『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『出会い』藍物語シリーズ【1】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

アラームが鳴ったので眼が覚めたが、体が冷え切ってて動きが鈍い。
窓を開けるとムッとした熱気が流れ込んでくる。エアコンも無いのに、どうなってんだ?
トーストと卵、ハムを焼きながら、クローゼットから青のポロシャツを探し出した。
昨夜洗濯しておいた紺のジーンズ、スニーカーは白地に青と緑のライン。
まあ、これならL姫様ご指定の「青系」の範疇だろう。
朝食を食べ終え、シャワーから出て時計を見る。8時30分過ぎ、良い時間だ。
部屋を出てドアの鍵を閉めたら少し吐き気がした。きっとあの冷気と夢のせいだ。
ただでも体調悪いのに、毎晩あんなだとそのうち本当に体壊すな。
お屋敷までの移動中、車のエアコンはつけないほうが良いかもしれない。

思ったより早く着きそうだったのでコンビニで時間調整、9時27分にお屋敷到着。
L姫様が玄関先から手を振っている。ずっと外で待っててくれたのだろうか。
車を止めて外に出るとL姫様がすぐ傍に立っていて、その後ろにはSさんがいた。
「R君、今日はLを宜しくね。それで、頼みがあるんだけど。」ちょっとビビる。
「事情があって、今日はうちの車を使って欲しいの。」
「後でちゃんと事情は説明するから。」いや、その位なら説明無しでも全然ОKっす。
「分かりました。あの車ですか?」庭のガレージに白いスポーツカーが停まっている。
外車だ。デカイ、俺の軽の2倍位の大きさに見える。それに滅茶苦茶カッコ良い。
「あんな良い車には乗った事が無いのでラッキーな感じですが、本当に良いんですか?」
「ええ、じゃ、これが鍵。君のと交換ね。」車の鍵を交換したあと、Sさんは真面目な顔で言った。
「話したい事も色々あるから、今夜はうちで夕食を食べていって。準備しておくから。」
え~っと、多分これは、断るとマズいんですよね。
「了解です。」
「うん、良い返事。じゃL、楽しんで来てね。」 Sさんは踵を返して玄関の方へ歩き出した。
今日はここに帰ってきてからが...いや、今それを考えるのは止めよう。
「出掛けましょうか。」 「はい。」 一点の曇りもない、輝くような笑顔だ。
そう、この笑顔を受け止めるために、今日はこの女の子と本気で向き合わなきゃならない。

 

「どこに行くとか、全然考えて来なかったんです。Lさんの希望を聞いてからと思って。」
「え~っと、海、海が良いです。出来るだけ遠くの海に連れて行って下さい。」
「出来るだけ遠くって、ここからだと一番近い海でも片道3時間くらいかかりますよ。」
「それでも良いです。海に着くまでRさんといっぱいお話できますから。」
白いスポーツカーは意外な程に運転しやすく、とても快適なドライブになった。
海に着くまで、二人で色々な事を話した。他愛の無い話ばかりだったと思う。
何を話したかはほとんど思い出せないが、L姫様は良く笑い、俺も笑った。
二人が出会うまでに過ぎてしまった時間を、取り戻そうとしていたのかもしれない。
窓から吹き込む風に潮の香りが混じるようになった頃には、
自分の中で彼女がとても大きな、大切な存在になっているのを感じていた。
もう模擬じゃない。笑顔、声、話し方、仕草、俺は彼女の全てに恋をしている。
しばらく海沿いの道を走り、海岸を見下ろす崖の上の小さな駐車場に車を止めた。
L姫様はもう5分近く、駐車場の手摺りにもたれたまま眼を閉じ、黙って波の音を聞いている。
俺はL姫様の傍で、強い潮風に飛ばされないよう、預かった麦藁帽を捧げ持っていた。
「あんまり長い間外にいると日焼けしますよ。」 「平気です。」
「心配なので、もう車に戻って下さい。」 「なぜ心配するのですか?」
「好きな人の事を心配するのは当たり前です。」 「私の事が好きですか?」
「前から好きでしたが、今日、大好きになりました。車に戻って下さい。」
「はい。」 車のドアを開けて待っていると、L姫様が戻ってきた。
しかし、彼女は車には乗らず俺の胸に身を預けた。
細い体をそっと抱きしめると、何故か涙が出た。

帰り道、海岸近くのコンビニでおにぎりとペットボトルのお茶を買い、L姫様は上機嫌だった。
「前の家の周りにはコンビニが全然無かったんです、本当に一軒も。」
「今の家の近くにはコンビニがありますけど、買い物はあんまりしないんです。」
「Sさんは料理が上手だから、コンビニのお惣菜とか買わなくても良いみたいで。」
「そういえばRさんはSさんの事、好きなんですよね。」 ...突然雲行きが変わった。
「Sさんは私よりずっと綺麗だし、それに大人だし。」 いきなりの大ピンチ?何で?

 

「麦藁帽子で顔を隠していなかったら
きっとあの日、貴方に一目惚れしていたと断言できますが。」
「本当に?」 「僕の心が感じ取れると書いてくれましたよね。あれは嘘ですか?」
「嘘ではないです。でも、Sさんが『好きな人の心を覗いてはいけない』って。」
「心を覗くというのがどんな感じなのか僕にはまだ良く解りません。」 「はい。」
「感覚の違いを承知の上で聞いてもらえますか?」 「はい。」
「『好き』には、色々な種類と大きさがあると思うんです。」 「それは解ります。」
「例えばある女性の心の中で一番大きな『好き』の相手が彼女の子供だとしても、
それを知った彼女の夫が落胆するとは思えません。」 「それも解ります。」
「それなら、今ここで僕の心を覗いても、貴方が悲しむ事はありません。」
「...Rさんの心の中で、一番大きな『好き』の相手が、私、だからですか?」
「そうです。今は、間違いなく貴方が一番好きです。」
L姫様は小さく息を吐き、ハンカチで目頭を押さえた。「今、解りました。」
「こうして直接『好き』と言ってもらう方が、きっと何倍も嬉しいから
Sさんは『好きな人の心を覗いてはいけない』と教えてくれたんですね。」
「確かめないと、人の言葉が本当かどうかは判りませんよ。騙されてるかも。」
「Rさんに好きと言ってもらえるなら、私、騙されていても構いません。」
車を路肩に停めて、もう一度細い体を抱きしめた。
「嘘じゃありません。」 「はい、信じます。」

そろそろ街に帰り着くという頃、L姫様の携帯にメールの着信があった。
「『予定変更。宿泊の用意をしてから帰るように伝言して。』と書いてあります。」
「夕食をご馳走してもらった上に泊めてもらうなんて、ちょっと気が引けますね。」
「今の家にはお部屋が沢山があるから大丈夫。それに私も嬉しいです。」
4時前には街に到着、「一緒にウィンドウショッピングがしたい。」というL姫様に付き添って
郊外の大きなショッピングモールに出掛けた。さすがに週末だから駐車場が混んでいて
駐車するのにかなり気を遣った。店内に入ると、フロアでもエスカレーターでも
それこそ遠近から、L姫様の後をざわめきと感嘆の声がさざめく波のように追いかけて来る。
そんな声が聞こえているのかいないのか、L姫様は時折俺の腕に両手を絡ませる。
そして気後れする俺に「何だか失礼な人が沢山。私、あんな人達キライです。」と囁いた。
「貴方が綺麗なので仕方ありません、税金みたいなものです。我慢して下さい。」
それにしても、当然予想していた俺に対する嘲笑や嫉妬の空気を、何故か全く感じない。
「じゃあ、今度から二人で出掛ける時はドライブだけにしましょう。」L姫様が得意そうに言う。
「それは嬉しいですが、一緒に買い物が出来ないのでは、そのうち困ると思いますよ。」
「でも買い物はSさんに頼んで...」 「はい?」 頬を膨らませてL姫様はツンと横を向いた。
「必用な時だけ、我慢します。」 人目を憚らず抱きしめたくなる衝動を、俺は必死で抑えた。
アパートの鍵は車の鍵と同じキーホルダーに付けてあり、Sさんに渡していたから
アパートに寄って着替えを準備する事は出来ない。宿泊用の着替え等を速攻で買い、
Sさんからの追加メールで頼まれたイタリアンドレッシングとアンチョビの缶詰も買って
別荘に帰り着いたのは7時前になっていた。

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