【妖怪退治の仕事シリーズ】- 妖怪退治の仕事してるけど、何か質問ある?
先生の話 その4
その昔先生に恐怖とは何か聞いたことがある。
その時に先生はお前の後ろにいるもの、だとこたえた。
もちろん、俺には意味がわからなかった。
すると先生は人間にはなぜ後ろには目がないのか?
という意味のわからない質問をしてきた。
俺は分からないと答えた
次に先生は、頭の後ろに目が欲しいと感じたことはあるか?
と聞いてきた。
確かに、あったほうが便利だなぁと俺は思った。
でも、そんなことはあんまり考えたことないなぁと答えた
先生はそれをきくと
自然ではきっと、目が後ろにもあったほうが生き残りやすい。
でも、ならなぜ、この世の大抵の生き物には、それがないんだろうね
進化論に従うなら、後ろに目があった生き物のほうが進化しているはずだ。
でも、例えば、昆虫の複眼でも
それは自分の後ろを見ることはできないらしい。
なら、なぜ?
答えは簡単だ。後ろに目がないほうがいきのこれるんだよ
「それ」は後ろにいるんだよ。
振り返っても、振り返っても、見えない、「それ」は
多分、生きるためには見えてはいけない「それ」は
いまでも我々のすぐ後ろにいるんだよ。
じっといきをひそめて、見つけてもらうのをまっている。
それが「きょうふ」だ
恐怖はいつだって背後にいる。
先生は最後にそう締めくくった。
俺は先生がかっこつけたことを言っているように感じてむかついたので
その日の先生がスーパーに行くときに背中に
「53歳●貞です」と張り紙をこっそりはっておいた
たしかに、その日の先生にとっての恐怖は背後にいた
俺は先生の詩が変わると、今度はすばやく枝や葉っぱで焚いていた火を消した。
ずっとつけたままだと、余計な奴が気になってやってくる可能性がある。
そして、火が完全に消えると、あたり一面は一層真っ暗になった。
月の明かりで完全に周りが見えないわけではなかったが。
もともと街灯ひとつもない場所なので、先生やミサトさんの顔すらまともに見えない状態だった。
ただ、立っている場所にぼんやりと人がいるのが分かるくらいだ。
俺はミサトさんだとおもわれる人影に近づいて、肩に手を載せて座らせた。
手が彼女の湿ったような髪の毛に触れると、●貞特有かもだが、一瞬ドキッとした。
そして、そのまま、その場所で先生の詩が終わるのを待った。
あらかじめ決めた段取りであると、そこで先生はこの中で座っている人間がいるが
その人間に関する記憶をお忘れになってほしいという内容の詩をいうはずだった。
妖怪からしたら、人間なんてみんな同じようなものだから分かりやすくするためにね。
しかし、そこでまた先生が奇妙なことをし始めた。
先生は妖怪にお願いを言う前に、突然詩をやめたのだ。
俺は何かアクシデントでも起きたのか?と一瞬焦った。
でも次の瞬間、何かガラスが割れるような音がした。
そこで俺は悟った、先生は殺陣をするつもりなんだと。
いつも言っているように、うちは妖怪を倒す、というより妖怪と交渉するのが主な仕事だが
ごく稀に、どうしようもない時に妖怪を「殺す」ことになったりもする。
なんか妖怪退治っぽいことだが、これはかなり難しく、危険なことだ。
これをうちでは「殺陣」と呼ぶが、殺陣はめったにしない。
よく昔話でも、人を食ったりする妖怪が封印されたりとかするだろ?
あれは倒せないから封印するってのは確かにあるが、例え倒せたとしても
殺しちゃいけないから生きたまま封印するってことも多い。
前にも妖怪をなぜ無暗に殺さないかって話をした気がするけど。
妖怪が人間に害を及ぼすのは大抵悪意があるわけじゃない。
ものすごい悪とかするやつは、殆どそう言う風にできているからそうするだけだ。
例えが悪いかもだが、台風が家とかをなぎ払ったりして、人を死なせたりするけど
台風自体はそれに悪意があるわけじゃない。ただ、そうなってしまうだけだ。
なので、その行為には罪が存在しない。罪が存在しないのに勝手に殺すのは不公平だろ?
もちろん、いたずらをして喜ぶ奴らもいるが、そう言う奴らの場合、自覚がある分
殺されるほど悪いことをしたりしない。
もし、人間にとって「悪い」ことをやつで、しかもそういうことをする必要がないのに
それを悪いことだと自覚したうえで、その悪さをする妖怪がいても、そういうやつほど強い力持っているから
単純に力不足的な問題で殺せない。
なので、殺陣というのは滅多にしないことだ。
俺は真っ暗な中、かなり混乱した。
流派ごとに、殺陣の初め方は違う。
大抵の場合殺陣を開始するにしても、そのふりをして妖怪を驚かして、逃げさせるやつ。
しかし、今度の先生の準備をみると、完全に「殺す」つもりだ。
この場合のやり方は「鴻門集」と呼んでいる。
多分「鴻門の会」とかなんとかから来てるんだろうね。
始め方はまず、妖怪を呼びつける。そのあと一通り宴会が終わったところで
儀式で使う光をすべて消す。
そのあと、お酒が入っていない酒瓶をたたき割る。
それが合図だ。
これが「殺せ」の合図になる。
準備するものは全部で2つ。まずはその殺そうとしている妖怪を倒すのに適した形の物
妖怪は物理的に物を動かせたりすると前にいった気がする。
これはつまり、同じように物理的なものの影響も受けるということだ。
もちろんすべてではないので、各妖怪に合わせて物を選ぶ必要がある。
もう一つは確実に妖怪の位置がわかるようにできるもの。
例え霊感があっても妖怪がはっきり見えるわけじゃないらしいので
その妖怪を一定の位置におびき寄せたり、誘導したりする必要がある
それをするためのものだ。
まぁ、正直準備自体はそんなに問題じゃない。ただ、本番がむずかしいのだ。
それに妖怪を呼びつけて、話し合うかと思わせながら、闇うちをするという形式のものなので
背信にも当たるような行為だ。
やってしまうと、それ以降妖怪に信用されなくなってしまうかもしれない
という大きな職業上のリスクも被うことになる。
つまり、それくらいの覚悟がないと、この殺陣をやってはいけないんだ。
殺陣は一回始まったら、中断はできない。
俺も覚悟を決めた。先生がなにをしたいのかはわからないが
今はもう従うしかない。そう考えたんだ。
ならば、まずは妖怪の場所を特定だ。
先生のそれまでミサトさんにやったことの意味がやっとわかった。
彼女を妖怪の「餌」にして釣るつもりなんだ。
皆も知っていると思う話だけど
ヤマタノオロチを退治する話ってあるよね。
あれも割と殺陣の式用にならったもので、ヤマタノオロチは酒瓶に首を突っ込んで
酒を飲んでいるところに斬首をくらった。
まぁ、あの話だと、酒で酔わせるのが大切みたいな書き方だけど
本当は酒瓶に首を突っ込んだってところに注目してほしいんだ。
つまり、半分実体がないような妖怪の首をはねるために、酒瓶に首を突っ込ませて
首の場所を特定したんだよ
あそこでの酒瓶の役割を、この場合はミサトさんに勤めてもうことになる。
まぁ、例えがかなりわるいんだけど、うまい説明の仕方が思いつかないから
こういう風に言うが
ミサトさんの魂をお酒として、体を酒瓶にする感じだ。
どこまで説明したかわすれてしまったんだけど、とりあえず
体に妖怪が入り込めるけど、途中で詰まっちゃうような状態に
彼女はなっている。
俺はすばやくミサトさんにその場にしゃがませた
そして、めいんでぃしゅだよー的な詩を大声で叫んだ。
俺は心の中で10秒くらい数えた。
そして、ミサトさんの額に「下」と書かれているだろう位置をごしごしと手でこすった。
これで準備は整った。うまくいっていれば
ミサトさんに興味をもった妖怪が彼女の中に「入ろう」として
挟まって動けなくなっているはずだ。
暗闇の中、ミサトさんは微かに震えているように感じたが
光がなくて、見えなかった。
先生がいた位置から、足音がこちら側に近づいてきた。
俺は先生に位置を伝えるために、手を2回たたいた。
2回たたくのは特に意味はなかった。たた、その昔、手を三回たたくのは
キリスト教で三位一体を侮辱する行為で、悪魔をよぶってきいたことがあって
まぁ、花子さんとかを呼ぶ時も3回たたいたりするしね
なんで無意識の時は割かし2回たたく。
それを2回くらい繰り返すと
先生は俺の肩に手をかけた。
俺は先生の手を掴んで、ミサトさんの肩にそれをかけた。
そして、俺はミサトさんから離れようとした。
俺はこの時点、このあとどうするべきなのか知らない。
殺陣の最後の部分は半人前はしってはいけないってことになっている。
無暗にやったりしないようにね。
しかし、その時だった。
俺の脚首あたりが、何かにつかまれた。
位置的にはミサトさんだろうけど、でも、確信を持てる。彼女じゃなかった。
イタチとかでもなかった。
理由はわからないんだけど、本能というか勘というか、そういうのが違うって
掴んできたといっても、ものすごい力じゃない。軽く触れてきている程度だ。
俺は迷わずそれを振りほどいた。
掴んできた何かは簡単にほどけた。
俺は急いで、そこを離れようと、5,6歩ほどすばやく脚を動かした。
その時、唐突に、ミサトさんがぼそぼそと何かを言う声が聞こえてきた。
「ももの、こざえ、みりたたた、ほしえみ…」だがなんだが、そんな感じだ。
その音が耳に入った瞬間、俺の体はぞわりと嫌な冷や汗がなぜかわいた。
そんで、なにかがすっと体から抜けていくようなそんな感じの感覚にとらわれた。
クスクスクス。遠くから、何かが笑うような声が聞こえた。
俺はやばい!とおもった。
ミサトさんがつぶやいていたのは「天命漏らし」だ
俺は先生たちがいるほうに体を向けた。
暗闇の中、先生がもぞもぞ動いているのは分かる。
でも、なにが起きているのか把握はできなかった。
一体何が?そう思った時
何かに激しいタックルを食らわされた。
俺は混乱したまま、倒れた。そして、タックルしてきたものはそのまま俺に馬乗りしてきた。
その時ふわりと、いいにおいがした。
ミサトさんの髪の匂いだ。
ミサトさんは俺に馬乗りになったまま動かなかった。
彼女は割かし細いほうだったし、その時期の俺は腹筋とか何とかして
割かし鍛えたんだけど
彼女をどかそうとじたばたしたのに、彼女はびくともしなかった
そんで、そのまましばらく沈黙したままの時間が流れた。
先生がやってくるような気配はなかった。
時間に経つにつれ、俺も冷静になった。じたばらするのをやめ
耳をすませた。風の音と、俺の心臓がどくどくいう声しかしなかった。
どれくらいたったか、いつも通り自分の中で数えることができなかったので
激しく不安になった。
体感かなりの時間のあと、ミサトさんの息遣いが俺の顔に近付いてきた。
彼女は俺の耳元でぼそぼそ、しゃべりはじめた。
残念だけど、彼女がなにを言ったのかは、みんなに教えらないんだけど。
ただ、その時になってやっと俺は理解した。
搬山流とは山を運ぶという意味の流派だ。
俺はずっと、それは山を運ぶだけの意志の強さをという意味だろうと思っていた。
でも、それはあくまで半分が正解で、うちの流派がやろうとしていること
運ぶべき「山」がほんとうにあったこと。
あの時、あの墓地で、俺の妹が出会ったもののこと
ずっとおかしいと思っていたこと
俺の一家に深い憎しみを持っているはずなのに
俺をいまだに野放しにしているイタチのこと
苦しめるためだと、無理やり納得していたが、その本当の理由のこと。
かつて、東南アジアのあの燃えた家で、俺はなぜか助かったこと
先生がいまやろうとしていること
まぁ、これなら確かに合点だなと。俺は思った
ミサトさんの言葉で、俺は自分の経験に色々と合点がいった
しかし、「天命漏らし」は聞いたほうも、しゃべったほうも
そのどちらのほうも寿命がちじんでしまう。
なので、そのまま聞いていたいという気持ちも大きかったが
何とかしないといけないと、俺はあせった。
先生の本当の目的もやっとわかった
ミサトさんをたすけるためじゃない。先生は彼女の「天命漏らし」の内容を阻止したいいんだ。
そして、殺陣の目標はミサトさんの中に入っている妖怪じゃない。
如是と我聞の話をしたよね?
その我聞のほうを殺すつもりのはずだ
そのためにはまず、「如是」にあたるミサトさんを死なせたと
「我聞」に勘違いさせることをしないといけない。
その手段として先生がやろうとしていることは、ミサトさんの寿命をほとんど「天命漏らし」させて使いきらせるつもりだ。
先生は妖怪を宴会でいい気分にさせたあと、お願いごとを言わないといけないところで詩をやめた。
妖怪からしたら、突然宴会に呼ばれて、飲み食いして
そんで、あとはどうぞご自由にー
って感じに放っておかれたようなもんだ。
ここで儀式をした俺たちと、妖怪の間に一種の借りのような状態が発生する。
つまり、妖怪が宴会を開いた先生や俺に対して、本来は何かしらお返しすれば
それで因果がつりあって、双方気持ちよく宴会を終えるはずだったのに
こちら側はなにもお願いしないから
妖怪は俺にたちに対して借りができた。
そんで、妖怪ってのは借りを作りたがらない。
因果が生まれちまうからね。
なので、妖怪はこれを返そうとする。
もちろん、人間なら借りを返そうと思ったら、相手が喜びそうなことを一生懸命考えたりするけど
妖怪はそんなまどろっこしいことはしない。
先生はミサトさんをその場に「用意」したんだ
妖怪はかつてミサトさんに「天命漏らし」させた。
なら、ここに呼んだのはそれをもう一回させるためだ。
妖怪は勝手にそう判断するらしい。
どういう思考の飛躍すれば妖怪がそんな風にこの儀式をとらえるのか知らないが
彼らは割かしとりあえず繰り返すことがすきなようだ。
先生は、妖怪のこの繰り返しを狙った。
先生が詩を止めた時に、先生の目的を察せなかったのからも分かる通り
おれはまだまだ青いようだ。
しかし、俺からしたら、先生のそんな都合は聞かされていないし
意味がわからん。確かに俺もミサトさんの言葉で色々とわかったけど
でも、まだ遠いことだし、そのためにミサトさんの寿命を使いきるのはおかしい
大体、先生はミサトさん寿命が尽きたに、そのフォローとか入れるつもりなのだろうか?
先生のことだし、使い終わったら、襤褸雑巾のようにぽいって可能性だってある
まぁ、混乱していたし、俺は割かし予定がはずれるとてんぱっちまうタイプなので
とりあえず、この場はミサトさんを助けようと、無意識に体が動いた。
あらかじめ、袖の下に隠していた、奥の手だ。
奥の手の名は前のスレとかにも一度出したが「洗心術」
うちの流派には全部で四法三術が伝わっているんだけど
その中でも、威力は下の下の下
正直ほとんど役に立たない。
ただ、この術は「術」であるにもかかわらず
高めると「道」につながる珍しい「術」だ。
しかも、現代でも修業できるお手軽のもので。
たぶん、みんなも修業できる。
そんで、まぁ、威力に目をつぶるとしても
習得するためにはひたすら時間がかかる。
皆は君子剣というものを知っているかわからないんだど
それににたものだ。
自分の心を磨き、剣のようにとぎ澄ます。それが「洗心術」
具体的な修業方法はとても簡単。
「一日三自省」だ。
つまり、日常生活の中で朝昼晩に3回、またはそれ以上
時間を設けて、自分の行動を思い返す時間を設ける。短くても10分は必要らしい
一番重要なのは、自分の行動で自分が後悔するような要素があるかどうか考えることだ。
そんで、後悔があった場合、自省の時間がおわったら、すぐに後悔の原因をなるべく取り除きに行く。
例えば、告白しようとしてうじうじしていたら、タイミング逃した
そんで自省の時間で、それが自分にとっての後悔だったら
すぐに告白しに行く。といった感じだ。
これをひらすら毎日繰り返す。
そんであるとき、自省をしても何の後悔もないときがある。
この状態が1週間続くと洗心術は小成する。
自分の体と心がまっすぐに一本の芯を通すようになり。
つまり、「正直」に至る。
そうなまると、自分の行為や言葉のすべてに自分の心がそのまま表れる。
「寺生まれのT」の話はみんなからわりとばかにされてるけど
でも、俺的にはあれにもわりかし現実味もある
もちろん道行も必要なんだけど、「洗心術」を極めた人間は
魑魅魍魎にたいしては「破ァ」と一喝するだけで退散させることができるという。
言葉に自分の魂をそのままのせて、相手にぶつけることができるからだ。
この術を小成させるためには個人差が激しい。
短い人で1年、長い人で60年が必要だ。
俺はこの時洗心術を小成するくらいの領域だった。
いわゆる後悔をしない状態かな?
