、なかった。 誰にも。」
彼女の激情がチリチリと空気を焼く。しかし、それはあっけなく、弱まっていく。
ああ、そうだったのか。君は。涙が溢れてきた。
「もう、無理しなくて良いよ。今の君に、俺が出来るだけの事をさせてくれ。」

 

暗い小さな部屋で、体の半分を血に染めて、彼女は冷たい床の上に横たわっていた。
眼を閉じたまま、もう、呼吸音は途切れ途切れで、左胸から出血が続いている。
これではもう、助かるはずがない。静かに、彼女の傍らに膝をつく。
「こんな状態で、何故、無理をしたんだ?俺たちが罠を仕掛けている事くらい、
君なら予想できた筈なのに。どうして?」 涙が止まらない。
震える右手で彼女の頭を支え、左腕をゆっくり背中に廻して上半身を抱き起こした。
左掌で彼女の胸の傷を押さえ、小さな肩をそっと抱き締める。
彼女は目を開いた。「どうせ、死ぬのなら、あなたに、もう一度だけ、会いたかった。」
「お願いが、あるの。」 「何だ?何でも言ってくれ。」
「寂しい、の。私と、一緒に来て。あの娘の術は、もう、解いた、から。」
「私の事、愛してくれなくても、良い。一緒に来て頂戴、お願い。」

 

小さく咳き込んで、彼女は真っ赤な血を少し吐いた。
俺はシャツの袖口で彼女の口元を拭った。おそらくは、深く傷ついた肺からの喀血。
幼くして肉親を殺され、自分は拉致され、自分の生き方を選ぶことも出来ず
術師として生きてきて、年頃の女性らしい楽しみや幸せを感じる事も出来ないまま
それでも、凛として「悪趣味な術は使わない」と言い切った、誇り高く美しい人。
そんな人が、俺みたいなさえない男に、こんな事を...
何故、この人は、最後までこんな辛い思いをしなければいけないのか?
分からなかった。どんなに考えても、俺には分からなかった。でも、もう時間が無い。
恐らく、彼女に残された時間はもう極く僅かだ。俺は涙を拭った。
自分の顔に微笑が浮かぶのを感じる。
「分かった。行くよ、一緒に。」
息を呑んで彼女は俺の眼を見詰めた。沈黙の中、静かに時間が過ぎていく。
「馬鹿、ね。本気でそんな事、言うなんて。ちゃんと、あの娘を守って、愛して、あげて。」
彼女が僅かに左手を持ち上げた。その手をしっかりと握る。
ぎゅ、と俺の手を握る彼女の左手に力がこもった。
次の瞬間、景色が元に戻っていた。眩しい青空、草原の中の小さな公園。
彼女は微笑んでいる。「綺麗ね。 こんな場所で、あなたに、出会いたかった。」
俺は彼女の耳に囁いた。「.. ..... ......」 彼女だけのための、言葉。
彼女はゆっくり目を閉じた。目尻から一筋の涙が流れて、 ふっ と左手の力が抜けた。
何時の間にか、俺はリビングのソファに座り、じっと両手を見つめている。
べっとりと俺の両手と左胸を染める真っ赤な血。彼女の血。
「やっぱり、幻視じゃ無かった。」 俺は呆然と呟いた。
「こんな事って。」遠くでSさんの声が聞こえた後、
俺の意識は深い闇に吸い込まれた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました