『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『傷跡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

俺は酒臭い女の髪を掴んで風呂場に引きずっていき、薄汚れた水が張りっぱなしになった浴槽の中に放り込んだ。
「だれ?何をするのよ!」と叫ぶ女に、更にシャワーで水をぶっ掛ける。
「俺が判るか?ユファ!」
一瞬、呆然とした表情を見せた後、ユファは口を開いた。
「XX……なの?何で、ここに……?」
「何でも、糞も無い。何なんだ、このザマは?」

「アンタには関係ないでしょ!」
「ああ、関係ないね。お前がどうなろうが知った事じゃない。
けどな、お前らが娘にやらせている事は見過ごせねえ。
……おまえら、人間じゃねえよ。なんでこうなった?」
ユファは、吐き捨てるように言った。
「何を偉そうに。この子と一緒と言う事は、この子を『買った』んでしょ?
やる事をやっておいて、大口を叩くんじゃないわよ。同じ穴の狢じゃない!」
ユファは怒気の篭った声で娘に言った。
「何でこんな奴をここに連れて来たの!迫田はどうしたのよ!」
「あの人は、……この人にやられちゃった」
「アハッ、迫田がXXに?無理よ。XXはね、小っちゃくて弱っちいんだよ。背だって私の方が大きかったし、足だって私の方が速かったんだ」
……いつの話だ?虚弱だった小学生の時分、俺が初めてユファに逢った頃の話か。
「そうだ、XXは弱い子だから、私が助けてやらないといけないんだ……お兄ちゃんが言ってた」
何か様子がおかしい。
酒で泥酔しているからだと思ったが、明らかに挙動がおかしく、話す内容も要領を得ない。
そう言えば、ユファのヒモをしていた三瀬は薬物事犯で服役したし、迫田も薬物事犯の累犯犯罪者だ。
薬物中毒か……。
「XX、早くここを出て行って!迫田が戻ってきたら、私もあなたも殺されちゃうよ!」

ユファも娘も、迫田に暴力で支配されていたのは間違えないだろう。
俺は娘に言った。
「悪いようにはしないから、俺と一緒に来い」
「無理だよ。私もお母さんも迫田に殺されちゃうよ?」
「その迫田から逃げるんだよ。迫田はさっきのホテルでまだノビてる。逃げるなら今しかないぞ?
ここに居て、迫田が戻って来たら、また同じ事の繰り返しだぞ?
一緒に来い。何があっても今の状況よりはマシだろう?」
「……判った」
「ユファ、嫌だと言っても、お前には一緒に来てもらう。問い質さなければならない事があるからな。
2人とも、身の回りの荷物を纏めろ。30分後に出るぞ」

俺はPに連絡を入れ、彼とミユキの元へと向かった。

俺は、Pの元にユファとその娘を連れて行った。
ユファは思った通り、重度の覚醒剤中毒だった。
艶を失くした髪や肌はボロボロで老婆のよう。
重度の覚醒剤中毒患者に特有の症状らしいが、歯がボロボロに腐り、腐敗したキムチのような耐え難い口臭を放っていた。
痩せ細り骨ばった体は30代の女のそれではない。
やはり薬物中毒患者に多いと言う肝疾患を患っていたため、黄疸で白目も黄色く変色していた。
変り果てたユファの姿に、俺は少なからぬ衝撃を受けた。
俺は、ある医師を頼りユファと娘を診させた。
だが、その前にすることがあった。
ミユキに送られてきた『脅迫状』について問い質さなければならない。

ミユキとユファが対面したのは、中学卒業以来、20年ぶりのことだった。
ミユキは、あまりに変わり果てたユファの姿に絶句していた。
ユファは、俯いたままミユキの顔を見ようとしない。
Pが、ユファにミユキに送られてきた脅迫状、『呪。****』と赤文字で書かれた『エンジェル様』の文字盤を見せながら言った。
「手短に聞こう。これをミユキに送りつけたのはお前か?」
「いいえ」
「本当に?」
「ええ、本当よ。
でもね、ミユキや他のみんなを呪っていなかったかと言われれば、嘘になるけどね。
XX、あんたの事もね」

Pがそれまでの経緯をユファに話して聞かせた。
ユファは驚いていたが、「結局、エンジェル様のお告げは全て当たったのね」と呟いた。

俺は、ユファに尋ねた。
「お前は『エンジェル様』に何て言われたんだ?」と。
ユファは声を震わせて答えた。
「一生、生き地獄……」
俺は何と言って良いか判らなかった。
代わりに尋ねた。
「ミユキに脅迫状を送りつけた主に心当たりはないか?」
ユファは首を横に振った。
……振り出しか。
最後に、俺はユファに訊ねた。
「なぜ、ミユキにあんな真似をしたんだ?
お前たち、友達じゃなかったのかよ」
「そうね、私にとっては唯ひとりの友達かもね。
私を初めから本名で、『ユカ』じゃなくて、ちゃんと『ユファ』と呼んでくれていたのはミユキだけだったからね」
「だったら、何故?」
「友達だから、ミユキの下に立つことは絶対に出来なかったのよ」
「なんだよ、上とか下って!……友達というのは対等なものじゃないのか?」

「アンタには判らないでしょうね。……P、アンタになら判るでしょう?」
Pは苦々しい表情で言った。
「……ああ。わかるよ」
「ミユキは、私がどんなに頑張っても敵わない位に頭も良かったし、女の私から見ても羨ましいくらいに可愛かったからね……。
何をやっても敵わない。……そんなミユキの下に立ったら、惨めじゃない。
アンタやPだって、兄さんだって私よりミユキの方が好きだったでしょう?」
「待てよ、少なくとも先輩は、いつもお前のことが第一だったじゃないか。
ミユキがお前の一番の友達だったから、気を使っていただけだろ?
俺だって、お前と付き合っていたじゃないか。少なくとも、俺は本気でお前のことが好きだったぞ?」
「いいえ、それは嘘。でなければ、あなたがそう思い込もうとしていただけ」
俺が言い返そうとするのを遮るようにミユキが言った。
「卒業式の日、美術準備室であったことは、なんだったのよ?」
「兄さんはね、あなたのことが好きだったのよ。本当にね。
まあ、あの兄さんだから、あなたが気づかなくても仕方ないけどね。
なのに、あなたはXXまで……許せなかったわ。
……ねえ、XX。あなた、あの日、告白したのが私じゃなくてミユキだったら、ミユキと付き合っていたんじゃない?
私よりも、ミユキに告白された方が嬉しかったんじゃない?」
「もしもの話をされてもな……。
俺はお前と付き合った。あの日のことは物凄く嬉しかった。舞い上がるくらいにな。それだけだ」
「相変わらず、狡いのね。……もういいでしょう?疲れたわ」

コメント

タイトルとURLをコピーしました