まぁ、そのかわり、あきらめとかそういう感情が多くなったんだけど
これを解決できれば大成の域だね。
修業法は前にも変えてある通りの奴と、あと、あれだけじゃあ、実際に
使えものになるかというとならないので、同時に色々やったりもしたんだが
企業秘密ってことで
俺の場合3年でここまで来たんだが、先生には使えるようになったと教えていなかった。
いざって時の物にしたかったからね。
そんで、小成の域だと、流石にTさんみたいに「破ァ」っていうと何もかも解決にはいたらないので
小道具を用意している。
物理的なもので
アマゾンで買った小さな拡声器だ。
まずは、自分の中で感情を作った。つくる感情は怒り
感情の作り方は演劇の本とかかって勉強したんだけど
怒りの場合は、最初からだから入ると簡単らしい。
つまり怒ったときの体の反応かな?わなわなしたり、歯を食いしばったり、拳を握り締めたり
そんで今までの怒った出来事とかを思い出したりしてね
まぁ、体感時間はわりとあったから、余裕は結構あった。
そうしていると、本当に無性に腹が立ってきた。
なにが「天命漏らし」だよ、なにが新しい弟子だよ
こっちは、可愛い中学生だとわかってわりと嬉しかったんだぞ!
とかなんとか自然と頭に浮かんだ。
拡声器のスイッチを手探りで開けて、俺はそれを口に当てて
「ぬぅんー」とかそんな感じに適当に叫んだ
なるべく言葉に怒りを込めてね。
ミサトさんは急に俺が声を上げたのにびっくりしたように
びくんと飛び上がった
それと同時に、こっちにっざっざって急いでかけてくる足音が聞こえた
足音は俺のほうに近づいてくると、何かに胸倉を掴まれ立たされた。
暗闇の中顔はよく見えないけど、息遣いは先生の物だった。
先生はなにも言わずに俺の腹にパンチをいっぱついれた。
このころになると割と鍛えてたので、あんまり痛くなかった。
でも先生の言いたいことはわかった。
余計なことはするな。
先生はそう伝えてきたんだ。
そして、ミサトさんのほうから、彼女が声をあげて泣く音が聞こえてきた
っち、と先生のほうから舌打ちする音が聞こえた。
そんで先生は荷物が置いてあるほうに向かうとがさごそと物を探し
懐中電灯を取り出したのか、明かりをつけて彼女のほうを照らした。
先生が明かりをつけるってことは、妖怪はもういないらしい。
なんだかんだ俺の術が通用した!と少し喜んだが、すぐに
俺はぎょっとなった。
ミサトさんは地べたに座り込み、泣いていた。体中に泥やら砂やらがついている
確かに、俺に馬乗りやらなんやらしたが、そンなことがあってもいくらなんでもこの量は…
って感じについている。
しかも
彼女は手でぶちぶちぶちとものすごい勢いで自分の髪の毛を引きちぎっていた。
俺は先生のほうに急いでどうしますか?って感じに合図を送ったんだが
先生は首を振って、ストップと返事した。
俺は先生にしたがった。
助けたくないわけではないが、髪をむしるくらいなら命の危険はないだろうし
それに先生の目的も達成できそうだった。
髪の毛というのは昔から命の代わりと考えられていて
それを全部とると、一回生まれ変わることになる。
まぁ、お坊さんになるときとかにも一回全部剃るよね
あれは煩悩とかをすてるんだけど、つまり、一回しんで生まれ変わって
真白の状態になるので煩悩も全部消えるみたいな意味があるのかな?
昔の話だと、三国志の時代農民を安心させるため
曹操は麦を踏みつけたものは死罪になる軍紀を決めた。
だけど、あるとき曹操自身がそれを間違って踏んだ。
曹操は自分の命を絶たないと、軍紀が護られなくなると考え
曹操は自分の首の代わりに髪を深く切り
髪の毛で自分の命の代わりにした
という話もあるくらい、髪の毛は大切なんだよ。
まぁ、でも、それは昔の人が髪の毛が命の代わりとなる、と信じてるから
代わりになるのであった、今だとそうでもないのだが。
今回の状況ではどうやら髪の毛はなんとか命の代わりにできそうだ
よく幽霊とか妖怪とか悪魔とかそういうのが乗り移ると
自分の髪の毛をむしるとかそういうこと聞くよね?
まぁ、聞いたことなくても、そうなるみたいなんだが…
人間は自分の命がものすごい勢いでなくなると、かわりに髪の毛を
むしって、それを代わりにすることがあるらしい。
この時に、ちゃんとした措置を取ると、髪の毛を身代わりにできる。
ミサトさんが髪の毛をがしがしむしっているのを見て、俺は
いい匂いがしたのにもったいないなぁとかおもった。
俺は髪ふぇちなのかも
そんで、彼女の頭皮の一部も向けてしあったのか、だらだらと
血が流れ始めて、かなり悲惨な様子だった。
しばらく待つと、彼女は髪の毛を全部むしり取った。
それを見た先生はすばやく動いた。
むしられた髪の毛をなるべく集めて、それを蝋燭に巻き始めた
俺は急いで荷物のほうから塩入生姜水をとりだし、それをむりやり
まだ泣きまくるミサトさんに無理やり飲ませた。
生姜水を飲ませると、ミサトさんは激しく嘔吐し始めた。
吐いたものは確認しなかった。
まぁ、ばっちいのもあるし、暗くて見えなかったのもある。
いい匂いはしなかったね。
そして、先生は髪の毛を蝋燭に巻き終えると、カバンの中から鏡を取り出した。
この鏡だけど、そんなに大きくない、ホームセンターで普通に売ってあるようなものなんだけど
表面をガムテープで全部見えないように張っている。
それを地面に置いて、その上にロウソクを立てて、蝋燭に火をつけた。
もちろん、風から守るようにね。
そこからはしばらく、俺は美里さんを介抱して、先生はロウソクをただただ静かに見守った。
時間にして3,4分くらいたって、ようやくミサトさんの様子は落ち着いた。
胸を上下させながら、しかし、頭がひどい有様なのに、特に痛がる様子はなかった。
儀式を始める前に、彼女にはなるべく儀式中はしゃべらないでほしいと
あらかじめ伝えていたが
正気にもどった彼女は健気にも、それを守っていたのかもしれない。
まぁ、気力がなかったってだけかもしれないなぁ、と俺は思った。
そんでもって、その頃から、あたり一面に髪の毛が燃えた時の嫌な匂いが漂ってきた。
すると先生は鏡をトントン叩いて、ロウソクを倒した。
ロウソクはそれでも、燃えていた。
俺はそれを合図にミサトさんを支えながら、彼女をロウソクの前に誘導した。
そして、小声で、ロウソクをつばで消して。
と伝えた。
先生はそれをきくと、なるべくつばを溜めてから、唾をかけなさい。
あと、息で消さないように注意するように
と補足した。
ミサトさんは首を縦に振ると、注意深く、ロウソクの火に唾を垂らして
それを消した。
先生は近くにあった石で鏡を2,3回強く叩いた。
そして鏡が割れると、ロウソクごと、それを土に埋め始めた。
ガムテープを巻いている理由は、この時、鏡の破片が飛び散らないようにするためなんだ。
鏡を完全に埋め終えると、先生はミサトさんに、もう少し頑張れるか?
と聞いた。
彼女はしばらく悩んでいたようだったが、結局最後は頷いた。
俺は結構驚いた。ただの中学生が、こうも精神力あるとは思ってなかった。
先生はそれを見ると、俺の肩をに手をかけながら、立ち上がった。
そして、詩を歌い始めた。
詩の内容は主に宴の終わりを告げるものだ。
来てくれた妖怪にひどいことをしたんだけど、それは無視して
特に触れなかった。
本来では、謝罪したり、言い訳したり、色々やらないといけないんだけど
先生はそれをしなかった。
まぁ、妖怪退治にとって妖怪からの信頼で食って言っているようなものだから
結構致命的なことなんだけどね。
妖怪側からしたら、宴だと思って行ったら、なんかわかんないうちにぶん殴られたんだからね
もし、その妖怪がおしゃべりで、それがほかの妖怪とかに広まったりすると
以降、妖怪を呼んでも来なくなるかもしれない。
うちの看板が潰れかねないんだよね。
それでも、先生はそれをしなかった。
この場合、先生の目的は単純で、もっかい俺が追い払った妖怪を呼ぶつもりなんだ
宴の終わりを告げ終わると、先生は儀式に使ったほかのものにも土をかぶせて
埋め始めた。
先生は特に何も言わなかったんだけど、俺はミサトさんを地面に座らせると、カバンからお酒を取り出して
地面に撒いた。
これは妖怪が戻ってきた時の時間稼ぎなんだけど、前に一度話したっけ?
長いあいだ仕事をしてきたわけだし、これくらいは言われなくても、自分でやった。
俺はもちろん、少しずつ撒こうと思ったんだけど
そこで、急に寒気がした。
そして次の瞬間、腕が何者かに掴まれ、酒が入った瓶を落としてしまった。
俺は来た!と思った。
もう少し時間が必要かと思ったら、結構すぐやってきたみたいだ。
まぁ、もちろんさっきのやつじゃない可能性もあるけど
8割8分くらいはそいつだろうね。
なんせ、こっちはぶん殴っといて、誤りも言い訳もしないわけだ。
相当穏やかな妖怪じゃないと、怒って仕返しに来るのは当たり前だ。
でも、妖怪は単純だから、仕返し<お酒なんだよなぁ。
俺が酒瓶を落としたのをみて、先生は土を掘る手を止めた。
そして、座っているミサトさんの方に近寄った
先生は座っているミサトさんの周りをすばやくしめ縄で囲い
彼女にそのなかでじっとしているようにいった。
そして、俺の方にずかずか近寄ってくると、邪魔、するな、何があっても、山
と合図をしてきた。
山という合図は、うちでは非常につよい命令系となっていて
それを出されたら、絶対に従わないといけない。
違反したら、破門扱いだ。
俺は先生からその合図を教わってから、一度もそれを使われたことはなかった。
俺は内心でごめんなさい、ミサトさんと、彼女に謝っておいた。
先生はまだ、我聞を殺すことを諦めていない。
そんでもって、俺はその先生に従うことにした。
ミサトさんには犠牲になってもらう。
良心の呵責はもちろんあった。さっきは頭がかっと熱くなって、儀式の邪魔さえしたしね。
まぁ、それは妖怪退治として半人前の証拠なんだろうけどね。
先生はそれを見抜いて、わざと俺に隠す形で物事を進めて
既成事実を作ろうとしたが、俺が天命漏らしを聞いて、気がついてしまった
それでも、中止にするわけには行かないから、山の合図
今思うと、ひとりの人間の損得を大切にしてはいけない。
自分のやることをよく考えて、冷静に、情を挟まず行動しろ、っていう意味も込められていたんだろうね
そして、先生はまた詩を歌い始めた。
今度の詩は、三人歌だ。
三人歌というものは妖怪に大して嘘をつくときに歌う詩だ。
独特の言い回しで、嘘をつきたい事柄を、三回いう。
これで、あまり深刻だったり、明白じゃない自体であれば
妖怪を騙せる。といううちの流派の術の一つだ。
昔から、三という数字はたくさんという意味らしい。
キリがいいなら5とか10とかでもいいのに
なぜ三がたくさんなのかというと、妖怪や神様にとって三がたくさんの意味らしい。
そこから普及したんだろね
まぁ、だから妖怪に絡む事柄には三が多い。三尸虫とかもね
ちなみにだけど、みんなは三人成虎っていう話を知ってるかな?
ある日、龐恭っていう中国の昔の人が魏の国の王に
もし、ある人があなたに対して街に虎が出たと言ったら、信じますか?と聞いた。
すると王様は信じないだろうと答えた。
龐恭はなら二人の人が、街に虎が出たと言ったら信じますか?と更に聞いた
王様は少しは疑いはじめるだろうねといった。
じゃあ、三人が街に虎が出たと言ったら、信じますか?と龐恭はまた聞いた
王様はそれなら信じるだろうと答えた。
まぁ、つまり、本当に虎が出ていなくても、たくさんの人間がそれが本当だといえば
それを信じてしまうということだ。
この三人歌という名前はこっから来ている
同じ事柄を三回繰り返すと、妖怪はそれを信じる。
もちろんバレバレのうそはダメだけどね。
だから、嘘をつくときは慎重に言葉を選ばないとダメだ。
もしバレてしまったら、信用を完全になくしてしまうからね。
できれば、使いたくない詩だけど、まぁ、うまく使えばこれほど効果的なものも
ないよね。
先生がついた嘘は、ミサトさんにはもう触れないで欲しい。
触れられたらいまいちばん困る。
というものだ。
妖怪は怒っているから、俺たちが困ることをしたくてうずうずしているはずだ。
俺たちの目的からしたら、むしろ、もう一回触って欲しいんだけど
わざと逆なことをいって、妖怪を誘導した。
さらに、先生は妖怪が信じ込むようにミサトさんの周りを大切そうにしめ縄で囲った。
大切に囲ったんだから、そりゃあ、触ったら困るんだろうなって思うじゃん?
そして、詩が終わると、俺と先生はミサトさんから少し距離をとった。
去り際に、お酒の方を確認したら、結構撒いたにも関わらず
結構乾ききろうとしていた。
しばらくそのまま待っていると、風の音や、海からの波の音以外にも
なんか奇妙な音が聞こえてきた。
何かがはねているような音だ。
たたん、たたんって感じ?重い球体が低い位置から落ちた感じの音?
そんな音が聞こえてきた。
よく耳を澄ますと、それはミサトさんの周りのほうから聞こえてきた。
たたん、たたんっと
ミサトさんの周りを、音がぐるぐる回る。
ミサトさんのほうを目を凝らしてみると、彼女は居心地が悪そうにもぞもぞ動いていた
近づくタイミングを図っていると
音はしばらく跳ねると、今度はゆっくりとゴロゴロ転がるような音に変化した。
俺は慎重にしめ縄の方に近づいた。なるべくゴロゴロ音とぶつからないようにね。
そんで胸ポケットからインクペンを取り出して、地面としめ縄を横切るようにインクを垂らした。
一応、これでしめ縄は切れたことになる。
ちなみにだけど、俺はミサトさんに申し訳なくて、彼女の顔を見れなかったから
わざと彼女の背後の方に書いた。
そして、その場を離れて、もう一度しばらく様子を見た。
すると、ゴロゴロする音は線の方で消えた。
さらに、ミサトさんは前後にゆっくりとゆっさゆっさ、しはじめた。
俺はそれを見ると、急いでしめ縄と地面の線をずらした。
これで、再びしめ縄が働く。
妖怪退治の仕事シリーズ
1 太平洋側の島の話2 うちのじいちゃんの小さい頃の話3 止められていた4 相談者の姉 – 先生との出会い5 先生とマレーシアに行った6 初めての一人仕事7 倀8 先生の話 その19 先生の話 その210 鬼隠し11 先生の話 その312 初めて先生と仕事した時の話13 先生の話 その414 スクエア15 禁山16 先生の話 その5
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